「――ズルイと思わね?」
「……何がだ」
 身を乗り出してくる丸井に、普段より数倍不機嫌な真田が訊き返した。
 時間は昼休み。場所は真田のクラスがある教室で、席に座る彼の前にズカズカと丸井がやってきたのだ。
「だから柳だよ。いっつもと一緒にいるし、妙にアイツのコト判っててさ」
 まるで不貞腐れているような丸井に、話相手にされている真田は溜め息を吐く。
 人のクラスへ押し掛けてまでする話題かと内心で呆れながら、答えたのは横の席にいる柳生だった。
「確かに、柳君と君は随分仲が良いですから」
「そんなの今更だよ。君だって、いつもと一緒にいるだろう」
 自然な流れのように会話へ入ってきたのは幸村だ。真田の静かな怒りも余所に。
「密度が違う!」
「それはクラスが違いますからね…」
「……おいっ」
 更に騒ぎ出す丸井や呆れる柳生達に、絞り出すように真田が待ったをかける。
「お前は何をやってる?幸村」
「え?遊びに来てるんだけど」
「人に部活の雑務を押し付けてか…?」
 爽やかに答える彼に、真田は怒りを抑えながら問い詰める。
 真田が今・机に向かってやっているのは、本来部長がやるべき部活での練習予定や雑務処理だ。それを手伝っているのが柳生。
 責められている幸村は、あーと言いながら笑って誤魔化す。
「や、忘れてた訳じゃないんだけど。多くて…」
「やる気がないだけだろ」
「そんなコトより俺の話だ!」
 話を戻そうとする丸井のそんなコト発言に、再び怒りを見せる真田には構わず彼は腕を組む。
「まぁ、確かにのコト一番判ってるのは柳なんだろうけど…なんか悔しいじゃん」
「男として?」
「あぁ…――って、えぇっ?」
 幸村がにっこりと訊くと、丸井は激しく動揺した。自分の発言の意味を自覚していないらしい。
「そういえば、彼女は柳君だけ名前で呼んでいますね」
 困惑している丸井は無視で、真田の手助けも飽きたらしい柳生が読書本を片手に思い出したように言った。
「そうだね。僕も呼んでって頼んでみたけど、もう幸村の方で慣れちゃったからって」
「ふん…呼称なんて何でも良いだろう」
 幸村に注意しても無駄だと判断したらしい真田は吐き捨てた。
 それを見た幸村がニヤリと微笑う。
「ま、真田は断られてるからね〜」
「なっ…」
「何故、断られたのですか?」
 動揺する真田に、柳生が不思議そうに訊くと彼はにこやかに笑って。

『長いから面倒』

「――って、言われたんだよ」
「あー確かに長いよな真田の名前ー…つか、俺・から名前で呼ばれたコトあるけど?」
「何っ!?」
 いつの間にか平静を取り戻した丸井の言葉に真田は声を上げた。
「――俺なんか、の手作りクッキー食べたコトあんぜー」
「「仁王!」」
 声が聞えた方へ振り向くと、そこにはいつ入ってきたのか仁王が立っていた。
「…君はいつも唐突に現れますね」
「ま、それが俺やから」
 呆れるというより疲れたように呟く柳生に、仁王は意地悪く笑う。
 しかし真田の論点はそこではないらしい。
の手作りだと…?そんなモノいつ…」
「「あー食べた・食べた」」
「何だとっ!?」
 珍しく幸村と丸井が声を揃えて言うと、真田はかなり驚いていた。無理もない。彼には記憶に無いからだ。
 真田も加わって騒いでいる処に、音もなく現れたのは当初の話題になっていた柳本人だった。
「――何を騒いでいる。廊下まで聞こえているぞ」
 嗜める声に真田達が振り返ると、柳は彼らが囲んでいる机を眺めて息を吐いた。
「人に仕事を押し付けて何をやっている?幸村」
「いや、だって僕より真田の方が良い仕事するから」
「やはり意図的なんじゃないか…っ」
 あっさりと言ってのける幸村に、真田は持っていたペンを握り締めながら怒る。
 その怒りは構わずに、仁王が柳に訊いた。
「ところで、は?」
「さぁ……俺もいつもアイツと一緒にいる訳ではない」
「うっそだー。移動教室とかいつも一緒じゃん」
 疑わしいと叫ぶ丸井に、柳は一度止まってから柳生へと視線を向けた。
 状況説明を求めているのだと判った柳生は、肩を竦める。
「今日はこんな調子なんです。貴方に君を取られていると思って嫉妬してるんですよ」
「なっ…違うだろ!誤解を招くような言い方すんなっ」
「大方合ってるよね」
「幸村も違う!」
 完全に楽しんでいる幸村に否定する丸井が煩いのか、仁王が力づくで黙らせようとする。
「あーもうウルセーな。今に始まったコトじゃなかろうがっ柳の過保護癖は」
「弦一郎と一緒にするな」
「どういう意味だそれは!」
 異論を唱える柳に、やはり真田が納得いかないようだった。本人以外は納得していたようだが。
「じゃあ、因みに最近の情報は?」
 天気予報を訊くような仁王に、何だそれはと思いながら彼らは次の言葉を待った。
 当の柳は考えるような素振りの後に告げる。
「痩せたな」
「「「えっ」」」
 少し耳を疑う台詞に、仁王以外が驚いていた。
「てか柳、の体重知ってんの!?」
「それが何だ?」
「訊き返した!」
「なーんや、そんなコトか」
「仁王も知ってるの?」
 恐らく男子中学生として普通の反応をする丸井に比べ、がっかりしているような仁王に幸村が訊くと彼は平然と答えた。
「体重は知らんけど、痩せたかなんざ体型見れば判るだろ」
「判んねぇよ!どんな眼持ってんだ!」
「いかがわしいとかそんなのではありませんか?」
 すっかり輪から離れている柳生が、眼鏡の縁を上げながらボソッと呟く。
「…今日はなんや毒づくな、お前……」
「そんな事より、が痩せたとはどういう事だ!」
 珍しく困惑する仁王は眼中に入っていない真田が勢いよく立ち上がった。
「体重が減ったってコトだよ」
「そうではなく、スポーツは身体が資本だというのにタダでさえ小柄なの体重が…」
「――私の体重がなんだって?」

 ………………。

 弁論をするような真田の声を遮った少女の声に、その場が凍りついた。
 振り返るとそこにはいつもの明るい笑顔を浮かべる がいた。
 だが、今の彼らにとってはこの見慣れた笑顔が逆に怖い。
「どうしたんだ?
「廊下を歩いてたら、ちょっと騒ぎ声が聞こえたから来てみたの。――…で、何の話してたの?」
 唯一、平然とした柳が訊くとは素直に答えて改めて状況説明を強要した。
 答えたのは多少、動揺していなかった仁王。
「柳がな、お前が痩せたって言うから驚いてたんだよ」
「だから何でそういう話になったの」
「まぁ…それは色々流れがあんだけど……柳が何でそんなコト知ってるのー?とか、疑問に思わねぇの?」
 素に戻っているに、曖昧に答えながら丸井が話題を逸らす。
 そうとは気付かず首を傾げたが柳へ振り向いた。
「……何で?」
「春に部活でお前が倒れて、俺が保健室へ運んだ事があっただろう。その時に比べて、この間抱えた時に少し軽かったから痩せたと言ったんだ」
「成程ねぇ。確かに前に比べて練習量増えたから痩せたかもー」
「いやいやいやっ。何・普通に返してんだよ!」
「お前、もうちょっと恥じらい持てよ」
 柳の説明で驚かない彼女に、慌てて丸井や仁王が突っ込む。
「何よ。別に蓮二なら知っててもおかしくないでしょう」
「どんな認識だよ!コイツ、お前の体重知ってるんだぞ?」
「そんなの、身長からある程度は計算出来るわよ。ね?蓮二」
「…………そうだな」
「その間は何だよ」
 の質問に対して不審な柳に、仁王は真顔で返す。
「そんな事はどうでも良い!痩せたとはどういう事だっ?キチンと食べているのか!?」
「あーもう。何とかならないかな?そのド心配性。鬱陶しい」
 詰め寄ってくる真田に、これ以上ない程には冷めた眼差しを送る。
「鬱陶しいとは何だっ?こっちは心配して…」
「ハイハイ。あんましつこいと嫌われるぜ?お父さん」
「誰がお父さんだ!」
「はーい!俺も混ざりたいですおとーさん」
「フザけないでよ丸井。これ以上目立ちたくなんだけど」
「気付きたくないだろうが、。既に注目の的になっている」
「そろそろ飽きたから、戻ってもイイかな?」
「良いのではないですか?私もいい加減、静かに読書したいですから」


 早めに退散した者以外は、本鈴に気付かないまま騒ぎ続けて。
 やってきた五限担当教師に怒られながら解散したらしい。





 †END†





書下ろし 08/07/17