真夏の陽射しが照り返す午後。
 夏休みへと入り、厳しさを増したテニス部の練習が終わり。
 私が水呑み場に足を運ぶとそこには先客がいた。
 すぐ後ろにいることに気付いてないのか、水飛沫をとばしてきたから持っていたタオルを後ろから被せてやった。
「――コラ切原!」
「わあっ!?」
 そこで独特に波打つ髪がびしょ濡れになるほど顔を洗うというより浴びていたのは、後輩である男子テニス部一年の切原赤也。
 濡れた頭を犬の如く勢いよく振ってた時に、私がやって来て水が掛かったのだ。
 だから仕返しとばかりに、彼の頭にタオルを被せて思いっきりワシワシと拭いてやる。
「もう、顔洗うならタオルくらい持ってきなさい」
「いひゃいだろーはぬぁへー!」
「あははー何言ってるか判んないよー」
 切原が何か文句を言ってるけど、私がタオルで(メチャクチャに)強く拭いてるものだから言葉になってない。
 どうも切原に会ってから、後輩という存在が自分には新鮮で可愛かった。
 何よりからかうと面白い奴だからついちょっかいを出してしまう。
 やっと私のタオル攻撃から解放され、今度はしっかりと切原が喚いている時、遠くから声が掛かった。
「あーが後輩イジメてるー」
 振り向くと、汗だくでこっちにやってくるのは丸井ブン太。
 教師にでも告げ口するような口振りをしながらその表情は混ぜろ、とでも言いそうな愉しそうな顔だ。
「イジメないわよ。後輩指導」
「どこがだ!アンタ、遊んでるだけだろっ」
 私も愉しさを隠さずきっぱり答えると、目前の切原が力一杯反論してきた。
 それを聞いて、横に並んだ丸井と私は一度止まって顔を見合わせる。そして徐ろに丸井が切原へ手を伸ばす。
「先輩に対しては敬語だろ?ん?」
「痛たたたったた!」
 頬を摘まんで横へと伸ばされる切原が本当に痛そうで、思わず苦笑する。
 流石に可哀想だから、後ろに回って丸井から切原を引き離して暴れる背中を押さえつける。
「それにしても、男の子ってすぐ身長伸びちゃうんだねー」
 面白くないとばかりに私は切原の頭を撫で回す。
 会った当初は背も低く、見下ろしていた位なのに成長期なのか今は目線が近く、もう少しで私を追い抜きそうだ。
 きっとこれからも伸びるんだろうなー、と呟いていると唐突に身体を引っ張られる。
「ま、俺には丁度イイ高さだけどなー」
「何を勝手に抱きついてるのよ」
 後ろから私に抱きついて、頭を撫でる丸井の顔を怒気を孕ませて思いっきり押し放す。
 自分と比べれば丸井も身長差があるから、確かに高さ的には抱き心地は良いかもしれないけれど――って何言わせるのよ。問題はそこじゃない。
「何だよー切原には抱きついてるだろー」
「後輩はイイのよ。第一、誰が抱きついて良いと言った?」
「基準は何だよ?――許可があればイイのか?」
「元よりそんなモノは無い」
 普通に会話しながらも、抵抗する丸井の顔を私が力一杯押さえている姿は何とも不思議な光景だ。
 最近、丸井は調子に乗り過ぎているような気がする。
 軽いスキンシップなら私も出来るようになったけど(切原にはしまくってる)、まだ慣れてはいない。
 丸井の相手をしていると、置いてきぼり状態の切原が今の内にと喚く。
「もう付き合ってられないんで、行くっス!」
 一応、敬語のつもりなんだろう彼はそう言って、脱兎の如く走り去った。
 引き止める間もなく遊び相手がいなくなり、残念そうに見送っていると丸井が口調を変えて呟いた。
「…なんか、変わったよな」
「?…何が?」
 振り向いて訊くと、私を見返す丸井が少し嬉しそうに言った。
「お前がさ。明るくなったよ、楽しそうだし」
 良いことだとばかりに話す彼に目を丸くして、苦笑した。
 それは最近になってよく言われる言葉だ。
 確かに、無理して笑うことはなくなったし友人と言える人達も増えてきた。小学時代では有り得ないことだった。
 もしかしたらそれは誰かのお陰かもしれないけど、それは口にせず丸井へ向き直る。
「それより、君は何でココに?」
 何か用があって来たんじゃないか、と尋ねれば彼は思い出したような表情のまま、なぜか楽しそうに言った。
「そうだ!、祭りに行こーぜ」
「ま…祭り?」
 相変わらず、彼の発言は突拍子がない。










 華‐hanabi‐火










 皆も集まってるからと、丸井に手を引かれて向かったのはテニスコート前。
 そこには蓮二や幸村、真田に柳生に桑原――つまり仲の良い同学年の男子部員が集まっていて、何の説明もなく私は皆の所へ連れていかれた。

 ……まぁ、丸井の唐突さと強引さは今に始まったことじゃないけど…。

 無理やり連れられて、蓮二達の前で立ち止まってから私は冷静に尋ねる。
「それで、丸井が言ってる祭りって何?」
「うわっテンション低いなー」
 当人に訊くより明確な答えが返ってくるだろうと、隣りの丸井じゃない皆に訊けば、近くの桑原が驚く。
 私が『楽しそうだね!私も行くー』という女の子らしい反応をすると思ったのか?
 有り得ない。やってみてもイイけど。
「実は近くでお祭りがあってるんだけど、今日は花火があるから皆で見に行こうって話になったんだ」
 私の淡泊な反応に慣れている幸村が笑顔で説明してくれる。そういえば、女子部の方でもそんな話をしてたような。
「…それで、丸井が行こうと騒ぎ出して皆が集められて、私にもお声がかかった訳ね」
 冷静に分析すると、文句を垂れる丸井以外がしみじみ頷く。
 何だか少し笑ってしまいそうだった。
 正直なところ、行くか否かと問われれば行きたいのが本音。記憶を遡っても、私は幼い頃にそういうお祭りには行ったことがなかった。
 なぜと訊かれたら『テニスばかりしてたから』と答えるだろう。実際、そうだったから。
「判った、私も行くよ。皆は?」
「だってさ。どうする?真田」
「し…仕方ないな。たまの息抜きも良いだろう」
 私の答えを待っていたかのように、笑顔で訊く幸村に彼は渋々頷いた。交渉に困っていたのだろうか。
「あ、俺・予定入ってるからパスな」
「何ーっ?」
 挙手して断る桑原に掴みかかる丸井は放って置いて、蓮二へ振り返る。
「蓮二は行くの?」
「あぁ」
 訊くと彼は端的に答えた。別に気を遣ってくれてる訳じゃないらしい。……いや蓮二の場合、表情には出ないから判らないけど。
「そういえば、仁王は?」
 不在の彼が気になって誰ともなく訊くと、不機嫌に丸井が答えた。
「人込みが嫌だから行かねぇだと」
 成程、仁王らしいと言えばらしい理由だ。
「私も家の用事で、ちょっと……」
 不参加を伝えようとした柳生が、途中で動きを止めたように見えた。
 首を傾げていると、なぜか彼は真田や幸村を呼んでこそこそと話し合い出した。

 え…ちょっと、何話してるの?

 たまに向ける私への視線で、良からぬことを企んでいるのが嫌でも判る。
 それは話し終わって笑顔で振り返る幸村や、なぜか居心地悪そうに咳をする真田を見て確信した。

 一体、何を企んでるのよ柳生……。





 その心配は柳生があっさり説明してくれたお陰で直ぐに判明した。
 ……尤も、それを聞いたのは彼に腕を掴まれ、がっちり拘束されてた時だったけど。

 こんなことなら、お祭りなんて断れば良かった……。