Vol.1 昨日の長かった雨も、すっかりと上がり。 晴れ渡る、廊下の窓から見える澄んだ朝の青い空。それを眺めながら笑みを浮かべて、幸村精市がいつもの時間に登校して教室へと入る。 するとそこで、珍しい光景を目にした。 席に座るクラスメイトで部活仲間でもある柳 蓮二に、同じクラスメイトの女子が話しかけていた。それに、彼は思わず足を止める。 級友同士なのだから不思議なことではないが、幸村からすれば柳が女子と話しているのが珍しいというよりその組み合わせが意外だったからだ。 穏やかな微笑みを浮かべた少女―――名を、 という。 不思議に思いながら立ち止まって眺めていると、が柳へとタオルを差し出していた。 「有難う柳君、コレ・ちゃんと洗ってあるから」 「あぁ、わざわざ済まない」 二人の短い会話で幸村には大方の状況は読めた。 けれど用を済ませてすぐに席へ戻ろうとする彼女を、柳は呼び止める。 「…昨日の話、考えてくれたか?」 その問いには驚いたような表情をしたが、また笑顔に戻り背を向ける。 「言ったでしょ。私にそのつもりは無いよ」 少し突き放したように言って、その場をが離れていく。それに合わせて幸村は柳の方へと歩き出した。 「…おはよう、さん」 「あ、おはよう幸村君」 すれ違い様に挨拶をすると、は笑顔で返してくれた。 彼女はいつも笑顔を絶やさない子だ。怒りや不快を表に出すことはなく穏やかな雰囲気をもち、だがしっかりとしているので級友や教師からも受けは良い。 ただ近づき難い訳ではないが、壁を感じることがあると幸村は思っていた。 ――そう、ただ漠然と彼女は普通の女の子達とは何かが違うとさえ、幸村は感じていた。 「朝からナンパなんて、大胆だね柳」 柳が座る机の前まで来てからかうように言った。けれど柳に焦る様子はなく、寧ろどこか愉しそうに。 「…フラれたがな」 「アレ、もしかして本当に?」 「そういう意味じゃない」 「…でも残念だって、思ってるんでしょ?」 「…………」 否定がなかったことに少し驚いた幸村が傍の席に座って意外そうに訊くが、キッパリと否定されたので再度、首を傾げながら訊く。 それから黙ったままの柳から、視線を教室の教卓前の方へと移しながら呟いた。 「……さんと、何かあった?」 朝礼前の、騒がしい教室の中で。彼にしか届かないような声に柳が表情を変えることはなかった。 まだ二ヶ月程度の付き合いだが、柳は年齢には不相応なほど静謐と叡知をもった者で、必要なこと以外では余り他人には興味をもたない人間だ。それは勝手な見解ではあるが、という人間を気にかけていることが気になった。 暫らく幸村も黙ったまま、返答を待っていると柳は前触れもなく。 「…………小学の部で、各地方のテニス大会によく現れて、優勝を総嘗めしていた女子選手の事を知っているか?」 「…あぁ、あのよく違う県や地区大会に現れるから何処に住んでるのかまでは判らなかったけど、天才とまで言われる程そのプレーは洗練されてた選手……て、噂では聞いた事あるけど」 「神出鬼没だったのは、転校が多かったからだろう。俺のデータに因れば、本人の印象とは全く正反対なプレーをしていたらしい」 「反対って?」 「見た目の穏やかさと違い、風のようでいて、とても冷静で狡猾」 そこまでの会話で幸村は思い当たる。柳がなぜ今、そんな話題を持ち出したのか。 流れ的に予想は出来るが、無言で答えを促すように柳へ視線を向けると、彼は満足げに視線を動かして。 「……それが、あのだ」 つられて振り向いた先には、中央前の席に着いて読書をするの後ろ姿。 「へぇ…それは意外だね」 その時、少しだけ壁の正体のようなモノが幸村には判った気がした。そして彼の中での印象が、変わった級友から興味のある選手へと変化する。 「…で、」 視線を戻して向けた言葉に、少しだけ怪訝な顔をする柳に愉しそうに笑って。 「何を考えてるんだい?柳」 その問いに柳もまた、愉しそうに笑っていた。 |