いつものように、と柳は校内で最も人気のない中庭で昼食を摂っていた。
 大抵は部活のメンバーと集まって昼食を摂るのだが、今日は誰にも捕まることなく久しぶりに外での昼食だったけれど、二人でいるのはいつものことだ。
 だから、気付いてしまった。
「…どうかしたのか?」
 前触れもなく、柳は今までの会話に何の繋がりもない問いをに向ける。
 それまで一方的に話していたが、目を丸くして動きを止めた。
「? 何が?」
「今日はやけに饒舌じゃないか。そういう時のお前は、気に掛かる事か何かあった時だろう?」
 あっさりと言われては更に目を見開いて呆気にとられる。それから困ったように、後ろ頭を掻いた。
「うーん…何かって、べっつに大したコトじゃないし、意識もしてなかったんだけどなぁ」
「そうは思っていても、人は無意識に警戒してしまうものだ」
 明後日の方向に視線を向けながら、珍しく歯切れの悪いに柳は気にした素振りもなく、淡々と続ける。
 そんないつもと変わらぬ対応が可笑しくて、は苦笑してから真っすぐ顔を上げた。
「……そうだね。蓮二にも協力して貰おう!」
 は勢いよく宣言した後、柳の真正面に向き直る。
 その表情はとても毅然としていて、流石の柳も少し身構えた。が口を開く。
「私、真田と試合がしたいの――出来れば、今日中に」
「弦一郎と?」
 予想外な発言に、柳は思わず訊き返した。
「うん。自分が今、どれだけの実力なのか確かめてみたい」
 目前のは背筋がピンと伸び、とても凛とした雰囲気が感じられた。
 最近ではどこか抜けていて、いつ転んでもおかしくないようなが改めて姿勢を正すと、その気品さに誰もが目を奪われる。
 けれどそれが彼女の覚悟の重さというモノなのかもしれないと、柳は受け留めた。
「…そうか、判った。それで?」
「え?」
「お前がそこまで言う程、焦っているには何か理由があるのだろ」
 怪訝な表情のにやはりというべきか、当然のように言う柳に彼女は空を仰ぎながら、悪戯がバレた子供のような顔をした。
「あ――…やっぱ蓮二に隠しゴトは出来ない、か。何でかな?」
「お前が隠そうとしているから、ではないか?」
 不思議そうに首を傾げるに、柳も苦笑しながら訊き返すように言った。
 常識であるかのように柳が話すから彼女もそれで納得してしまうのだが、それは柳だから出来る芸当だと断言してもいい。普段、共に過ごしている時間が長い分、余計にだ。
 それから暫らく、は黙考していた。その表情は少し苦しげに見えたのは、柳の見間違えだったのだろうか。
 見つめる柳に気付いているのか否か、は自分に言い聞かせるように呟いた。
「ま、予行演習にはなるかな?」
 そう言った後、顔を上げては話し出した。彼女の表情が淋しそうだったのは、今度こそ見間違えではなかった。
「……あのね、蓮二。実は私――…」

 この後、柳は自分の耳を疑うことになる。










 柳は思考を現実に戻して、ゆっくりとの隣りに立った。
 そして彼女の願いを、真田に受け入れて貰う為に請う。
「俺からも頼む、弦一郎」
 毅然とした柳からに視線を戻してみれば、彼女は縋るような上目遣いで真田を見つめていた。勿論、わざとだ。
 だがそれが判っていない真田は、の潤んだような瞳に少し逡巡しながらも、諦めるような溜め息を吐いてを見つめる。
「……判った。お前がそこまで言うなら仕方ない。一緒に行ってやろう」
「ホント…?ありがとー真田!大好きっ」
 真田が承諾してくれた途端、の表情は一気に明るくなり、嬉しさ余ってか彼女はとび付くように真田の腕にしがみ付いた。
「ッ……コラ!突然くっ付いて来るなっ!!」
 予想外の出来事に、真田は滅多に見せない驚きと困惑の表情で振り払おうとするが、は無邪気に笑うだけだ。
 そんな二人の様子を眺めていた柳生が、納得したように呟く。
「…真田君にあのような事が出来るのは彼女だけでしょうね」
「まァ、じゃけん許されるっちゅーのもあるんじゃろうがな」
 柳生の呟きに、横にいた仁王が切り返す。
 あの堅物で皇帝と謡われる立海の副部長・真田弦一郎にとび付くなど、部員はおろか女子で出来る者なんてどこを捜してもただ一人だろう、と二人は深く納得した。
「よかったな、
 真田から漸く離れたに丸井が笑顔で声をかけると、彼女も無邪気な笑顔で嬉しそうに答えた。
「うん。断られたらどうしようかと思ったー」
「大丈夫ですよ。真田君には、断る気など始めからなかったのですから」
「そうそう。意地張ってただけだって。お前には甘い男じゃからのう」
「貴様ら…」
 胸を撫で下ろすに、柳生達は予想通りの結果で大した意外性もなく言う。そんな彼らに、図星なのか真田は剣呑な瞳で唸るしかなかった。
 だがは表情を真顔に変えて、平然と吐き捨てる。
「うん。まァ、私もンなコトは最初っから判ってたけどね」
「なら何故訊いたんだっ?」
 それを聞いた真田は、後ろから彼女の両肩をガシッと掴んだまま脱力した。
 彼らの漫才染みた光景はある種、日常の一部になっているから柳は気にせず柳生に声をかける。
「では後の事は頼んだ。柳生」
「えぇ、承知しました。そちらもお気を付けて」
「ありがとう。じゃあ、行こっか?蓮二」
「あぁ」
 柳生が柳とに対しての見送りの言葉を向ける。それを受けて、柳も共にこの場を後にしようとする彼女を、真田は引き止めた。
「?…ちょっと待て。蓮二も行くのか?二人だけじゃないのか?」
 顔を顰めて尋ねる真田に、はそれ以上に不思議そうな表情で振り返る。
「当たり前だよ。誰も二人だけなんて一言も言ってないよー?」

 謀られた……!!

 無邪気に、けれどどこか確信犯めいた笑顔で首を傾けながら言うに、真田はぐったりと肩を落とした。
 しかし彼をそうさせた張本人は、更に不思議そうな顔をして可愛く首を傾げている。
「何であんなに落ち込んでるんだろー?」
「お前って、ホント恐い女だな…」
 ワザとだろ、と言う桑原が隣りにいたことと口を挟まれたことのWビックリで、は大きく口を開いて硬直した。
 そのリアクションに驚いて彼が対応に困っていると、が先に動いて近くにいた丸井の肩に手を置く。
「ショックだよ、丸井……桑原にツっ込まれるなんて。私もう駄目かも…」
「耐えろ…アイツはアイツで、自分の存在が薄いのを必死でなんとかしようと頑張ってる哀れな奴なんだ」
「誰が哀れだ!」
 互いに哀愁を漂わせながらも、かなり非道いことを言っている二人に桑原は間髪入れずに叫んだ。はともかく、ダブルスパートナーである筈の丸井は、相方に対する言葉には思えない。
 その端から見れば戯れているようにしか見えない三人に、ショックから立ち直った真田は不機嫌オーラを全開にしていた。
 彼はズンズン、との許へ進み、丸井から奪い返すように彼女を後ろから引き離す。
 突然の衝撃に驚きはしたが、は誰がやったのか見当がついていたので、溜め息を吐きながらゆっくりと振り返って請う。
「……あのさ、真田。呼ぶなら引っ張るんじゃなくて、口で言ってくれない?」
 不機嫌にが言ってみるが、彼女を掴んだままの真田は大して気にした様子もなく質問をする。
「それで、一体何処へ行くんだ?」
「 総合病院。」
 その質問に、はニッコリと微笑って答えた。"早く放せ"という脅しを暗に含みながら。
 気付いた真田はまずいと思って彼女を解放しながら、返ってきた答えに思わず呟く。
「まさか……幸村の所か?」
 真田の問いに、身体を解しながら数歩進んだ後、くるりと振り返ったは強く答えた。
「――そうだよ」