風の冷たさが増した冬の放課後。 幸村が倒れ、病状の回復状況も判らないまま数日が経った。 それでも容体は落ち着いているらしいので、面会が出来るようになっていた。 しかしまだ安静が必要だといわれている中で、立海テニス部のレギュラー達はこれまで以上に厳しい練習をするようになった。 きっとそれは立海の要である幸村がいない以上、自分達だけででも試合で勝てるようにと思っているからだろう。 ……そしてきっと、幸村が安心して治療出来るようにと。 今も練習に励む彼らの姿を、は教室の窓から見下ろしていた。 その姿は、少し寂しそうにも見える。 彼らがやっていることはきっと正しいのだろう。選手として、そして幸村の仲間として。 けれどにはそんな彼らが少し、遠くなったようにも感じていた。 「――アレ?さん、まだ残ってたの?」 物音に気づいて振り返ると、そこにはクラスメイトの女子生徒がいた。 荷物を取りに戻って来たらしい彼女が席に向かうのを眺めながら、は微笑む。 「ちょっと忘れ物を取りにね」 「そっか。――あ、そういえば」 明るく答えると鞄を持った彼女は思い出したように、の元へ歩いてくる。 「さんってテニスの選抜っていうのに選ばれたんでしょう?」 「え?…あぁ、うん。Jr選抜だよ」 「凄いねー。強い人ばっかりなんでしょう?」 突然の話題に少し驚きながらも、はにこやかに答えた。 各地域から選ばれた強い選手たちが集うというJr選抜。に声が掛かったのは大分前のことだ。 最初は参加することを悩んでいた彼女の背中を押したのは、やはり同じように選ばれていた幸村達。 良い経験になるだろうし何より強い選手たちと会えるよ、と言われてはも参加せずにはいられなかった。 正式に学校側から生徒たちに発表があった訳ではないのだが、クラスメイトが知っている位には有名になっているのだろう。 僅かに尊敬の眼差しをする同級生に、苦笑しながら窓際を離れる。 「凄くないよ、女子選手は人数が少ないから。私のはただのまぐれ」 「そんなコトないよー。私、さんが試合で勝ちまくっての知ってるもの」 「あはは。ありがと」 自分と違って純粋な明るさを見せて言ってくれる彼女に、は擽ったさを隠しながら笑ってお礼を言い廊下の扉へと向かう。 普段は、一般の生徒からテニスのことで聞かれたり応援されたりすることは稀なので、は妙に嬉しかった。 教室を出ようとするに、彼女はふと訊く。 「これから部活?」 「…ううん。今日はもう帰るよ」 「え?何で?」 当然、部活に行くと思っていたのだろう彼女が不思議そうに訊き返す。 それには扉の前で一度立ち止まって、少し振り返って言った。 「…――ちょっと、野暮用でね」 寒さに負けず、部活に励む生徒たちであふれる校庭の一角。 まだコートではテニス部員らが練習中だというのに、部室にいた柳は制服姿だった。 彼が室内を出ようとしていたところに、休憩へ来た桑原が気づいて訊く。 「アレ?帰んのか?」 「あぁ、精市の見舞いにな」 「…1人でか?」 桑原の前を通り過ぎながら淡々と答える柳に疑問を思って、彼が表情を変えた。 別に幸村の所に一人で見舞いへ行くことはおかしくないのだが、誰にも告げず部活を早退してまで行くことが桑原には不思議だった。 それが判ったのか、訊かれた柳が立ち止まって振り返る。 「が行っているから様子見も兼ねてだ」 当たり前のように言う彼に、桑原は更に首を捻った。 「何でまた?一緒に行けば良かったじゃねぇか」 「そう言ったんだが、断られた」 「は?何で?」 柳の答えは彼に取って不思議でならなかった。 が柳と仲が良いのは知っている。寧ろ、周知の事実だ。 だから彼女が柳の申し出を断る理由が判らず、桑原は怪訝な表情をしていた。 そんな彼に、柳は苦笑して言った。 「――負けたくないんだろう、自分に」 酷く、その答えは明確に紡がれた。 中学生らしくない言動を取るな、と前々から桑原は思っていた。 それは柳に限らず、真田や幸村もそうだったがも出会った頃から変わり者だった。 今は彼女も年頃の女子らしく明るくなった、と思ったところで自分でも年寄り臭い発想だと桑原は目前の同級生を見た。 判っているのはが彼の影響を受けていたのではなく、彼女の根本的なモノが柳たちと似ていたのだろう。 だからお互いのこともよく判るのだろう、と桑原は思っていた。 「お前ってホント、よく心配するよなのこと」 呆れるような溜め息の後、視線を逸らして言うと柳は即答した。 「俺だけではないだろう」 「まぁそうだけどよ……たまには、信頼したらどうだ?」 総てに於いてただ心配するだけが相手の為とは限らない。信じることでその人間を成長させることだって出来る。 それほど親しくはないかもしれない桑原だが、ただの同級生たちよりはと彼らの関係性は知っていた。一番仲がよくライバルに近い―― 投げた質問に、少し黙っていた柳は徐ろに背を向けて言った。 「――してるさ。だから心配が出来るんだ」 「は?何だソレ?」 言っている意味が判らず、間抜けな声を出すと柳は顔だけで振り向く。 「信じてもいない者に、弱音など吐かないだろう?」 その言葉に一瞬、驚きながらも桑原は確かに、納得していた。 それは柳だから言える言葉なのだろう。いや、きっと幸村や仁王に訊いても同じこと言うだろうが。 桑原が持つのイメージは、彼らとは違うのだ。 「…だから、アイツの弱い処も知ってるっつーコトか」 今度は諦めたようなに言えば、少しだけ微笑ったような柳は言った。 「――あぁ、は意地っ張りだからな」 |