梅雨特有の長い雨が続く、昼休みの学校。 雨音を掻き消すような喧騒の、教室の廊下側で。 席に着く私は、隣りに立つ幸村や廊下から窓枠に凭れる仁王と外を見上げていた。 降り止む気配の無い雨に、無意識に出るのは憂鬱な溜め息。 「…雨ねー」 「雨だな…」 「雨だねー」 呟きは三者三様で、会話にはなってない。 雨は嫌いな方じゃないけど、こうも長く続けば流石に滅入ると思う。 変わらない景色に飽きて私は机に突っ伏した。 「元気ないね」 「んー…」 苦笑しながら心配してくる幸村に顔だけ上げて、向きを変える。 「…あっちは元気あり過ぎだけどね」 呆れたように言う視線の先は、教室の中央。 なぜか教室へ来ている丸井がクラスメイト達とカードゲームを興じていた。 「よーし。次負けたヤツは全員にジュース驕りな」 「えーっ!!?」 「ぜってー負けねぇ!」 机を囲っている男子達の楽しそうな叫び声に苦笑が出る。 彼らのバイタリティーに、天気は関係ないらしい。元気なものだ。 「というか、何で丸井はココにいるのかしら」 違うクラスなのに、彼はすっかり同級生達と溶け込んでいる。 「さぁ?…仲間に入ってくれば」 「いや、無理」 悪戯な笑みを浮かべる仁王に私は即答した。 確かに楽しそうではあるけど、あのテンションにはついて行けそうにない。 時折、妙な奇声が聞こえる方から顔を逸らすと、廊下の右方向から歩いてきたのは見知った二人組。 「…蓮二、柳生」 身を起こして私が呟くと、仁王が少し驚いたように窓枠から背を起こす。 「お。珍しいじゃん、二人が一緒なんて」 「えぇ、図書室で一緒になりまして」 柳生の説明に身体ごと廊下側へ向いて、窓から身を乗り出すと蓮二は片手に本を持っていた。 …成程、居ないと思ったらやっぱり図書室だったか。 私も割と図書室へは足を運ぶ方だけど彼ほどじゃないし、読む物も蓮二の方が多種多様だ。 それに彼の場合、読書というより調べ物の方が多いことを最近知った。 あれも何かの資料なのかと思いながら、腕を組んで窓枠に凭れる。 そのまま黙っていたからおかしいと思ったのか、柳生が控えめに言う。 「なんだか、元気がありませんね。体調でも…」 「ううん。身体は至って快調、寧ろ持て余してる感じよ」 彼の場合、真面目に心配してくれてそうだから敢えて強く否定した。 それより今の私はそんなに弱ってるように見えるのか?ただ項垂れてるだけなんだけど。 ならどうしたのだという顔をする柳生に、幸村が苦笑で外を指差す。 「ホラ、最近雨が続いてるからね」 その言葉で納得した柳生につられて、私達は再び外へ視線を向けた。 相変わらず、気分を落とすような雨は静かに続いていた。 そんな私達の沈黙を消すように、仁王がわざとらしく意外そうに言った。 「何?そんなにテニスが出来ないのが辛い?」 「そういえば、暫らく雨で練習が出来てませんから」 彼の質問に、付け足すように柳生が呟く。 校庭での部活である以上、雨では練習をすることが出来ない。 つまり連日の雨のお陰で最近はずっと、屋内での基礎運動だけの部活動だった。 学園生活の中で、楽しみの一つが部活である私にとってこれは辛いこと。 それが判っていて不貞腐れてる(つもりはないけど)私に、仁王が苦笑する。 「ま、お前はマシな方さ。アレ見ろよ」 言われて廊下へ振り向くと、その先には見覚えのある後ろ姿。 「真田なんて、暫らくテニス出来ないからってフラフラしてるからな」 そこにいたのは、微妙に身体を左右に揺らして歩いてる真田だった。 余りの驚きに私は思わず言葉を失くす。彼にとっても、テニスは重要らしい。 ある意味、禁断症状にも見える。面白いものを見た。 「……まぁ、真田の気持ちも判るけどね」 一応フォローのつもりで言いながら、身体を席に戻す。 好きなモノをお預けされたら誰だって精神が揺らぐものだと思う。真田の場合は、よっぽどのことだけど。 誰もが見なかったことにしようとしてる中で、何かを思い出したように柳生が振り向く。 「そうだ、仁王君。先ほど担任が捜してましたよ」 「俺を?何で?」 「さぁ?…また、何かやらかしたんじゃないですか?」 仁王が首を傾げるのに、呆れている柳生の頭上から校内放送が流れてきた。 『――組の仁王雅治!至急、職員室へ5分以内に来い!』 校内に響いたのは、教師の声で何とも呼び出し放送らしからぬ怒気を含んだものだった。 その場にいた私達だけでなく、教室内の生徒達も沈黙したまま仁王へ視線が集中する。 当の本人は大して困った様子もなく、頭を掻きながら、片手を挙げて苦笑した。 「じゃ、俺逃げるわ」 心当たりでもあるのかそう言った仁王は、ダッシュで逃げた。 いや、逃げても仕方ないと思うけどな。 あれで割と頭が良くて人当たりも良いから、詐欺師とはよく言ったものだと感心する。 「あーチクショウ!」 私達が呆気に取られて仁王を見送っていた後ろから、悔しそうな呟きが聞こえた。 振り返ると、さっきまで遊んでいた丸井が教室から出ようとしていた。 「どうしたの?もう、ゲームはお終い?」 「……罰ゲームの買い出し」 あぁ、大負けして全員分のジュースを買う羽目になったのか。 言葉にしたら怒られそうだから思うだけに留めておいた。 でも確か、かなりの人数でゲームしてた筈だから全員分なんて持てるのかな? 思ってても口にしたら手伝う羽目になりそうだから黙っていると、同じことを考えたらしい幸村が丸井へ歩き出す。 「手伝うよ。1人であの人数分は持てないでしょ?」 「おぉ、サンキュー幸村」 彼の申し出に心底助かったと丸井は喜んでいたけど、幸村は笑顔でトドメを刺す。 「代わりに僕にも奢ってね」 「あ、あぁ…やっぱ……」 喜んで損したと項垂れて歩き出す丸井を、やっぱり笑顔で背を押し歩いていく幸村もかなり良い性格をしている。 騒がしい人達がいなくなり、私はまた身体を廊下の先の窓へ向けて溜め息を吐いた。 「あーホント、早く晴れてくれないかなー…」 心からの呟きに、無いと思っていた返事は意外にも蓮二からあった。 「――雨なら今宵の内には上がり、明日には晴れるらしい」 「え、本当?」 訊き返すと同じように外を見ていた蓮二が、振り向いてから答える。 「あぁ、大半の予報が同じだったから間違いないだろう」 「そっか。良かったー」 蓮二の言葉に安心して、思わず笑顔で胸を撫で下ろす。 晴れと言っても気温が高くなければ、連日の雨でぬかるんだ校庭ですぐに通常の練習は出来ないかもしれないけれど。 何より、雨が止むということが嬉しかった。 純粋に喜んでいると、そんな私を見てか柳生が苦笑していた。 「……?何?」 不思議そうに首を傾げれば彼は失礼、と言いながら向き直った。 「いえ、随分…感情が出るようになったと思いまして」 その台詞に、私は思わず目を丸くした。 確かに最近は押さえることもなくなったし、さっきだって素直に出た言葉だった。 認めなくはないけど、変わったのかと戸惑い気味に首を捻る。 「そー…かな?」 「そうですよ、ね?柳君」 「あぁ、俺のお陰だな」 「いや何でよ」 まるで自分の手柄のように言う蓮二に、思わず真顔でツッ込んだ。 君が私の感情の起伏に対してどんな助力をしたっていうのよ、知りたいものだわ。 教室にいる以上、言葉にはせずに目で訴える。 するとそれが判った上でなのか、不意に蓮二が私の頭に手を置いて。 「俺は、お前が微笑っていればそれで良い」 いつもの淡々とした口調で、そう告げた。 つい頭を傾けて受けてしまった彼の腕の向こう――蓮二の表情を窺うと、微かに微笑っているようだった。 それが嬉しかったのか、恥ずかしかったのか。 自分でも判らなかったけど、蓮二の手を退けて顔を上げて。 「…キザ過ぎるわよ」 露骨に、苦笑いをしてやった。 †END† 書下ろし 08/05/05 |