晴れ渡った空の下の屋上の中央で。 私達は購買部で買ってきたパンやお菓子を囲んで坐っていた。 …………何でこんなことになっているんだろうと、心底悩む。本当なら午後の授業を受けているべき時間だ。まさか自分が強引な形でサボりに誘われるとは思っていなかった。 見れば、右隣りの仁王君は平然と置かれたスナック菓子を摘み、目の前の丸井君は甘そうな菓子パンを頬張っている。昼食を摂っている筈なのによく入るものだと私は半分呆れていた。 「へぇ、アンタがあの女テニの全レギャラーを負かしたっちゅー噂の幸村達のお姫サンか」 自己紹介をした後、納得したように彼から返ってきたのはそんな言葉だった。 「「は?」」 思わぬ台詞に、私と丸井君の抜けた声が重なった。正確には最後の言葉に。 「何だソレ?」 「だって、幸村達がスカウトしてきたんじゃろ?しかもあない無茶な勝負をさせるなんて、よっぽどを信用しとるか試しているか。どちらにしろ、タダ者じゃないっちゅうことだ」 軽い口調で言ってはいるが割と冷静に物事を考えているようで、幸村達の知り合いであることもあってか的を得ていると思わないこともないけれど、と私は心の中で溜め息をついた。 自分には彼らが愉んでいるようにしか思えないからだ。 「まさか。何度も言ってることだけど、君達が思ってるような人間じゃないよ。あの勝負だって私は望んでいなかったし、結果的には面倒なことになったもの」 肩を竦めて、自分で買ってきた缶ジュースのお茶を一口飲む。その様子を意外そうに見ていたのは丸井君で。 「そーかぁ?俺は凄いと思うけどなー」 「ま、人それぞれやし、奴らも無謀じゃない。お前にそんだけの力量があるのを見越してだろ」 それに、と付け加えて彼は真っ直ぐに振り向いて強く言った。 「不満がある奴らには、実力で黙らせりゃイイ。それが一番手っ取り早い方法だろ?」 「……一般的にはね」 恐らく彼にもその経験があるのかもしれない。確かに文句をつけてくる者達を納得させるには、己の力を見せつければ良い。勿論、それだけの実力がなければ意味はないけれど。 しかしそれはテニスが出来る人達に対してであり、スポーツと全く関係ない人種には有効ではないのだ。 それが伝わったのだろう。仁王君は、口調を変えて頼もしい表情で言った。 「対処しきれないことがあれば俺に言えよ、女を助けるのに悪い気はしねーからな」 「あっ俺も俺も!」 続いて手を上げる丸井君に苦笑しながらも、微笑んで答えた。 「有り難う、丸井君・仁王君」 「仁王で構わん。俺は……そうだな、って呼ぶか」 え?何で? 「あーズルイぞ!俺も今度からって呼ぶ!良いよなっ?!!」 どうしてそこで張り合うのか判らないけれど、丸井君が身を乗り出してせがむ。…そもそも、なぜ呼び捨てにされるのか。 なにかもう、どうでもよくなって仕方なく頷くしかなかった。 「……判ったわ…私も好きに呼ばせて貰うから」 疲れたような返答に二人は満足そうに笑った。 柳や幸村達とは違う、歳相応な無邪気な笑顔だった。 それから、私達はお菓子を摘みながら他愛のない話をしていた。 内容は専らテニスに関することだったけれど。 「そういえば、ここのテニス部って男女合同なのね。少し意外」 パリっとスナックを齧りながら私は思い出したように言った。それに答えたのは、丸井から奪った缶ジュースを飲む仁王。 「――あぁ。多分、男女の実力の均衡を計ってだと思うが、大会が近い時以外はそんな感じらしい」 合同と言ってもコートが同じ敷地内にあり、集合が一緒という程度のものだ。元々、力の差がある男女が打ち合うということはない。とはいえ、互いの練習が見えることは良い刺激になっていると思う。 「それに、ミクスドもあるしな」 「…ミクスドって、あの?やってるんだ」 珍しい単語に私は仁王に訊き返した。勿論知ってはいたし、小さな頃に遊びで似たようなことをしていたがまだ正式な試合はやったことがない。 「あぁ、メンバーは主に両方のレギャラーから出るらしい」 「じゃあ、も出れるんじゃね?」 ふぅん…と思いながら私は考え込む。経験からしてダブルスには余り慣れていないのだけれど、するとなれば誰とが良いだろうと何となく考えた。 ………そういえば、前に柳と組んだ時は、やり易かったな…。 夕焼け空の下で幸村達と試合をした、あの日のことを思い出して、それを遮ったのは授業終了のチャイムだった。 「アレ、もうそんな時間?」 空を仰ぐ丸井に、自分もつられて頭を上げながら次の授業科目を思い出して立ち上がった。 「…どこ行くんだ?」 「次の授業は移動教室なの。だからクラスに戻るよ」 教科書を取りに行かないと、と言おうとした私を仁王が急に腕を引っ張ったことで遮られ体勢を崩す。 「そんなコトしなくても、お前の王子様が届けてくれるさ」 「……どういう意味なの?ソレ」 「の王子様って?」 明らかに面白半分で言っている彼に、真面目に相手をする気にもなれず私は呆れながら訊き返す。大して根拠はないのだろう、肩を竦めて笑う彼に隣りでは丸井が不思議そうに首を傾げている。 その時、錆び付いたような音を立てて開いたのは私達の後方にある屋上の扉。そこから姿を現したのはクラスメイトの男子生徒二人だった。 「柳、幸村…?」 振り向いて驚きながら名を呼ぶと、こちらへと向かいながら幸村が微笑って話しかけてくる。 「――やっぱり、まだ居たんだね三人共」 「そういうお前らは、早いお着きだな?」 「前の授業が早く終わったんだ――」 楽しそうに尋ねる仁王に答えながら、柳が私に差し出してきたのは次の授業の教科書と筆記用具だった。それも、私の。 「え…?持って、来てくれたの?」 受け取りながら驚きの余り大きな声を出して訊くと、柳は肩を竦めるような仕種で背を向けた。 「ついでだ」 「もしかしたら、君を引き止めて困らせてるんじゃないかって柳がね」 素っ気ない柳に、苦笑したように幸村が付け足す。それに私は彼が持って来てくれた教科書に視線を落として、まだ腰を降ろしたままの仁王へと振り向く。 その仁王は「ほらな」とでも言うような表情で笑っていた。……彼は何をどこまで知っているのだろう、とそんな疑問が浮かんできたけれど、ただの偶然だと割り切った。 そしてすぐにでも屋上を後にしようとする柳達を追って呼び止める。 「…ありがとう、二人共」 自分にしては珍しく少し上擦っていた言葉に、振り返り微笑ってくれた二人にどう反応すればいいか、私には判らなかった。 仁王達に別れを告げてから。 屋上から次の授業の教室へと向かう途中に、偶然にも真田と出くわした。 けれど彼は私達を見るなり、呆れたような顔をして言う。 「……なんだ、お前達いつも一緒にいるんだな」 「羨ましいの?真田」 「ち…違う!」 しかしそれにすかさず返したのは幸村で、そんなことを言われるとは予想していなかったのか真田は慌てて反論する。 「単に、ただよく三人で居るなと思っただけだっ」 「…別におかしい事では無いだろう」 「クラスメイトだしね」 表情を変えず視線を向けてくる柳に、私も同意するように溜め息混じりで答えた。 確かに最近ではよく彼らと一緒にいることが多い気もするけれど、同級生だからと思えば不思議なことではない。 当たり前のように言う私達に真田も納得したのか。というより、これ以上何か言って話をややこしくしたくないのが本音なのだろう。一度、息を吐いてその場を立ち去ろうとする。 「では、俺は職員室に用があるから失礼する」 「あ、僕も先生に呼ばれてたんだった」 真田の後に思い出したような幸村が先に行ってて、と言いながら彼と共に去って行く。 それを見送って柳と並んで教室へと向かう途中。 先程の屋上で仁王達との会話を思い出して、少し躊躇った後、彼に話しかけた。 「…柳。ココってミクスドもやっているのね」 「あぁ、そうらしい」 前置きもない質問に、彼は疑問もなく答えた。そのとき、柳は前方を向いたまま無表情だ。 無関心な訳でも、冷たい訳でもなく柳はこういう人間なんだと理解するのにはそうかからなかった。というより、無駄がないのだ。全てを計算しているように必要以上のことはしない。 自分も前を向いたままに話しかける。 「さっき…もし私も参加出来るなら柳と組みたいって、そう思った」 何気ない口調で言った後に隣りを振り向くと、柳は少しだけ驚いたように振り向いていた。 「……それは光栄だな」 だから、稀に柔らかく微笑む彼が見れた時、私はまた不思議な気持ちになった。 この感情に相応しい名を、私はまだ知らない。 †END† 初出 07/03/09 編集 07/08/31 |