かったるい授業が終わり、その日の放課後。 俺が部活へ行くとなぜかまた、先輩は男子部の方にいた。 「……アレは、何やってんスか?」 テニス部の敷地内の隅で、場にそぐわない制服姿で膝を抱えてしゃがみ込んでる先輩を見ながら、後輩の指導にあたってた幸村先輩に訊いた。 彼は振り返っていつもの笑顔で答える。 「ホラ・君達が居なくなった後、教室へ戻るのに足が痛いだろうから抱えてあげるよって言ったら…」 「拒否されたんスね」 「うん。真田がね」 「…………」 予想に反して聞きたくなかった答えに沈黙する俺には構わず、先輩はにこやかに続けた。 「でもやっぱり歩き難そうだったから、柳が教室まで手を引いてあげたんだけど」 「成程、その道中で他の生徒達に目撃されてたちまち噂が広がったという訳ですね」 「んで腹いせにあんなトコでイジけてるっちゅう訳」 説明を続けたのは、背後から現れた柳生先輩と仁王先輩。 そういえば、と俺はクラスの女子達が何か騒いでたなと思い出す。確かに付き合ってもない男女が手を繋いでれば噂にもなるかもしれない。…この人達の場合、今更かもしれないけど。 未だに顔を埋めたまま蹲ってる先輩の理由に、納得しながら溜め息を吐く。 どう考えても返って目立つと思う。いや、それが目的か。 眺めてると、傍に寄った丸井先輩が同じようにしゃがんで心配してるけど動く様子はない。 そして空気の読めてないらしい真田先輩が注意する。 「。そんな所にいては練習の邪魔だ」 手本になるべき先輩としては正しい行動なんだろうけど、周りが一様に呆れた表情を見せる中で、案の定顔を上げた先輩は真田先輩を睨んで叫んだ。 「真田のバカー!老け顔ー」 「なっっ…!!?」 彼女に叫ばれたのに驚いたのか、老け顔に傷付いたのか先輩はかなりショックを受けてた。……多分、両方だろうけど。 というか俺たち後輩は、先輩の老け顔発言に驚きを隠せない。 真田先輩にそんなことを言えるのは、同学年の先輩たちでも稀だろうし女子の中でも先輩だけだろう。 周りの視線が集中してる先輩が、再び蹲っているのがつい気になって、真田先輩を慰めてる……というか傷を抉っている仁王先輩たちから離れて先輩の許へ向かう。 「れ?切原もの心配?」 「まぁ……そんなトコっす」 隣りでしゃがんでる丸井先輩に答えながら、先輩を見下ろして足元を眺める。 「足…大丈夫なんスか?」 呟くように尋ねると、驚いたように顔を上げた先輩はにこっと笑う。 「うん、大丈夫だよ切原。練習が出来ないのが寂しいけどねー」 いつもの明るい笑顔の先輩に、安心しながら苦笑した。 冷ややかな先輩にも慣れないけど、元気のない先輩というのもしっくりこない。 それを覆されるのはまだ、先の話だけれど――。 「…」 唐突に、隣りから聞こえた声に振り向くとそこには柳先輩がいた。 さっきまで無関心のようにコートで練習してたハズなのに、先輩はまったく気配を感じさせずに立っていたから思わず一歩引く。 「蓮…――うわっ」 黙って立ってる柳先輩に、先輩が不思議そうに問いかけようとして身体が浮いた。 しゃがんでいた先輩を柳先輩が軽々と抱き上げたからだ。 「ちょ…何っ?降ろしてー」 周りが驚きながら眺めてるのに、抱えられてる先輩が騒ぐけど柳先輩は動じずにスタスタを歩いていく。 そして部内に置いてあるベンチの傍まで行くと、ゆっくりと先輩をベンチに座らせた。 「見学ならここでしろ。足を痛める」 足に負担を掛けないよう、柳先輩はそう諭した。 無理やり抱えられたのが不服なのか、それとも別の何かなのか。先輩は不貞腐れたような顔をした後、すくっと立ち上がった。 「……帰る」 「なら送ろう」 歩き出す先輩の後を、柳先輩が当たり前のように続く。 「良いわよ、タクシー拾うから」 「だから校門までだ」 そんなことは判ってるとでもいう柳先輩に、先輩はそれ以上文句は言わなかった。 校庭を後にする二人を眺めながら、練習に戻れと指示する真田先輩に従って練習に戻る。 その間に、俺は幸村先輩に話しかけた。 「……なんか、意外っス」 「何がだい?」 ラケットを持って振り向かないで訊き返す先輩に、躊躇いがちに言った。 「柳先輩って、優しいトコあるんスね」 「――あれは限定や」 続いて言ったのは横を通りすがった仁王先輩。 感情の籠もらないその言葉に、俺は妙に納得した。隣りの幸村先輩は苦笑する。 「そうかもね。……まぁ、彼だけじゃなけど」 普段から絶やさない笑顔のまま、言い置いて先輩は練習に戻っていった。 その背中を見ながら、昼間のことを思い出す。 アイツは幸村部長と仲がイイと言ってたけど、俺から見れば先輩と柳先輩の方がよっぽど仲がイイように思える。 さっきのだって、先輩は不満そうだったけど。 少し、嬉しそうに見えたから。 †END† 書下ろし 08/07/11 |