新しい季節を同じ場所で迎えた、三度目の春。 咲き誇る桜を眺めながら、私は朝のテニスコートにいた。 吹いてくる春風は優しくて、鮮やかに咲いた桜の花びらが散りコートへ落ちていくのを見て、後で掃除が大変そうだと場違いなことを思ってみる。 誰もいないコートの中を歩いて、対戦相手とを遮るネットに手を掛けて時、声がかかった。 「――随分、朝早くにいるんだな」 振り返るとまだ誰も来ないと思ってたコートにいたのは、真田とその後ろに蓮二の姿があった。 驚いてる間に、私の許へやってきた二人は同じように校内に咲く桜に目を向ける。 彼らを眺めてから目を伏せて、グラウンドを見渡した。 「……ちょっと、早く目が覚めてね」 私は答えて、それから黙ったままだった。隣りに立つ彼らも。 いつも練習してる早朝のコートで、私は今・ここにいることが少し不思議だった。 蓮二達と出会って、二年の月日が経ち。 このまま三年目が始まるのだと思っていた―― 「――サンて、柳君と付き合ってるのっ?」 「はい?」 朝の、生徒達が登校する昇降口で。 朝練が終わってからクツ箱前で上靴に履き替えていた時。 話しかけてきた女子二人組の一人から、唐突に訊かれて間抜けな声を出した。 この二人は確か、新しく変わったクラスメイトだっけ? 頭の中で思い出してると、目の前の二人は乗り出しながら詰め寄ってくる。 「よく柳君と一緒にいるよね?」 「どうなの??」 「いや、付き合ってないよ。ただ部活仲間で、気が合うだけだよ」 表面では明るく笑いながら答えて、内心では溜め息をついていた。こういう質問ほど面倒なモノはない。 見たところ、彼女達は男子テニス部で誰かの熱烈なファンという訳じゃなくて色恋に関する噂好きなんだろう。じゃなきゃ、こんな真正面から訊いてこないだろうし。 けれど質問はそれだけに止どまらず続いた。 「じゃあ…真田君とは?」 「それは無いよ」 今度はもう一人の子が控え目に訊いてきたけど笑顔で即答した。ホント有り得ないよ、真田には悪いけど。 「そ、そうなんだ……てかアンタ、真田君が好きだったの?」 「いやっほら、見た目はイイじゃない?怖いけど…――あ、そうだ!幸村君は元気そうなの?サン、お見舞い行ってるんだよね?」 最初に訊いてきた子に突っ込まれて、もう一人の子が言い澱みながら慌てて話題を変える。それに私は苦笑しながら話に乗った。 確かに雰囲気は怖いけど元は格好良いもんね、真田も。 「うん。元気だったよ、入院中は退屈みたい」 頻繁という訳じゃないけど、真田達が幸村の見舞いへ行く時は私もよくついて行くからよく訊かれたことだった。特に女子。 病院ということで、ファンの子らも押しかけることはなくても幸村の病室にはよく花やらお菓子が届けられている、のを丸井がよく食べちゃってるんだよね。……私もだけど。 「そっか、良かった」 「じゃあ私達先に行くね。今度、幸村君のトコ行く時にはよろしく伝えて」 「うん。じゃあね」 私の言葉を聞いて、二人は安心したように別れを告げて去って行った。 彼女達に笑顔で手を振っていると、前触れもなく隣りから声が聞こえた。 「――お前も大変じゃなー」 突然のその声に驚きもせず、私は溜め息をついて半目で横を見た。 「……相変わらず、神出鬼没ね。仁王」 「で、どうなんですか?柳君とは」 「盗み聞きなんて趣味が悪いわよ。それに、何もないって判ってるでしょ」 自分に対する悪態は無視してわざとらしく言うものだから、私はまた溜め息混じりに吐き捨てた。しかもほぼ最初っから聞いてるじゃない。 そっかーと意外そうに言いながら仁王は天井を仰いで、振り向く。 「ま、騒がれるのはムリねぇよ。お前・男テニの王女って言われてるらしいぞ」 「はぁっ!? 何ソレっ?」 初めて聞いた言葉に私は思わず露骨に驚いた。本当に何よ、それは。 「当たり前じゃろ。普段、怖がられてる真田達と平然と一緒にいんだし。立海でアイツらと対等にいる女子なんぞお前だけだ」 言われて不本意ながらも確かに、と思ってしまった。 モテるとはいえ、気安く話しかけられる雰囲気を持っていない彼らだ。そんな男子テニス部のレギュラー達と仲良く話していれば目立つのは当然かもしれない。 少し落ち込みながら、自分の行動を改めようと今更に考えてた時、昇降口の方から足音と共に声が聞こえた。 「先輩っかくまって下さいっス!」 「切原?」 バタバタと私達の許へ走ってきたのは、後輩の切原だった。 何事だと思ってる内に彼は私の背中に回って身を隠す。声をかけようとした時、同じように騒がしくやってきたのは丸井。 「コラー!逃げるんじゃねぇよ!!」 「そう言われて待つ訳ないっスよ先輩!」 「一体何なの…?」 私を間に挟んで口論する二人へ怪訝に尋ねる。というか、私の後ろに隠れても無駄だと思うけど切原。体格的に。 すると丸井はえらくご立腹な様子で言い放った。 「コイツ、俺の楽しみに取っておいたお菓子食いやがったんだ!」 「……は?」 思いがけない理由に、それ以外の言葉が出てこなかった。 「先輩があんな部室の机のど真ん中に置いとくのが悪いんスよ」 「だからって自分のじゃないのを食うヤツがあるかよ。大体、女の後ろに隠れんな。恥ずかしくねぇのかよ?」 「へーんだ、捕まるよりはマシっス!」 「ガキの喧嘩じゃ…」 まったくだよ。 呆れ顔の仁王に私は深く同意した。いい加減、鬱陶しいんだけどな切原。 どうしたものかと思い始めてると、目の前で膨れていた丸井がなぜか不意にニヤリと笑って突然、私に抱きついてきた。 「とりゃ」 「うひゃあ!」 思わず悲鳴を上げたけど、すぐさま丸井の頭を押し返す。 「何するのかなー?丸井君」 「いや、後ろに回るよりこっちの方が捕まり易いかと思って…あっ逃げられた!」 どうやら私の後ろにいる切原に距離を取られないようにしたことらしいけど、私を挟んでじゃあ腕を掴めても踏ん張り利かないでしょうが。というか、私を巻き込まないで! ただでさえ彼らが騒いでる所為で目立ってるというのに、これ以上敵を増やすのは勘弁だ。 今ので切原を捕らえることは出来たみたいだけど、私がそれを阻んでいたから切原は易々と逃げていった。 「こーら逃げんなッ――あ、ジャッカル!」 後を追おうとした丸井は、切原の退路の先に桑原を見つけて叫ぶ。 「ソイツ捕まえてくれ!」 「あぁ?こうか?」 「ぐわぁっ!」 丸井が声を上げたと同時に、切原は加速度を上げて桑原の横をすり抜けようとしてたんだけど。 桑原が上げた腕がラリアートの役目を果たし、切原は思いっきり後ろに倒れたのだった。 「うわ、痛そー」 「ジャッカルナイス!」 隣りで哀れむ仁王に、丸井は歓声を上げながら桑原の許へと駆けて行った。 そして身を起こして痛がってる切原に、桑原は何をしたのかと首を傾げ、丸井が文句を言ってるのを眺めながら私は半目で呟く。 「三年になっても変わらないわね、アイツらは」 「ま、退屈しないでイイんじゃね?」 苦笑しながら言った仁王に、少し目を丸くしながらも、私もまた苦笑して答えた。 「…そうかもね」 いつの間にか、これが当たり前になっていた日常だった――。 †END† 書下ろし 08/10/24 |