Count zero 「――ゲームセット・ウォンバイ。7‐6」 コートに響くのは、審判をしていた柳生の試合終了を告げる声。 午後の部活練習。立海大学附属中学校の敷地内にある、テニスコートで試合が行なわれていた。 そのコートの両側には、先刻まで熾烈な試合を繰り広げていたと真田。 両者とも息が荒く肩で呼吸をするは、地に両膝をつけるほど体力を消耗していた。 「嘘だろ……のヤツ、真田に勝っちまいやがった」 二人の試合を眺めていたレギュラーの一人、丸井が驚愕の色を隠さずに呟く。 他の部員達もから目を離せずにいた。――ただ、柳だけは冷静にその成り行きを見守っている。 それは練習試合と銘打った、公式戦さながらの真剣勝負だった。申し込んだのは。 試合と呼ぶには余りに長い勝負は、のねばり勝ち。 これが、彼女が真田から奪った初めての勝利だ。 周囲の歓声や驚きの視線を浴びる中、真田がネット際に寄りに声をかける。 「立てるか?」 「ん…なんとかね」 呼吸を整えながら、はぎこちなく立ち上がって真田の許へと向かう。そして手を差し出してくる彼に笑顔で握手に応えた。 「まさか、お前がここまでやるとはな…」 「エヘヘっ…悔しい?」 「まぁ、少しならな」 照れ笑いをしながら悪戯に訊くに、真田は手を離して言った。 そんな彼を素直じゃないな、と思いながらは真田と共にコートから離れる。 「お疲れさん。」 彼女が皆の集まっている場所まで来ると、仁王がタオルを差し出す。 「ありがと……っれ?」 タオルを受け取って汗を拭こうとした時、は身体の怠さを感じふらついてしまった。 けれど背後にいた柳のお陰で、は倒れることなく背を彼に預けたまま顔を仰ぐ。 「蓮二…」 頭一つ分の身長差がある二人は、が背を向けたまま仰いで見ても、柳の顔が逆さだが見えていた。 それに答えるよう、柳は彼女の両肩を手で支えながら視線を落とす。 「良くやった、と言いたいところだが少しはりきり過ぎだ。あれでは、身体が保たない」 「あは…ちょーっと、頑張りすぎたかなぁ?――でも、まだだよ」 彼の指摘に困ったような笑顔で答えると、顔を地面に向けた。 「こんなの、まだ…全然……」 俯いている所為で声ははっきりと聞き取れなかったが、が何を思っているのか柳には何となく判っていた。 同じ選手としてもそうだが、彼女を一番よく知る者として。 「向上心を持つのはいいが、周りが見えなくなるのは考えものだな。皆がどれだけ心配するか、判っているだろう」 頭上で言われた言葉には苦笑した。そして、彼の腕から離れて振り返る。 「判ってるよ。けどもう少し、私のわがままに付き合ってくれるんでしょ?」 悠然とした笑みで訊くに、柳は小さな溜め息をついた。 「お前の言う我儘を、我儘だと思ったことはない」 柳はそう言って笑った。それは、付き合いの長い者にしか判らないであろう微かな笑み。普段が無表情な分、人間的なところが見れた時、はいつも嬉しくなっていた。 だからありがとう、と心の中で呟いて、は真田の方へ振り返って声をかけた。 「ねぇ真田。勝ったご褒美にさ、今から行く所に付き合ってくれない?」 その呼びかけに彼は怪訝な表情を向ける。 「何を言っている。まだ部活中だぞ?」 「大丈夫。先生にはちゃんと言ってあるから」 「…どういう事だ?」 それを聞いて更に表情を険しくする真田に、近くにいた柳生が眼鏡を上げながら不思議そうに尋ねる。 「真田君は何もご存じないまま、試合していたのですか?私も君からそう聞いていたのですが」 「なんだと?」 「え?俺は、負けた方が勝った方の言うコト何でも聞く罰ゲームがあるって」 「なんじゃ、真田が勝ったらを彼女に出来る勝負じゃなかったのけ。つまらんのう」 「そーだったのか!?」 柳生に続いて丸井や仁王・桑原らが好き勝手に言うのを、は呆れるようにカラ笑いするしかなかった。 誰がいつそんなコト言ったのよ……。 「オイっちょっと待て!俺はそんな事一言も聞いとらんぞ。一体どれが本当なんだっ?!仁王が言った事は本当か!?」 自分が知らなかったことに怒っているのか、それとも皆が言ったことに驚いているのか。珍しく混乱している真田に、冷めた表情では真面目に彼を宥めに入る。 「落ち着いて真田。取り敢えず、私と柳生が言ったこと以外は嘘だから」 「なら、行きたい所があると言うのは本当なんだな?」 「うん…ゴメン。何も伝えなくて。どの道、負けてもお願いするつもりだったの。真田も一緒に来て欲しい」 に宥められ、落ち着いた真田は確認するように訊く。それに対して彼女も真剣に、だがどことなく淋しそうに答えた。 その願いに無言の真田との後方で、柳が先程と同じように彼らの様子を眺めていた。そして思い出すのは、数時間前のの言葉。 ――昼間に聞かされた、彼女の決意。 |