冬休みも終わり、学校が始まって間もなくした頃。
 午前中の授業で男子は校庭で体育、女子は調理室で調理実習となっていた。

 本日の内容はクッキーで、今は全員が作業を終えて各テーブルには様々なクッキーが並んでいた。
 …それにしても各自好きな材料を持参可とはいえ、これは凄いなぁと。私は担当教師の話を聞きながら、横目で自分の班のクッキー達を見て思う。
 それらはチョコやアーモンドやら何やらで装飾され、可愛く仕上がっていた。
 好きな男子にでもあげるんだろう。同じ班の女子達がこそこそと内緒話をしてるのがその証拠。
 まぁ気持ちは判らないことはないけど、共感は難しいかな。生憎、そんな相手がいないからだけど。
 そんなことを思っていると、ふいに女教師の言葉が耳に入ってきた。
「――折角作ったんですから自分で食べるのも良いですが、大切な人や日頃お世話になっている人にあげるのも良いでしょうね」
 多分、家族や友達を指して言ったんだろうその言葉に、私は動きを止めた。


 …お世話になってる人、ねぇ……。




















 授業が終わり、活気を取り戻したような昼休み。
 クッキーの入った紙袋を手に教室へ戻ると、昼食を終えたらしい幸村がいた。珍しく、よく一緒にいる蓮二の姿はない。
「――あ、。何を持ってるの?」
 私に気づいた幸村が笑顔で訊くから、近寄りながら紙袋を持ち上げる。
「授業で作ったクッキーだよ。良かったら要る?」
「良いの?」
「うん。あんまり良い出来じゃないけど…」
「一つ貰うね」
 言い終わらない内に、幸村は袋の中から一つ取って口に入れた。
 手が早いな、と違うことで驚いてる間にクッキーを食べた彼は笑って言う。
「うん。美味しいよ」
「ホント?…おだてても何も出ないよ」
「本当だよ。君が料理上手いのは知っているから」
 いつもの笑顔の幸村に自分も笑うけど、続いた言葉に首を傾げる。
「…そうだった?」
「うん。ほら、前に作ってきた弁当を分けて貰った時、あれは美味しかったから」
「あ―…」
 大分前のことを思い出して苦笑した。あれは去年だったか。
 私が普段、昼食をパンや簡単なモノで済まそうとするから、栄養が偏ると真田に注意されたことがあった。それが数回に渡ったものだから、自分で弁当を作ったことがあったのだ。
 ただ自作というのは、朝から時間が掛かるのと面倒だから止めてしまった。
「でも、料理とお菓子って勝手が違うから難しかったよ」
 そう言うと、彼は微笑って大丈夫だよと言ってくれたからまた苦笑した。
 ちゃんと授業で味見はしてるから不味くはないと判っていたけど、やっぱり人には好みがあるから不安だったのだ。
 だから少し安心して、思い出して顔を上げる。
「ところで蓮二は?」
 辺りを見渡して訊くと幸村は思い起こすような仕草。
「さぁ…ご飯食べてから、何処かへ行ったようだけど…――柳に用事?」
「うん。ちょっとね」
 頷きながら私はクッキーの入った袋を持って、教室を出ようと扉へ向かう。
 途中、ふと立ち止まって振り返った。
「ありがと、幸村」
 すらりと出てきた感謝の言葉に、幸村は少し驚いたような表情の後、微笑んだ。
「うん。頑張ってね」
 その時は私も笑顔で応えたのだけど、後で廊下を歩きながら首を傾げる。

 何を頑張れというのだろうか。

 考えながら、ひょっとして私の目的が判っていたとか?と思ったけどまさかね、と思考を振り払った。










 教室を出てまず向かったのは図書室だった。
 だけどそこに目的の人物は見当たらず、私は用事もないから室内を出てまた首を傾げた。

 はて、ここ以外で蓮二がいる所とはどこだろう?

 場所が思いつかない訳じゃない。
 だがここは学校で、彼が行きそうな所なんて幾らでもある。
 昼休みという限られた時間で、蓮二の行動を想定して場所を特定するには少し難しい。
 …………単に歩き回るのが面倒ということも、ないことはない。
 辿り着かない答えを考えながら、私は無意識的に一階へと降りていた。
 裏庭に面した廊下を歩いていると、窓の外に並ぶ木々の一角――木の下で昼食を摂っているらしき丸井と桑原の姿を目にした。
 私は立ち止まって一瞬考え、カラカラと廊下の窓を開けた。
「――…何してるの?」
 声を掛けると気づいた丸井が大きく手を振る。
「日向ぼっこー。も来るか?」
「…遠慮するよ」
 その誘いに考えるまでもなく、呆れて私は答えた。
 いくら陽射しが暖かい方とはいえ、いつ冷たい風が吹いても可笑しくない真冬の外に出てるなんて、元気なことだ。
 どこで見つけてきたのか、新聞紙を広げてお菓子を囲んでいる彼らを半ば温かい目で眺める。
 すると丸井が何かに気づいて辺りをキョロキョロと、見渡したし始める。
「どうしたの?」
「なんか…甘い匂いがする」
 犬並みの嗅覚でお菓子を嗅ぎつけた彼に、呆れを通り越して感心しながら私は持っていた紙袋を持ち上げる。
「……クッキー、要る?」
「いるっ」
 子供にでも尋ねるような私の元へ、丸井がダッシュで駆け寄ってきた。今もお菓子食べてるのにまだ食べる気なのか。
 丸井にクッキーの入った袋を手渡すと、遅れてやってきた桑原が不思議そうに尋ねる。
「どうしたんだ?ソレ」
「実習で作った」
「え…」
 桑原に答えると、正に今食べようとしていた丸井の手と動きが止まる。
 妖精でも通ったような空気が数秒流れた後、私はわざとらしく言ってやった。
「安心して。幸村は美味しいって言ってくれたから」
「じゃあ食う!」

 失礼なヤツね。

 その素直さは嫌いじゃないけど時に命取りになるわよ、と言葉には出さず思う。
 けれど当初の目的を思い出して、クッキーを食べている二人に尋ねた。
「ところで、蓮二見なかった?」
「――ヤツなら、上の階へ向かってたけど」
 答えたのは目の前の二人ではなく、その声は上から降ってきた。
 声が聞こえた方へ見上げると、木の枝の上に器用に坐っている男子生徒がいた。仁王だ。
 大木に預けていた背を浮かせて彼はいつもの、意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見下ろす。
「俺にもくれよ、ソレ」
「降りて来たらあげるわ」
「了解」
 悪戯をするように答えると仁王は即答して、身軽な仕草で枝から飛び降りる。綺麗に着地するものだ。
 仁王にもあげようと紙袋を覗くと、思ったよりもクッキーの数が減っていた。

 丸井、何個食べたのよ。

 顔を上げるとこちらへ来ていた仁王も袋の中を覗いていて、真顔を上げて訊いてきた。
「いいのか?」
「何が?」
 意味が判らず聞き返すと彼は当たり前のように言った。
「柳にあげるんだろ?」
 一瞬、息が止まりそうになったけれど、直ぐに疑問が浮かぶ。
「何でそう思うの?」
「アイツを捜してるんだろ?だったら理由は簡単だ」
 やはりどこか当然のように言う仁王に、私は目を丸くして諦めたように苦笑した。彼の観察力には、蓮二の次によく驚かされる。
「…別に取ってあるから、全部食べてイイわよ」
 普段の作られた笑顔ではなく、皮肉めいた笑みを返すと仁王も微笑んだ。
 ――しかし、空気を読めてないのが約一名。
「じゃあ、俺も貰う!」
「「お前は遠慮しろ」」
 丸井の食いつきに、仁王と桑原のツッコミは容赦なかった。