―――数十分前の病室で。 珍しく一人で見舞いに来てくれた柳は、溜め息をついた。 それは単に息を吐いただけだったようだけど、幸村には呆れにも見えた。 原因は自分の見舞いへ行ったというがまだ病室に来ていないことらしい。その理由は彼でなくても、何となく幸村にも判ってしまった。 そんな思いをさせていることに、彼は少しだけ罪悪感を覚え、少しだけ満たされた気分だった。 けれど、やはり彼女に会えないことも寂しい訳で。 幸村は目前で何か考えている柳を見て、今更のように思わずクスリと笑う。 「……何だ?」 笑い声が聞こえたのか、顔を上げた柳が不思議そうな表情で尋ねる。 「いや、君も案外・心配性だと思ってね」 「心配しているように見えるか?」 「うん。捜しに行こうと思ってるんでしょ?」 幸村が当たり前のように言うと図星だったのか、一瞬驚いたような彼は目を逸らした。 「……桑原にも同じ事を言われた」 「だろうね」 「これでは弦一郎の事は言えないな」 「…そうかもね」 幸村は悪戯に答えたけれど、内心では違うと思っていた。 ――確かに、真田はに対して信頼より異常な心配を抱いている。 けれどそれは仕方ないと思うところが、彼女にはあるのだ。根が真面目だから無茶なことでも頑張り過ぎてしまう。 しかしそれは外面上でも確認出来るような異変の話だ。 「でもそれは、君だから出来る心配だよ」 「…どういう意味だ?」 いつもと同じように穏やかな口調で告げると、柳も普段通りに返した。 自覚があるのか否か、探る気もないから今度は幸村が答えの代わりに息を吐く。 真田と違い、彼はの内面的なところの細かい異変にも気がつく。それが柳自身の特有なのか、彼女と仲が良いからなのかは判らない。 けれど簡単な話、自分の見舞いに一人で行くと言ったが病室へは行かないかもしれないという心配など、彼にしか考えつかないということだ。 ……逆にもし、柳が幸村の立場だったならは悩まずに、真っ直ぐ見舞いへ来るだろうとも思う。 沈黙を続ける幸村に、彼が不思議そうにしているのに気づいて話題を変える。 「そう言えば、部活はどう?」 「あぁ、順調だ。特に弦一郎が張り切っているな」 「やっぱりね」 予想通りの答えに、幸村は楽しそうに苦笑した。 面会可能になってからたまに皆で見舞いへ来てくれたが、それも数える程だ。 それはきっと、部活のことで幸村に心配させまいとしている彼らなりの優しさなのだろう。頼もしさと苦労をかけていることに自分も頑張らねばと思う。 励ましにも似た思いにいた彼の横で、柳が呟いたのは別のことだった。 「――は、寂しくさせているかも知れないが」 その時振り向いた彼の表情に、申し訳なさは感じられなかった。寧ろそれは穏やかと言った方が適切だった。 柳の顔を眺めながら、ふと思ったことを口にする。 「……そろそろ、子離れしてもイイじゃない?」 「何の話だ」 「もう彼女には道を示したでしょ、僕達は」 興味がないかのように訊く彼に幸村も、然して意味を成さないように返した。 自分達がにしたことに意味をつけるなら『導いた』ということになるのだろう。 多少強引だったにしろ、彼女が変わったことには彼女の意志も付随していなければ出来ない筈だ。 そういう意味でもう自分達から何かする必要はないと、幸村は思う。 勿論、彼女との関係を変えるつもりはないし、時間が許す限りこれからも一緒にいるつもりだ。 だがそう言ったからと柳が同意するとは思っていなかったが、返ってきた答えはもっと意外なモノだった。 「…驚いたな。てっきり、お前は俺と同じ想いだと思っていたが?」 どこか楽しそうに言いながら立ち上がる彼に、幸村の方が驚いて目を丸くした。 見抜かれていたことに対しての驚きはなかった。 けれど彼が自分と同じ想いだったことより、それを告げたことが最も驚きだったのだ。 「へぇー…そうなんだ」 それが返って可笑しくもあり、苦笑しながら柳を見上げる。 「いつから?」 「…………猫を、拾った時かもな」 思い出すように答える彼は、少し優しい表情をしていたような気がした。 それがいつなのか幸村には判らなかったが、少なくとも自分が考えるよりも前のことなのだろう。 病室を出て行こうとする柳の背中を見送りながら、彼は笑って告げる。 「じゃあ、僕たち仲間だね」 その言葉に、扉を開けて立ち止まった柳は振り返って同じように笑った。 「――ライバル、だろう?」 言い残してゆっくりと締められる扉を、幸村は眺めた。 静かな廊下を柳が立ち去っていく気配を感じながら、呆れるような息を吐く。 そして、一人残った静謐な病室のベッドの上で、彼は呟いた。 僕が、君に敵う訳ないだろう…―― †END† 書下ろし 08/09/20 |