その日の、よく晴れた放課後。
 昨日のメンバー(プラス野次馬数人)で、僕達はテニス部のコート付近に集っていた。
 全員の視線の先には、互いに向き合っていると切原。
 見下ろすは不思議そうで、見上げる切原は不機嫌そうな表情をしていた。
「ほら、言う事があるだろう」
 急かしているのは切原の後ろに立つ真田で、先輩の命令に仕方なく彼は目を逸らしながら呟く。
「すみませんした…」
「頭を下げんか!」
 態度が悪いとばかりに、真田は無理やり押さえて抵抗する切原の頭を下げさせる。
 昨日の試合で、知らなかったとはいえ体調の悪いへ勝手に試合を申し込み、結果として彼女が倒れるまで続けさせたことに真田が怒ってこうして切原に謝らせているのだ。
 僕達や本人は必要ないと思ったけれど、真田曰く、躾としてやるべきだと切原を呼び出した。
 確かに、放って置くとまた誰かに勝負とか申し込んでそうだけど。
 彼が無理やり謝らされた後、なぜかは固まったままだった。
 不審に思い見ていると彼女は段々と顔を輝かせていき、なぜか突然切原に抱きついたのだ。
「かわいい――っ」
「ぅわ!!!」
 抱きつかれた切原だけでなく、全員が驚いた。
 それはこれまで彼女が僕達を含め、周囲に見せてきた振る舞いとは全く違っていたから無理はない。
 言うなれば、無邪気という言葉が相応しいと思う。
 戸惑う周りは気にせず、は自分より小柄な一年生の頭を楽しそうにグリグリと撫で回している。
「君、生意気な顔してるねー。それに変わった髪型だ」
「わ…悪かったな!触んなっ!」
「何をやっとるんだお前は!」
 誰より先に我に返った真田が慌てて切原からを引き剥がす。不満を漏らしたのは、両腕を掴まれただった。
「後輩を可愛がってるだけだよ…――それより、放して」
 文句を言いながら浮かべる満面の笑顔は、逆に高圧的に真田へ放すことを強請していた。
 をよく知っているからこそ、それを悟った彼は一度固まって彼女を放す。
 立ち代わりに傍へ寄ってきた丸井や仁王達が、少し驚いたようにと切原の間に入った。
「急にどうしたんだぁ?こんなチビに構うなんか」
「誰がチビだ!ちょ…イテーよ!」
「いやーあんまり生意気なのが可愛くてね」
 今度は丸井が後輩の頭を撫で回しながら不思議そうに訊くと、彼女は楽しそうに答えた。
「なんだ、気に入ったのか?」
「っていうより…なんていうか、後輩って可愛いんだねー新鮮だよ」
 そんな彼女を楽しそうに見る仁王に、少し照れたように言いながらは切原をイジメめる丸井に加勢する。不満だらけの切原を無視して。
 一般的に見る、仲の良さそうな先輩と後輩の光景を眺めながら、僕は柳の隣りにいた。
「一体、どんな魔法を使ったんだい?」
「……何の話だ」
 前を向いたまま訊くと、彼は振り向かずに訊き返してきた。
 質問の意図は判っているのだろう。答が得られないのは自分でも判っていた。
 今朝、あれだけ悩んでいたは、僕が教室へ戻ってからはもう普段通りに柳と話していた。
 きっと柳が何か言ったのかもしれないし、何もしなかったのかもしれない。
 ただ柳の力で彼女の迷いが消えたのは確かだろう。
、怪我のことで謝ろうとしてた?」
「あぁ…だが必要無いと言った」
「そっか」
 仁王の言っていた通りだと思いながら、隣りを窺うと彼は今もじゃれ合っている達を眺めている。
 その表情に、感情は読み取れなかった。
「元気みたいだね、
 視線を戻せば痺れを切らしたのか、部活の時間だと真田がや丸井達を散らしていた。
「あぁ、無茶はしていないようだ」
 酷く判り難かったけれど、柳は仕方ないという表情を見せていたからへと振り向く。
 そこには真田に邪魔をされて不満そうな、それでも楽しそうな表情。
「…長引いてる?」
「いや、熱は昨日の内に下がっていた」
「じゃあ…」
「心配するな。昨日と今朝の事で、どうして良いのか判らないのだろう」
 言って、息を吐く柳は緩やかな顔をしていた。
 つまりそれは、彼女は慣れないことをして照れているということなのだろうか。
 それでも迷いながら、彼女なりに僕達に接していると思うと可笑しくなった。
「なんだか、可愛いね」
「本人にそれを言ったら驚くと思うぞ」
「それは見てみたいな」
 フザけてではなく、心の中で本当に見てみたいと思っていると柳が歩き出す。
「…の所へは行かないの?」
「行く必要もないだろ」
 素朴な疑問に、返答はすぐ返ってきた。
 部室へ向かおうとする彼の背を見て、達を見た――正確には、切原の方を。
「そういえば、あの一年生だけど」
 呟くとその意図を汲んだのか、柳が立ち止まる。
「……余り、試合をさせない方が良いかもね」
 今すぐの話ではないけど、彼の性質やプレースタイルを考えると注意すべき処がある。
 現段階で断言はし辛いけれど、これは選手としての勘だ。柳の場合、知識としてあの一年生を分析しているだろうけど。
 彼にしては珍しく沈黙を保った後、やがてゆっくりと振り返った。
「もしと試合になっても、止めるだろう。弦一郎が」
 そう言い残して、柳は立ち去った。
 僕は溜め息を吐いて、その後ろ姿を眺めながら呟く。
「君が、それを望んでいなくてもね」




 †END†




書下ろし 08/04/21