蓮二に奢ってもらった缶コーヒーで手を温めながら、私は男子部室へ戻ってきた。
 出迎えてくれたのは柳生。
「お帰りなさい。おや、柳君も一緒でしたか」
「あぁ」
「……その、バランスの悪いマフラーはどうしたんですか?」
「俺もそう思う」

 失礼な!

 確かに制服にぐるぐる巻きのマフラーじゃバランスが悪いかもしれないけど、と言い返したら私がやったことがバレるから心の中だけに止めた。
 というか、蓮二までそう思ってたなんて心外だ。
「…それは蓮二のコートか?」
「うん。貸してもらった」
 真田の問いに、丈の長い袖を伸ばして見せる。
 背の高い蓮二の物だから裾も長くて、転んでしまって雪のついたコートを見て溜め息を吐いた彼は、置いたままだった私のマフラーと手袋を掴んで渡してくる。
「それだけでは寒いだろう。それもしていろ」
「え、でも室内だし。そんなにさむ…」
「――良いからしていろ」
 反論は認めないとばかりに、睨んでくる真田に押されながら渋々とマフラーと手袋をつける。
 これじゃコーヒーの蓋開けられないんだけど……あ、真田にさせればイイか。
「これでイイの?」
「よし」
「まるで、父親と娘のようですね」
 私達のやり取りに、笑いを堪えながら柳生が楽しそうに言う。私が娘なのは納得いかないけど、真田が父親ってのは適切だな。
 そう思っていたんだけど、本人は相当ショックだったのか部屋の隅で落ち込んだように何か言っている。仕方ないからコーヒーは蓮二に開けてもらおう。
 少しぬるくなったコーヒーを飲みながら、思い出して柳生に尋ねる。
「…そう言えば、仁王は帰ったの?」
「彼なら外で丸井君達と雪遊びしてます」
 部室を出る時は室内にいた仁王は、外で丸井達と今度は雪合戦をしていた。
「ちょっと!2対1なんて卑怯じゃないっスか!?」
「特訓だよ特訓ー」
「そうじゃ、しっかり避けい〜」
 イジメに見えるようなやり方で雪を投げてるのは丸井と仁王で、標的の切原は先輩なんて関係なく反撃しまくってる。
 一方、その後ろで黙々と雪だるまを作り続けていたのは桑原だ。凝り性なのか地味だけど、割りと立派なモノが出来上がっていた。
 部室の窓からその光景を眺めてたら、私に気づいた仁王がやってくる。
「もう、悩みは解決したんか?」
「悩みって?」
 首を傾げて訊き返すと、彼は部室の壁に寄りかかって丸井達を眺めながら言った。
「――なんか、悩んどるみたいに暗かったからの、お前」
 普段より少し柔らかく話す仁王に驚きながら、クスリと微笑って空を仰いだ。
「別に悩んでた訳じゃないよ……ちょっと、思い出してただけ――」
 言い終わらない内に、私の言葉は冷たい衝撃によって遮られた。
「……つーめーたーいでしょーが、切原!」
「わぁ!スミマセンっ先輩!だって、丸井先輩が避けるから」
「はぁー?俺の所為かよ、お前がヘタクソだからだろ」
 どうやら丸井へ投げたらしい切原の雪玉が、運悪く私の顔面に直撃したのだ。
「大丈夫か?
「うん…凄く冷たいけど……」
 心配してくれる仁王に答えながら、顔についた雪を払う。ホント冷たいな…。
 その間に仁王は屈んで再び雪玉を作っていた。それから立ち上がって、私にその雪玉を差し出して言う。
「まぁ、何にしても…アイツらといると悩みも馬鹿らしく思えてくるよなぁ」
 その意図に気づいて、今度はニヤリと笑って雪玉を受け取り、思いっきり切原へと投げた。
「ホントに…――っね!」
「ぶほぉっ!」
「ナイスコントロール」
「うっお、スゲ!」
 目標違わず、見事に雪玉は切原に当たった。ま、当然だよね。
「蓮二っ。まだコート借りてるね!」
「好きにしろ」
 自分も丸井達の雪合戦に参戦しようと、蓮二に確認を取ってからそのまま窓から外に出ようと身を乗り出す。
 と、そこで真田に止められた。
「こらっ女子がそんなはしたない真似をするな。み…見えたらどうする!」
 まごうことなく父親の台詞に、私は上げかけていた足の姿勢を戻して溜め息をついてから振り返る。
「大丈夫よ。スパッツ穿いてるし――真田」
「何だ?」
 呼びかけられて不思議そうにする彼へ、満面の笑顔を浮かべて言ってやる。
「ヘンタイ」
「なっ…!」
 驚愕に近い声を上げた真田は構わずに、私は窓から外の雪の上へと飛び降りた。
 そして丸井達の許へと駆け、彼らと雪を満喫しながら笑顔で思う。

 こんな楽しい雪の日も、悪くないなって。





 †END†





書下ろし 08/10/14