学校終了後、所用を済ませてから。 私は丸井達と待ち合わせている、ファミリーレストランへと向かった。 幸い、その店は通学路の近くにあったから迷うことはなかった。 ……知らない場所だったら真っ先に諦めて帰っていたと思う。――いや、幸村が許してはくれないか。丸井も後で教室に押しかけて口煩く文句を言ってくるかもしれない。それは面倒だ。 そういう訳で、私は渋々と遅れて店へ入ると見慣れたメンバーが揃っていた。 「うわ……大人数…」 呆れながらの第一声はそれだった。 六人掛けテーブルに、強引に誘ってきた丸井とその時一緒にいた蓮二と幸村がいることは判っていた。 だがそこには、桑原と柳生まで制服姿で座っていた。 部活で顔を合わせるメンバーに少し帰りたくなった。無理な話だけど。 なぜ、私達が放課後に集まることになったか――話は数時間前に遡る。 季節は、枯れ葉が風に舞う冬。 時期的には冬休みやクリスマスと浮かれるものだが、その前に。 学生が避けては通れないモノがある――期末試験だ。 私的に勉強しなくてはならない憂鬱よりも、期間中には部活が休みということの方が残念だった。 そんな話をなぜか昼休みに教室へ遊びに来ていた丸井としていた時、彼が提案した。 「――テスト勉強?」 反芻して訊き返すと、丸井はさっきまで曇っていた表情を晴らして言った。 「そ!一緒にしようぜ。判んねぇトコ教え合ってさ」 まるで遊びにでも誘うような感覚だ。 「私は一人で勉強する方が捗るけどなぁ」 「え〜1人より2人の方が楽しいって」 それは目的が違うでしょうが。 表面上は笑顔で言うも、丸井の意見はあくまで楽しいことが優先されるらしい。 どう断ろうかと考えていると、蓮二と共に教室へ戻ってきた幸村が声を掛けてきた。 「来てたんだね、丸井」 「あ、幸村・柳。今日の放課後に皆で勉強会しね?」 即座に彼らを誘う丸井に、内心で項垂れる。 その間にも丸井と幸村は勝手に話を進めていて、それを蓮二が無表情で眺めている。…なんか、最近このパターンが増えてきたような……。 「それは良いね。柳も、行く?」 「あぁ、そうだな」 幸村の問いにあっさりと頷いた蓮二は、私に視線で『お前は?』と訊いてきた。 蓮二は口数の多い人ではない。 だからという訳ではないが、何かを訊く時はこうして視線だけを向けることがある。 けれどそれは返事を待っている訳ではなく、質問に肯定で答えることを促しているから彼も性格が悪い。 それでも迷っていると幸村と丸井も楽しそうにこっちを見ているから、私は諦めて首を縦に振った。 「…判ったよ。それで、何処で勉強会とやらをするの?」 笑顔で訊くと幸村は考えるように天井を見上げ、隣りの丸井が閃いたように言った。 「あっ俺、ン家行きたい」 「お断りします」 私は満面の笑顔で即答した。一瞬、彼らの動きが止まる。 蓮二達だけなら素で嫌そうに答えただろうけど、ここは教室。 周りにクラスメイト達がいる中で、自分を晒すことはない。彼らもそれを知っているから不思議に思うことはなかった。 「えー何でだよ?」 不満そうな丸井に私は穏やかに微笑う。心の中では、寧ろ私の家へ行けるとなぜ思ったのかを問いたかった。 「家が厳しい方でね。両親の許可無しに他人を上げられないの」 尤もらしいことを滑らかに告げると、丸井はちぇーと残念そうにしていた。まぁ、強ち嘘ではないので胸は痛まない。 ではどうするかと考えて、蓮二が口を挟む。 「弦一郎に頼んでみてはどうだ?」 「えー?真田ン家?」 「あぁ、結構広いらしいよ」 彼らの話にそうなんだ、と思っていたが丸井はまた不満らしい。 「でもアイツん家って遠いじゃん。近場にしようぜ、ファミレスとか」 勉強するという割に、楽しそうに話す彼らに私は苦笑した。 まぁ、物事というのはやっている時より決めている時が楽しかったりすることもある。 そう思いながら、自分も勉強会なんてしたことがないから、今更ながら少し楽しみになってきていた。 「じゃあ、放課後にファミレスで集合な」 しかしながら、この面子なので気の迷いに近かったが。 テーブル前で立ったままもなんなので、私は空いていた蓮二の隣りに座った。 鞄をテーブル下の足元に置きながら当初の疑問を口にする。 「桑原はイイとして、何で柳生までいるの?」 何でだよ、という桑原の突っ込みは無視し。 向かいの中央に座る丸井に問うと、彼は得意気に隣りの柳生の肩に手を置いて言う。 「戦力は多い方がイイだろ?」 「いや、試合じゃないから」 呆れて返すも応えてはいないようだ。仕方ないから質問を変えて蓮二達に訊く。 「真田は誘わなかったの?」 これだけ部員メンバーが揃っているなら、当然彼も誘っているだろうと思って訊くと幸村が苦笑していた。 「誘ってはみたけど、そんなことしても勉強にならんって断られたよ」 多分、真田は正しいと思う。 内心で同意していると、話すばかりで先に進まない丸井達をまとめるように、柳生が傍に置いてあるメニューを手に取る。 「取り敢えず、注文がまだなので何か頼みませんか?」 確かにお店へ来て何も頼まないのはね、と各自好きな飲み物を決めていく。 寒いからコーヒーなどが多い中、蓮二はお茶で幸村は紅茶にするらしい。この辺はまだ普通だ。けれど意表を衝いたのが丸井。 「俺、ココアとショートケーキ…――あ、アイスも欲しいな」 は…? そういう甘い物は普通女の子が頼むのでは?と一瞬、止まっていた私に気付いた桑原が、悪戯な笑顔で丸井の頭をグリグリと撫でる。 「コイツ、すっごい甘党なんだよ。ヘタしたら1ホール食うぜ」 「痛ーな。イイだろう好きなんだから」 「へぇーそれは凄いねー」 仲の良い二人に、私は棒読みで感心しながら店員を呼んだ。その対応が不満だったのか、丸井が姿勢を低くして反論する。 「…なんか、全然凄そうに思ってないように感じるんだけど」 「そんなこと無いわよ。男にしては珍しいわよね――あ、注文お願いします」 視線を合わせず軽くあしらいながら、私は店員に皆のオーダーを伝える。 確かに凄いと思っていない訳ではないが、女の子なら出来そうな人は幾らでもいるだろう。女子というのは甘い物好きなのだ。 「ケーキはいつお持ちしましょう?」 「一緒に…」 「――後でお願いします」 丁寧に訊いてきた女性店員に、言い掛けた丸井を私は笑顔で遮った。 その有無を言わせないような笑みのお陰かは判らないが、彼女は納得したようにテーブルを離れて行った。 残ったのは、不機嫌そうな丸井の顔。 「何で後にするんだよー」 「あのねぇ……別にケーキ食べに来たんじゃなくて、勉強しに来たんでしょう?まだ教科書も開いてないじゃない」 「だからだろ。甘い物食べて、頭を柔らかくしてから勉強した方がイイだろ?」 やっぱり先に食べるつもりだったのね…。 こめかみを押さえる勢いで私は溜め息をついた。 「それは煮詰まったり疲れた時の手段でしょ。君が言い出したのよ、勉強しようって。糖分摂取はやる気を出して脳を動かしてから」 「えー…お前、冷たいー」 「冷たくて結構よ。だから、付き合ってるだけ有り難く思って」 意を介さずに平然と言い返すと、丸井は不満そうに唸る。 傍から見れば親子喧嘩のように睨み合っている私達に気遣って、幸村が苦笑しながら宥めに入った。 「まぁまぁ。確かに折角皆で集まったんだから、勉強始めようか」 「判ったよー」 渋々と鞄から教科書を出す丸井に、周りは仕方ないとばかりに苦笑していた。 勿論、私も頬杖を付きながら口元を隠して、苦笑した。 |