午前授業の後、昼食を終えて教室で寛いでいると、それはやって来た。

「柳ーっ幸村―― !!!」
 廊下側の窓から叫びながら現れたのは、友人達を連れた丸井。
 その中にはなぜか、真田もいた。
「どうしたの?丸井」
「バスケしよーぜー!」
 柳の机を囲んで、恐らく二人でテニスの話でもしていたのだろう(それ以外想像出来ない)。幸村が振り向いて訊くと彼は楽しそうに告げる。
 それに文句を言ったのは、見るからに嫌々でついて来たらしい真田だった。
「あー…お前は何故そう声のボリュールが大きいんだ。煩い」
 迷惑そうに表情を歪めて片耳を塞ぐ彼に、ムッとしたらしい丸井は更に声を荒げる。
「仕方ないだろ、生まれつきなんだからよ――っ!!!」
「嘘を付け!! 明らかに今のはワザとだろう!もう少し周りを考えて行動しろっ」
「まぁまぁ…」
 身を乗り出して言い争う二人に、幸村がにこやかに宥めるが効果はない。
 丸井は良いとして、いつも厳しい顔をしている真田が感情のままに怒鳴っているのは珍しい。眺める分には何とも面白い光景だ。騒がしいけど。
 そんな三人に慣れているのか(いや動じてないのだろう)、席に座っていた柳がゆっくりと立って丸井達の許へ向かう。
「…それで、俺達をバスケに誘いに来たのか?丸井」
 幸村とは別の形で落ち着かせようとする柳の言葉に、当初の目的を思い出した丸井が明るい表情に変わった。
「――そうそう!食事後の運動にさ、校庭で遊ばね?」
「それは構わないけど…」
「何故それで俺が誘われるんだ?」
「だって、人数は多い方が楽しいだろ?な、外行こうぜ!」
 文句を言いつつも彼らの足は既に校庭へと向き、話す表情は楽しそうだ。
 元気ねー、と思いながら自分の席で眺めていると私に気付いた丸井が再び大声で話しかけてきた。
「オーイっ!お前も校庭行かね?」
 大声で名前を呼ぶな。
 教室に響き渡るほどの声で呼ばれ、私は内心では真顔で吐き捨てながら笑顔を向けた。
「えーと、私は遠慮するよ」
「えーっ?観客でもイイからさ、外は晴れてるから気持ちイイぜ?なー?柳」
 やんわりと断るが丸井は渋りながら隣りの柳へと同意を求める。
 流すか受け止めるか、どちらを期待していたか自分でも判らなかったが、視線を向けた柳は丸井に応えるよう振り返って私へと声を掛ける。
「――来るだろう?
 当然のように言ってくる彼に、私は目を丸くしたあと諦めるように溜め息を吐いて立ち上がった。
 ……相変わらず強引な人だ。
 それに応えてしまう、私もどうかと思うが。















 校庭へと出て、バスケコートがある場所まで来ると、丸井達は早速試合を始めていた。
「――はい、お待ちどうさま」
「有難う、幸村」
 私はというと、柳と一緒にコートの傍にあるベンチに座って、幸村が買って来てくれたお茶を受け取っていた。
 見ているだけなんて退屈だ、と愚痴っていたら彼が奢ってくれたのだ。
 隣りの柳はやる気があったのか?と疑うほど、呑気に読書をしている。…というか、丸井達の誘いを受けたんじゃなかったのだろうか?
 まぁどうでも良いかと思いながら、コートへ目を向けて言われたようにバスケをする彼らを観戦することにした。
 丸井達はルールも考えず愉しそうに遊んでいたが、素人目で見ても判るように彼らはバスケが上手かった。元々、運動神経が良いのだ。真田もいつもの険しい表情が少し緩んで愉しそうだった。
 活発に走る彼らを見ながら、私はお茶を一口飲んで息を吐く。
「元気よねー」
「若いからな」
「いや、君らも同じ歳なんだけどね…」
 そのつもりは無かったのだが、柳の返答の所為で年寄り臭いと幸村がツっ込む。でも私には昼休みにあれほど動き回ることは出来ない(というかしたくない)から、男子というのは元気だと思う。
 半ば感心しながら眺めていると、ボールを持った丸井が幸村を呼び込む。
「…行ってきなよ、幸村。私のことは良いから」
「そう?じゃあ行ってくるよ」
 少し躊躇っているような幸村に笑顔で促すと、彼はコートへ向かった。その背中を見送りながら笑みを消す。
「――で、君はどうしてまだココにいるの?」
 私が振り向いていなかったからではなく、訊かれた内容が判らなかったのだろう。
 珍しく本から顔を上げて、僅かな間のあと至って普通に答えた。
「……お前が寂しいと思っ…」
「――そんな訳が無いでしょ」
 本気ではないのだろうが、そんなことを平然と言われては堪らないので不快に遮った。彼の言う『冗談』は笑えない上に、表情に変化がない為に判り難い。
 声には出さなかったが、私が脳内で文句を上げていることに気付いたのか。柳は読んでいた本を閉じて、私と同じようにコートへ目を向ける。
「……迷惑だったか?」
 先程と同じ声音で訊いてきた言葉に、今度は私の方が振り向いた。
 それは外へ誘ったことにも聞こえたし、総てに対してにも聞こえた。けれど、何がとは訊き返せなかった。――どれも今更だ。
「……別に。丸井の言う通り、晴れてて気持ち良いと思うわよ。ここは日影で涼しいしね」
 実際、空は良く晴れていて私達が座っているベンチも、傍に植えてある大木の影のお陰で涼しかった。
 思ったことを言ったのだが、柳は少し笑う。
「お前は優しいな」
「……何でそうなるのよ?君に感心されても嬉しくないわ」
「思った事を言ったまでだ。感心した訳じゃない」
「あらそう」
「嬉しくは思うがな」
 よく判らないことを言う柳に、脱力して答えるが彼の言うことはやはり判らない。
 視線を落して、お茶の入ったペットボトルを両手で持って呑み口を見つめる。
「――…変わった人」
「…何だ?」
 ふと呟いた言葉は、柳には届いていなかったようで怪訝な顔をする。
 私は顔を上げて振り向いた。
「…柳って、変わってるって言われない?」
 私なんかに構うなんて、人として変っているか物好きかくらいだ。本当の自分を知っているなら尚更。
 その質問に彼は『何だ?それは』という顔をしていたが、心当たりでもあるのか空を仰ぐ。
「……真田や、幸村にならよく言われるが…」
「あの二人も充分変わってるわよ」
 判らないとでもいうような柳に苦笑した。自覚がないのは判るが、これが類は友を呼ぶということなのだろう。
 そう思っていたことが判ったかのように、柳は意地悪く笑って言う。
「そういう俺達といるお前も、"変わっている"な」
 言われた言葉より笑う柳に驚いたが、我に返ってまた苦笑する。
 結局、最初に感じていたように、私達は"似た者同士"なのだろう。
「――オーイっ柳!お前も来いよ!!」
 丸井の大声に振り向くと、かなりヒートアップしたのだろう。彼らには疲れが見えていたがやはり愉しそうで、それでも足りないと柳を呼ぶ。
「行ってくれば?」
「…良いのか?」
「何それ。私に確認なんて取る必要ないでしょう」
 呆れて言うと、柳は一応立ち上がって振り向く。それを私も判っていたから見上げて意地悪く笑った。
「大丈夫よ――逃げないから」
 冗談めいて言うと満足したのか、笑ったように見えた柳は何も言わずコートへと向かった。





 バスケを続ける彼らは、相変わらず愉しそうで。
 空は晴れていて気持ち良く、木漏れ日の下は涼しくて心地良い。
 聞こえてくるのは生徒達の喧騒で、眺めているのは元気に動き回る少年達。
 食後の身には余りに温かく、のんびりしていたから。


「眠……」


 平和とは、こういうことを言うのだろう。





 †END†





書下ろし 07/08/31