「――何をしている?」 大きな声じゃなかったけど、よく透る声音に振り向くとそこには蓮二がいた。 その姿を見て、夢から醒めるような感覚と共に私は微笑みながら答える。 「…蓮二を捜しに来たのよ」 「コートも着ないでか?」 当然、フザけて言っているのに気づいてる彼は僅かに苦笑してたから、私も苦笑した。 そして蓮二は巻いていたマフラーを解き、徐ろにコートを脱ぎながら私の許へと歩いてくる。 積もる雪の歩き難さも感じさせず、目前に立った彼は無言でそのコートを差し出してきた。 「…何?」 「着ていろ」 「は?何で…」 「風邪を引きたいのか?」 怪訝な私に蓮二は少し呆れ声で渡してくるものだから、仕方なくコートに腕を通した。確かに私も風邪を引くのは本意じゃないけど。 素直にコートを着ていると蓮二がマフラーも掛けてきたものだから、我に返るように慌てて顔を上げた。 「――ちょっと待って。それじゃ、蓮二が寒くなるじゃない」 きっちり制服を着てるとはいえ、この真冬に上着無しじゃあ寒いに決まってる。 首に巻かれたマフラーを取ろうとして蓮二に止められた。 「お前がそんな寒そうな格好をしているからだろう」 「いや…それはそうだけど……大丈夫よ、鍛えてあるから」 「……冬を舐めているのか?お前は」 部活で鍛えてるから結構、自信持って言ったんだけどな…。 余り見ないほど呆れる彼に怯むけど、いつも子供扱いされては困るから強気に返す。 「蓮二だって寒さに強い訳じゃないでしょ?」 「お前に風邪を引かれるよりはマシだ」 「よくないわよ。私の所為で君が風邪引いたら元も子もないもの」 「だが、お前が風邪を引いたりしたら弦一郎が煩いだろうな」 「う…っ」 「家にまで看病に行くかもな」 それは果てしなく嫌だ! 不本意ながらも容易に想像のつく結果に、私は顔を引き攣らせる。まぁ断固拒否するけど。 大体何で風邪を引くこと前提で話が進んでるのか納得がいかない。確かに寒いのに違いないけど、こうも肯定されると不服にもなると思う。 蓮二が頑固なのは判ってるから、私はむーっと声に出しながら唸って結論を出した。 「〜〜…判ったわ。半分にしよ、私はコート着てるから蓮二はマフラー!」 「判った」 あくまで譲歩と提案すると、彼は仕方ないとばかりに頷いた。これでは私が聞き分けがないみたいじゃない。 けどそれには触れず、淡い色をしたマフラーを掴み上げるとダラリとやたら長い。 「……ねぇ、これって長過ぎない?」 「そうか…?お前の背が低いからだろう」 一言多い蓮二を睨んでから長さを確めるけど、どう見ても長いよ。私の身長位はあるんじゃないかな?確かに蓮二には丁度イイかもしれないけどさ! 膨れてる私に気づいて、蓮二が手を伸ばしてきてマフラーを受け取る。 「…まぁ、確かに長いかもな。出る時に母に渡されたんだ」 言いながらマフラーを首に掛ける彼を眺めながら、私は思いついて笑った。 「蓮二、屈んで」 「何故だ」 「いいから。巻いてあげるよ」 不思議そうながら素直に従ってくれた蓮二の首元で、ぐるんぐるんにマフラーを巻いてやった。長いからよく巻けるんだこれが。 「――はい、出来た」 「……巻き過ぎじゃないか、これは」 当然よ、当て付けも含めてやったんだから。 「温かくてイイでしょ?」 にっこりと微笑って言うと、彼は少し驚いたような顔をして苦笑した。 「…確かに、温かいかもな」 それを確めて、歩き出そうと踵を返した私の背中に蓮二が問いかけてきた。 「…そういえば、さっきはどうした?」 「何が?」 「空を見ていただろう…――いや、睨んでいたように見えた」 振り返って訊き返した答えに、私の表情は笑顔から緩慢に無表情に変わり、それと同時に足の速度を落とした。 顔に出てたのかと後悔して、立ち止まってからまた空を見上げた。 鈍色の空からは、相変わらず粉雪が舞い落ちる。 多分、普通の人には綺麗な景色として映るんだろうけれど、私には過去のモノを呼び起こす複雑なモノ。 「……雪は、嫌いか?」 自分でも顔を歪めてると自覚している横で、いつの間にか立っていた蓮二が呟く。 それは普段通りの彼の口調で、それでも意図しているモノは伝わってきた。 前に蓮二には総てを話していた。過去にあったことやり遂げられなかったこと、執着していたモノ。 その時、相手へ伝えるということは言葉にすることで、想いを肯定することになるんだと実感した。 話せば気が楽になるとはよく言ったモノで、それまで溜め込んでいたモノを肯定することで確かに軽くなった気がした。……あくまで、気がしただけど。 私は見上げていた顔を落として、足元の雪を見つめて呟く。 「そういう訳じゃないけど…」 一度言葉を切って、目を伏せた後また空を仰いだ。 「……あの日、雪じゃなくて――雨が降れば良かったのにって…思うことがある」 遠い、冬の日。 あの総てを失った日の朝も、寒い日でこうして雪が降っていた。 だからもし雨でも降っていれば、あの火事も早く治まったんじゃないかってどうしようも無いことを考えてしまう。 ふと、空を見上げてた視線を隣りの蓮二に向けると彼もまた、同じように空を見上げていた。その無表情に見える横顔を眺めて私は思わず苦笑していた。 勿論、気づかれない程度にだけど。 「――あー、喉乾いたかも」 わざと明るい声を出しながら、私は歩き出して蓮二へ振り返った。 「ね、あったかいモノ買いに行かない?」 「…そうだな。だが、金はあるのか?」 無邪気に笑うと、歩き出した彼に言われて思い出す。 「しまった…荷物、男子部室に置いたままだった……」 素で忘れてたことに少し落ち込む。 折角だからコンビニで中華マンを買ったりしたかったのにと考えていると、こちらへ歩いてきた蓮二が通り過ぎながら言う。 「コーヒー位なら、自販機で奢ってやる」 「ホント?やった」 喜んで彼を追い越しながら私は自販機がある校内の方へ駆けて行く。 とはいっても積もった雪でまともには走れないから、くっきりと足跡を作りながら大股で歩く。 「そんなに急いだら転ぶぞ」 「そんなドジしないわよ」 子供に注意するような蓮二に、少し拗ねながら言い返して私は進んだ。 その数分後、私が躓いて雪にダイブしたのは言うまでもない…。 |