長かった夏休みも終わり、二学期。 三年が引退して新部長も決まり、テニス部は新たな出発を迎えていた。 部長に就任したのは幸村先輩だった。統率力を考えれば威圧感のある真田先輩の方が適してると思っていたけど、何より今の部内で一番強いのが彼だったからだ。 その趣旨は女子部でも同様だったけど、立海女子の中で一番最強といわれる先輩は部長就任を断った。 尤もらしい言い訳をしてたけど、単に面倒臭かっただけなんだと俺は思う。 とはそういう先輩だった。 そしてその彼女はというと――何でか今、男子部のコートにいた。 「――さぁ、かかって来なさい丸井!」 「望むところだ!」 その様子を遠巻きに見ながら、部活へ来たばかりの俺は傍にいる幸村部長に訊いた。 「……何で先輩がココにいるんスか?」 「あぁ、今日は自主練習だからね。それに女子部の方は休みらしいから」 楽しそうに話す先輩に、曖昧に返答しながら視線を戻すと先輩たちも楽しそうにテニスをしていた。 それを見て何だか疼き出した俺は、弾んだ声で告げる。 「俺も参加してきまーす」 「――駄目だ」 歩き出そうとした俺の襟首を捕まえたのは、副部長である真田先輩。 怒気にも似た先輩のオーラに他の一年部員はビビってるけど、何度か対峙する内に俺は慣れてしまった。 「なんスか?真田先輩。邪魔しないで下さいっス」 不機嫌に振り返ると真田先輩は表情一つ変えず告げる。 「邪魔はお前だ。一年はあっちで基礎練習」 「ちぇー」 不満を漏らしながらも、先輩の命令は絶対だから渋々とその場を離れた。 その時、横目でコートの方を見ると幸村先輩や真田先輩を加えて仲良くしてる先輩たちに。 俺はなぜか、妙に疎外感を抱いた。 transient days story [side k] 昼休みにクラスメイトと廊下を歩いてたら、唐突に奴が言ってきた。 「女子を紹介しろだぁ?」 突然の頼みに、間抜けな声を上げるとソイツは馴々しく絡んでくる。 別にコイツとは部活が同じ訳でもない、少しお調子者なただのクラスメイトだ。そんな何の義理もない奴のムチャな願いを聞き入れるほど俺の心は広くない。 と内心で思ってるのも知らずに、奴は話を進める。 「あぁ、お前テニス部で女子部とも面識あるんだろ?」 「おんなじトコで練習してっからって、仲が良い訳じゃねぇよ。話さねぇし」 「そんな事ないだろ。ほら、お前・あの先輩と仲イイじゃん」 図々しい上に、いきなり先輩ときたもんだ。 天井を仰ぎながら息を吐いて、言ってるコトは本当かもなと改めて思った。 確かに先輩とはよく話すし気に入られてるのか、しょっちゅうからかわれてる。 ……自分としては子供扱いされてるのと同じだから迷惑なことだけど。 「密かに人気あるんだぜー先輩。テニスは強いし頭も良くて明るいから」 「へぇー…」 それは騙されてるよ、とまた内心で呆れる。 表向きは明るく人当たりの良い好印象を周囲に与えてるみたいだけど、実際の先輩はかなり黒い人だ。 多分それを知ってるのは先輩で親しい仲である人達だけだろうし、本人も曝け出してないんだと思う。 そして、俺もそれを知ったのはつい最近だ。 「あーでもダメか。幸村先輩がいるもんな」 「……は?」 勝手に話を盛り上げてる友人の言葉に、思わず振り向いた。なぜそこで幸村先輩の名前が出てくる? 訝しげな表情でもしてたのか、俺を見た彼が意外そうに告げる。 「いや、幸村先輩だけじゃなくてさ。なんか先輩て、テニス部で怖そうな人達と仲イイじゃん」 それはつまり真田先輩を指してるんじゃないだろうか。 内心で思いながら確かに、と俺は改めて彼女が立海テニス部で強い人達ばかりとよくつるんでるなと思う。それは先輩も強いからだけど。色んな意味で。 その中で男子部では幸村先輩、女子部では先輩が最強と言われてる二人がよく一緒にいるし、つり合うと思うのは当然だと。 隣りで説明する友人に何となくだけど納得する。 「で、そんな訳で先輩は幸村先輩と付き合ってんじゃないかって思うワケよ」 「ふ〜ん…」 適当に相槌しながらも俺は心の中でそれは違うだろ、と否定した。 幸村先輩より仲がイイのは寧ろ…―― 思いかけて、隣りから上がった声に振り向く。 「やっべ、俺・購買部に用があったんだ。じゃあ行くわ」 散々どうでもイイ話に付き合わせといて、彼はさっさと別れを告げて去って行った。 俺はまた溜め息を吐き、教室へ戻る為に階段を上がっていく。 半分を上がりきって踊り場に出ると、頭上から明るい声が降ってきた。 「あー切原だ。教室に戻るところ?」 「……ちっス」 噂をすれば何とやらで、顔を上げるとそこには先輩がいた。今日は珍しく一人だ。 「あのさ、昨日のぶか…――わっ!」 言いながら階段を下りようとした直後。 先輩は踏み外したのか、急によろめいて、落ちてきた。 「!!? 先輩っ!」 驚きながら、俺は咄嗟に駆け寄って助けようと手を伸ばした。 けれど先輩の身体を受け止めて床への落下は防げたけど、支えることが出来なくてそのまま後ろに倒れてしまう。 「――ってぇー…」 ただ転んだんじゃなくて、先輩の重さも含めて床に叩きつけられたから痛みは半端なかった。 背中の痛みに絶えながら起き上がろうとして、上に乗った先輩が勢いよく起き上がる。 「ゴメン!大丈夫っ切原!!?」 ――驚いた。 きっと先輩はいつものように悪戯な笑顔でいると思ってたのに。 目前の彼女は、酷く不安そうな表情で心配してきたから俺は呆気に取られた。 「痛いっ?頭打ったの!?」 「いや……頭は大丈夫っス。背中は痛いっスけど」 「そっか……」 良かったと安堵するように、先輩は頭を下ろす。 それが俺にとって意外だったから、少しの間だけ黙っていたけどすぐに思い出す。 「あの、先輩はだ…」 怪我はないかと訊こうとして、急に先輩の身体が後ろへ引っ張られるように浮いた。 「――いつまで倒れてるんだい?君達」 「ぅわ…幸村っ」 先輩の腕を引いて立ち上がらせたのは、いつの間に現れたのか幸村先輩だった。 「大丈夫?」 「うん、まぁなんとか」 彼女を支えながら、自力で立ち上がる俺に幸村先輩が視線を向ける。 「ダメじゃないか切原。ちゃんと抱き留めないと」 「いや、流石にムリっスよ」 前に比べ先輩より身長は伸びたし部活で力を付けたとはいえ、突然の落下に堪えられる訳がない。 嗜めるような幸村先輩に脱力して答えると、先輩が止める。 「そうだよ。本当にゴメンね、切は…っ」 言いかけた先輩は一歩前に出て、俯きながら顔を歪めた。 「どうしたの?」 「や、ちょっと足が…」 「見せて」 屈む幸村先輩に、先輩が靴下を下げると左の足首が少し赤くなっていた。 「腫れてる…捻ってるかもしれないから、保健室に行った方がイイね」 「平気だよ、歩けるし…」 笑顔で心配かけまいと、先輩は歩こうとしてすぐに痛いのか立ち止まる。 「…ホラね。強がってないで保健室行こうよ」 「〜〜うん、そうする」 観念したのか、落ち込みながら先輩が承諾した。 すると何を思ったのか、幸村先輩が先輩の前で大きく両手を広げる。 「……何?」 妙な行動に、俺と先輩が怪訝な表情を浮かべると幸村先輩は楽しそうな表情で言う。 「僕が連れてってあげるよ」 「…どうやって?」 「抱っこして」 「それってつまり姫抱っこスか?」 「そうとも言うね」 「断固拒否します」 隙のない会話で、先輩は嫌がるというより完全に無表情でキッパリと断った。ある意味、露骨に嫌がる表情より怖い。 一歩間違えれば軽蔑の眼差しだ。……いや、ホントはそうなのかも。 俺の方が怖いくらいだと思ってるのに、向けられてる当人の幸村先輩は慣れているのか。全く構わずに笑みを深めた。 「でも歩けないんでしよ?姫抱っこが嫌なら、普通の赤ちゃん抱っこかおんぶでもイイけど」 「何で選択肢が全部抱きかかえるなのよ」 「その方が楽しいから」 「切原、肩貸して。歩いて保健室行くから」 より楽しそうな先輩の相手を諦めたのか、先輩はグリンっと俺に振り返って援助を求めてきた。 たまに、この人達のテンションについていけない……。 |