雪が降り始めた、都心にある駅前の広場。
 人が行き交う中で乱れた呼吸を落ち着かせるように、越前は立ち止まって周囲を見渡す。
 学校から駆け出してかなり時間が経っていたから、既に戻ってきているかもしれないとを捜しているとその姿を見つけた。
 けれど近寄れなかったのは、もう一人の姿――柳と一緒だったからだ。
 駅の改札口近くで話している二人を、越前はただ呆然と眺めるしか出来なかった。
 すると柳が慣れた手つきで彼女の頭を撫でる。それに、は怒っているようだったが、その表情は少し照れ臭そうだった。
 それを見て、越前は無意識に拳を握り締める。この、二人との遠さがまるで自分とへの距離のようで、余計に苛立ちが増す。
 柳と別れを告げて振り返ったが歩き出した時、こちらに気づいたのか驚いた表情をして駆け寄ってきた。
 その様子に張っていた緊張のようなモノが溶けて、越前は握っていた拳を解く。
「どうしたのっ?越前、こんな所で…」
 テニス部のクリスマス会に行っていると思っていたからか、雪の中を駆け寄ってきた彼女は驚きを隠さないまま訊く。
 それに答えるより、訊きたいことを口にしようとして黙り込む。その様子には困ったように首を傾げる。
 暫く彼女は待っていてくれたが、何かを思い出したのか言いかけたところで、越前の決意が固まる時と重なってしまった。
「そうだ、越前。実は渡したい物があっ…」
「――アイツと、どこに行ってたんスか?」
「え?アイツって、蓮二?」
 何か鞄から取り出そうとしていたは、真剣な表情で訊いてくる彼に不思議そうに訊き返した。
 柳から一緒にいた場所は聞いていた。彼が言ってきたから、越前は今こうしてこの場所にいるのだ。
 だが彼がそれをから了承を得て自分に教えたとは、考え難い。それを踏まえて、彼女の口から直接聞きたかった。
「えっと、今日ね……両親と弟の命日だから、お墓参りに行ってたの」
「…アイツと、二人でっスか?」
「……うん。家族に、私を支えてくれてた人だって、紹介したかったから」
 それを聞いた途端、後ろから鈍器のようなモノで殴られたような。そんな有りもしない感覚の衝撃が越前に走った。
 これまでの付き合いで、彼女が嘘なんてつかずに、正直に話してくれる確信はあった。
 だがこうも事実を聞かされて、後悔したことはあっただろうか。
 彼女が立海によって支えられていたことは知っていた。その大半が柳であることも。
 けれどそれを実際に本人から直接聞かされるのとでは、雲泥の差だ。敵わないのではないかと、思い知らされる。
 それでも、どうにも出来ない感情というモノがある。
「俺は…っ!」
 勢いのまま、の腕を掴んで引き寄せる。
 突然のことで更に驚いた顔をする彼女には構わず、越前は続けた。
「アンタが好きだ」
「――…っ」
「俺は、先輩が好きなんだっ」
 普段は発しない声量で、試合でも滅多に見せない真剣な眼差しで、越前は告げた。
 それに驚いた彼女の表情には、少し困惑の色が混ざっている。
 沈黙する二人に、その発言と空気に周囲の人達が僅かに振り向いていたが、それはすぐに途絶えて都会特有の喧騒に変わる。
 耳慣れた街中のクリスマスソングに、それを引き立てるかのように静かに降る雪。
 一層に寒く感じる気温に、掴んだ彼女の掌がやけに温かく感じた。
 そんな中で、先に沈黙を破ったのは少し落ち着いた様子の
「…越前」
「何スか…」
「抱きついてもイイ?」
「は?」
 顔を見れぬまま返事をした越前に、予想外な言葉を言ってくるものだから、彼は思わず抜けた声を出して顔を上げた。
 けれど向けた先の彼女の表情は、優しいモノで越前は黙った。
 それを了承と取ったが手を離して、彼に抱きつく。出会った頃は頭が見下ろせていたのに、今は同じか越前の方が少し高くなっている。
「私がね、こうしなくなったのは……君に抱きつくのに、勇気が必要になったからだよ」
 肩口で告げる言葉に、そういえば以前はふざけて抱きついてきていたのに、いつの間にかしなくなったな、と越前は今更ながらに思う。
「君に会わなくなったのは、越前の顔を見ると胸が苦しくなるからだよ」
 言われて、最近会わなかったのはやはり避けられていたのかと思う半面で、言葉の意味を動かない思考で噛み砕いていく。

 それはつまり――

「君が好きだから」
 紡がれた言葉に越前が驚きに目を瞠っていると、ゆっくりと身体を離した彼女が目の前に微笑む。
「――好きだよ、リョーマ」
 耳に心地いい声音で再度紡がれた言葉に、嬉しさが出る前に衝動のようにを抱き締めていた。
 彼女の存在を確かめるように、彼女の言葉を噛み締めるように。
「い…た、えちぜ……つよ」
「黙って」
 それが余りに強すぎたのか、訴えるに少し力を緩めて耳元で囁くと大人しくなった。
 どれくらいそうしていただろう。場所も考えずに、抱き合っていた身体を越前が漸く話すと、彼女は耳まで真っ赤にしていた。
「……顔が赤いっスよ、先輩」
「…誰の所為よっ」
 からかうように言うと、拗ねたが彼の頬を捻るというより、優しく掴む。
「そういう越前は冷え過ぎ。手袋とかは持ってきてないの?」
 彼女の掌が熱く感じたのはその所為か、確かに自分の顔や手は冷えているようだった。
 一応、コートは着ていたがクリスマス会だからと無理やり連れられたのと、室内でやるのだろうということで手袋もマフラーも持参しなかった。
 気づいた後も大して気にしなかったが、はそうではないらしく彼の体調を気にしているようだった。
 そして何か思い出したのか、鞄の中を探ってシンプルに包装された包みを取り出す。
「はい、越前」
「何スか?コレ」
「プレゼントだよ。今日でしょ?誕生日」
 言われて、越前は驚きを表情に出した。
 憶えていたことにも驚いたが、まさか本当にプレゼントを用意しているとは思わなかった。
 受け取れば開けることを促されたので開いてみると、それは落ち着いたグレーのマフラーだった。
「越前に似合うと思ってさ。巻いてあげるよ」
 マフラーを受け取って越前の首へと巻きつける。誕生日おめでとう、と微笑むに彼は嬉しさを隠すように俯いてお礼を言う。
「ありがとう…ゴザイマス」
「どういたしまして。今日渡せると思ってなかったから、良かったよ。誕生日プレゼントだけでゴメンね」
「え?」
「クリスマスの方はないんだ、プレゼント」
 誕生日だけでも充分だというのに、彼女は申し訳なさそうに笑う。
 本当は誰かの誕生日を祝う余裕なんて、にはない筈だ。今日は大切な家族を失った日で、彼女の心はきっと哀しみと淋しさでいっぱいの筈。
 それでも自分を祝ってくれるの優しさに感謝すべきなのか、それとも。自惚れて良いのだろうか。
 好きと言ってくれた彼女が、誕生日プレゼントをくれたという事実に。
 そこまで考えて、自分は何も用意していないことに気づく。
「俺も、何も用意してないし…」
「へ?いいよ、気持ちだけで」
 約束をしていないのだから用意なんて出来る訳ないが、それでも越前は悩んだ。
 悩んで、悪戯を思いついたように笑う。
先輩、クリスマスプレゼントあげるっスよ」
「え?何を…」
 不思議そうにするの疑問を遮るように引き寄せて、その唇を奪う。
 触れるだけのキスは、それでも充分彼女を感じることが出来て、越前は微笑んだ。
 対しては突然だったことやされたことに驚いて、声も出ないようだった。そんな彼女に越前は微笑んだまま告げる。
「クリスマスプレゼントっスよ」
「……キザだな〜」
「そこは照れるトコなんじゃないスか」
 自分でもベタだと思いながら言うと、彼女は苦笑する。それが少し面白くなくて、言い返すと微笑んだはいつものように余裕のある声で言う。
「照れ隠しだよ」
 年上だから出来ることなのか、それとも無理をして強がっているのか。何れにしろ、自分達らしいと二人は苦笑した。
 互いの想いが通じ合っても、自分達は変わらないのかもしれない。
 それでも良いし、越前としてはその余裕を引き剥がすのも楽しみだと、彼女が嫌がりそうなことを考えていた。
 けれど確かなことは、あれほど遠いと感じていたが今・自分の腕の中にいる。
 それがどんなに重要なことなのか、彼女には判らないだろう。

 だからこそ、手放したくはないと。

 粉雪が舞う中で抱き締める、彼女の温もりに誓うのだった。





 †END†





書下ろし 11/12/11