全員の注文が届いた処で、私達はやっと本格的にテスト勉強を始めた。
 ――と言っても、各自で黙々と勉強しているというより、丸井や桑原が判らない問題を私や柳生などに訊いてる方が多かったが。
「だから、ソコは当て嵌める公式を間違ってるのよ」
「え、そうなのか?」
 持っていたシャープペンシルで丸井がノートに解いていた式を指すと、彼は慌てて教科書から正解の公式を捜す。
 場所を教えようとして、私は諦めた。元々、向かいの位置にいる丸井には教え辛いので、隣りの柳生にバトンタッチする。
「…柳生。任せた」
 素直に従う柳生と教えて貰っている丸井を見ながら、椅子に背を預けた。そして隣りに目を向ける。
 呆れることに、私の隣りに座る蓮二はテニス指導本を読み、その隣りの幸村は楽しそうに勉強する丸井達を眺めているのだ。傍にあるのは紅茶のティーカップだけ。
 たまに教えている幸村はともかく、蓮二はまったく勉強する気がないらしい。確かに彼らは今更必死に試験勉強する必要はないだろうが、試験範囲を確認する体くらいすれば良いのに。
 ……まぁ、自分も筆記用具くらいしか出してないから人のことは言えないが。
 何かすることはないかと考えて、思い出す。
「あ、そうだ。蓮二、私・明日当たるから教えて欲しいんだけど…」
「数学か?」
 言いながら鞄から教科書を出そうとしていると、流石は蓮二。一発で教科を当ててきた。同じクラスだから不思議ではないけれど。
 教科書を開いて蓮二に訊いていると、数字の羅列と睨めっこしていた丸井が気付いて覗き込んでくる。
「ナニ?何の勉強?」
「明日の授業の予習」
 なぜか興味有り気に訊いてくる彼に、私は蓮二が教えてくれた問題を解きながら答えた。
「はぁ?テスト勉強じゃないのかよ?…そういえば、お前はしないのか」
 心底、不思議そうに訊く丸井に溜め息を吐いて、屈めていた背を伸ばした。
「試験対策はいつも授業の予習復習してるから、問題無いわよ」
「はぁ??お前、いつもそんなコトやってんの?よくそんな時間あんなー」
 遂には呆れるように感心する丸井に、本日何度めの溜め息か。
 呆れている訳ではない。自分にとって当たり前なことを説明しなければならない、そういう面倒さだ。
 以前の私なら、それすらも面倒でしなかっただろう。
「あのねぇ、家に帰ってその日の授業の復習と翌日の授業の予習をするだけよ。1時間も掛からないわ」
「俺だったらムリだね。家帰ったら、飯食って風呂入って寝る!」

 威張られても困る。

 当然だとばかりに胸を張る彼に、今度は全員が呆れ気味だ。
 確かに私達のように部活に入っていると、練習や疲れで中々時間は取れないから、部活と勉強の両立は難しいだろう。
「じゃあ、いつ勉強するのよ」
「そりゃあ…………徹夜?」
「蓮二。彼に勉強教えてあげて」
 極論を可愛く首を傾げて言う丸井に、私は応対を放棄して蓮二へ投げた。
「何だよー。だからこうして勉強してんだろ」
「そうね。まったく進んでないけど」
「お前は勉強してないじゃん」
「私はさっき蓮二に教えて貰った問題を自分で解いたから」
「じゃあ僕は、柳にテストで出そうな問題教えて貰おうかな」
 再び丸井と言い合っていると、それまで楽しそうに眺めていた幸村が自然な流れで会話に割り込んできた。
 彼は冗談のつもりだったのだろうけど、相手が蓮二なので可能だと思ったらしい丸井が幸村の話に乗る。
「あ、じゃ俺も…」
「――君はダメ」
 身を乗り出す丸井に片手で制す。
 止められることは判っていたが、自分限定な言い方が気に食わなかったのだろう。駄々を捏ねる子供のように拗ねた表情をした。
「何でだよ」
「ヤマを張った問題だけ解けるようにしても、身に入らないでしょ。丸井は解けない問題が解けるよう集中しなさい」
「何だよソレー」
 冷静に言うとそれまでの不満が溜まったのか。
 丸井は唸っていたかと思うと、急に立ち上がって店員を大声で呼ぶ。
「スイマセーン!ショートケーキお願いします!あと、チーズケーキとチョコもっ」
 その被害を受けたのは隣りにいた桑原で、それまで真面目に勉強していたのに横の丸井が立ち上がったものだから奥へと押されてしまっていた。
 文句を言う桑原は気にせず、満足そうに丸井は座る。
「ちょっ…何?」
「もう煮詰まっちゃったから、脳に糖分を送る!」
「まだ30分も経ってないじゃない…」
 後回しにされていたケーキで自分に活力を送るらしい。しかも更にケーキを2つも頼むなんて、よっぽど食べたいんだろう。
 その食い気を称賛すればいいのか、集中力のなさを非難すればいいのか悩んでいる内に、店員が最初に頼んでいた苺のショートケーキを運んできた。
 あれだけ大声で頼んだので、ケーキは真っ先に丸井の前に置かれる。見た目なかなか美味しそうなケーキだ。
 ただそう思いながら見ていると、 一気に機嫌が良くなって美味しそうに食べるんだろうと思っていた丸井は目の前のケーキを私に差し出してきた。
「はい、
「え…?」
 意味が判らず、硬直する。物欲しそうな顔にはなっていないと自覚があるだけ、彼の行動が判らないでいると代わりに訊いてきた。
「アレ?甘い物嫌いだっけ?」
「いや、そうじゃないけど…何?くれる、とか?」
「うん。俺はもう2つ頼んでるし、疲れてる時は糖分だろ?」
 笑顔で言う丸井に、僅かに表情が引き攣ってしまう。
 今日はよく溜め息をつくから、疲れていると思われたのだろうか。いやいや、それはほぼ君の所為なんですがね。
「別に体力的には疲れてないわよ」
「そう言わずにさ、俺のおごりだから。今日のお礼も込めて」
「…お礼?」
 意外な言葉に思わず反芻して、首を傾げる。
 それはこの勉強会のことを言っているのだろうか。確かに強引に誘われたけど、お礼をされるほど教えてはいない。寧ろ喧嘩越しだった訳で。
 黙々と考えていると、丸井は苦笑した。
「だって、ホントは来ないかと思ってたから。お前って結構メンド臭がりだからな」
 見透かされていたことに少し驚く。彼が予感していたくらいだから、蓮二や幸村はとっくに判っていたのだろう。
 僅かな居心地の悪さに、私は彼らから視線を伏せる。
「来なかったらで、煩いでしょ君は。それにお礼なんて…」
「――
 言葉を遮った幸村へ振り向くと、彼は私に穏やかに微笑いながら。
「こういう時は、素直に受け取って良いんだよ」
 言われて、私は目を丸くして皆を見渡した。
 そして視線を逸らして、呟いた。
「……ありがとう」
 一番喜んでくれたのは、丸井だった。










 その後、丸井の前にもケーキが2つ並び、教科書をまた広げ。
 勉強しにきたのか、ただ談笑しにきたのか判らない状態になっていたが、楽しいことには皆、変わりはなかったようだ。

「なっ。また勉強会しような」
 私はショートケーキを食べていた手を止め、チョコレートケーキを満足気に食べながら言う丸井を一瞥して言った。
「今度は、真田も参戦させてね」
「えっ何で?」
 怪訝な丸井に、答えたのはおかわりした紅茶を口に運ぶ幸村。
「サボってたりしたら注意してくれるからね」
「じゃあ今度、頼んでみるか」
「げっアイツだけはパス!」
 悪戯に提案する桑原に、心底嫌そうな丸井が喚く。真田がいたら注意だけでなく、デザートも禁止されそうだ。
 結局、勉強そっちのけで騒いでる彼らを眺めながら。
 私は口元を隠さずに、楽しげに苦笑していた。





 †END†




書下ろし 08/01/21