Vol.5


 この数日で、どのくらい驚いただろうか。
 日々の生活に驚きは付き物だけど、自分にとっては好ましい出来事ではないと、は思う。
 気が付けば結局、彼らに振り回されているのだから。
「……もう、日が暮れだしてるね」
 隣りを歩いていた幸村が呟いた言葉に仰げば、太陽が傾き始めている。
 それをなんとなく、ぼんやりと見上げた。
 柳達に誘われて行ったテニス部での見学後。は早く帰りたかったのだが、なぜか幸村に呼び止められて不本意ながらも彼らと一緒に下校していた。
 ……そういえば、誰かと一緒に帰るなんて本当に久し振りだと、彼女は頭の片隅で思う。
 ずっと黙ったままで歩いているに、気を遣ってか控えめに幸村がまた話しかけてきた。
「どーだった?テニス部は」
 自分とは違う、柔らかに微笑む彼を一瞥して、笑いは溜め息にも似ていた。
「…聞きたいのは、部活じゃなくて自分達のことじゃないの?」
「まぁ否定はしないけど。正確には、君の答えが聞きたい、かな」
 そうだろうと、幸村の催促に内心諦めたような心境では立ち止まった。つられるように幸村・真田が立ち止まって振り返る。柳は、ただ静かに立ち止まった。
 は立ち止まったまま俯いてからゆっくりと、顔を上げて彼らを睨んだ。
 いつもの穏やかな笑みを消して、内に秘めた炎を映すかのように狡猾な表情で。
「悪いけど、私は最初から部活なんてモノに入る気は無いわ」
 まるで敵意のような眼差しを向けてくる彼女に、真田は明らかに困惑を見せた。
 先程まで笑っていた女の子が急に豹変すれば当然の反応だが、幸村は少し驚いただけで静かにそれを見つめ返す。その様子は少し、愉しそうだ。
「君達が私に何を期待しているのか知らないけど、そんな皆で仲良く青春ゴッコみたいな下らないことに時間を費やすつもりは無いし、テニスならジムでも何処でも出来るじゃない」
「な、に…?」
 貶すような口調に真田が顔色を変える。
 そうだ、怒って呆れられればそれで良い。でなければこうして自分を曝け出した意味がない。勿論、彼らでなければここまでする必要はなかったかもしれない。
 いつものように、級友や教師に向ける笑顔でかわして断れば良い。でも幸村達にはそんな生半可なことでは通用しないと思った。
 けれど幸村と柳は、冷めた眼差しのを静かに見届ける。まるでこの状況になることがどこかで判っていたかのように。
「だからもう私には構わないで。第一、こんなことをして君達に何のメリットがあると言うのかしら。無意味よ、それに…」
「――いつかまた、此処を離れる事になったら、俺達に迷惑が掛かるから?」
「……っ」
 無意識に焦りが見え始めたの言葉を、柳の硬質な声が遮った。息が詰まる。
 心の底を見透かされたような気分だ。どうして、柳に話してしまったのだろう。これでは…――
 居心地悪く佇んだまま、彼女が黙っていると幸村が何かを思い付いたように明るい声を上げる。
「じゃあさん、僕達と勝負しない?」
「え…?」
 突然の提案に呆けていると、彼は得意気な表情で説明する。
「そこまで言うならテニスの試合で勝負しようよ。それで僕達の方が勝ったら、君には女子部に入って貰う」
 どこか強きな表情の幸村に、は訝しげな視線を向けた。
 一方的な手段とも言えるが悪くはないと、は思う。テニスが絡んでいるとなればそれがはっきりして手っ取り早い。要は言葉が尽きたなら実力行使というやつだ。
 そして一番に同意したのは真田だった。
「そうだな、それならお前の実力を確かめる事も出来る」
 真田はそれまで、彼女に疑惑を向けていたのだろう。そこで初めて好戦的な笑みでを見た。
 けれどそれは、負ける筈がないという確信の笑み。己の実力への自信。
 はそんな幸村と真田へ、愉しそうな笑みを浮かべた。柳は相変わらず黙って彼らを眺めている。
「……いいわ。それで納得するなら、受けて立つわよ。君達が勝ったら部活には入る」
 伏せていた目をゆっくりと開けて、は静かに彼らを見据える。
「でもそっちが負けたら、もう私には関わらないで」
 出した条件に幸村と真田は驚く。大袈裟だ、とでも言いたいのだろうか。
「どういう事だ…?」
「そのままの意味よ。もう、私に話しかけないで」
「クラスメイトとしても?…どうしてそこまで」
 怪訝な顔をする幸村達に、彼女は答えなかった。それと、胸を締め付けるような不快感。
 嫌な予感がする。このまま彼らと関わっていると…――流されて、しまいそうで。
「…………柳君なら、判ると思うけど?」
 出来るだけ平穏そうな顔をして、柳へと振り向く。彼なら判ってくれているのだろうと、少しの希望も含めて。
「…だから、俺はお前を誘っているんだがな」
「……優しいのね、柳君」
「自分勝手なだけだ。俺も、お前も」
 判っているのに。敢えてそう言ってくれる柳に、は苦しかった。
 でもそれを見せることはない。隠すことには慣れているから、彼女はまた不敵に笑って彼らへと向き直る。
「で、どうするの?その勝負・今からやる?」
「そうだね……丁度、この近くの河川敷にテニスコートがあるんだ。そこへ行こうか」
 幸村がそこまで言いながら歩きだそうとして、気が付く。
「あ、でも君には準備が必要だよね?」
 彼らはさっきまで部活をやっていたから、ウェアもラケットもある。質問の意を汲んでは答えた。
「大丈夫よ。ラケット貸してくれれば、服は持ってるから」
 いつでもスポーツセンターなどで練習出来るようにと、彼女はウェアやスコートを常備していた。そんなことが奇しくもこんなところで役に立つとは思わなかったが。
 頼もしい答えに、満面の笑みを浮かべながら幸村はまた歩き出してそのコートがあるという河川敷へと向かう。
「じゃあ僕のを貸すよ、さん」
「有難う」
 幸村達の後ろを歩きながら彼女はまた、少し俯いた。
 出来ればもうこれで、彼らとは関わりたくないと思った。けれどそれも手遅れなのだろうか。
 隣りを、柳が歩く。ただ静かにゆっくりと。
 話してみて判ったがと彼らは、よく似ているのだ。性格ではなくて、同族という意味で柳達はきっとと気が合ってしまうのだろう。
 だから、彼女は傍にいたくなかった。だってココは自分にとって。
 とても、居心地が良かったから――…