都内の中心部から少し離れた、清閑な場所にある墓地。 整然とした墓石が並ぶ一角で、新しい花が供えられ線香の煙が舞う墓石の前で、はしゃがんでいた。 「――」 僅かに穏やかさを含んだ表情でいた彼女を呼ぶ声に振り向くと、離れていた柳がこちらへ向かってくる。 「用事は終わった?」 「あぁ、悪かったな携帯」 「いいよ」 立ち上がったへ借りていた携帯を返してくるのに、微笑んで受け取る。 二人の前にある墓石には『相楽家』と彫られている。それは彼女の旧姓であると同時に、その下に彼女の本当の家族が眠っていることを表していた。 「付き合って欲しい所があると言われた時は、何事かと思ったが…」 「うん」 目前の墓石を眺めながら先日の電話のことを言う柳に、はただ返事をするだけだった。 それだけで彼には充分、伝わっている気がした。 いや、柳のことだからこの地へ連れてきた時点で判っていたのかもしれない。彼女の心境の変化を。 が本当の家族を火事で亡くしていることは、立海の皆も知っている。そして今日が命日であること、そしていつも一人で墓参りへ行っていたことも。 けれど今年は、柳を連れてきた。 「今日は父さん達に、君を紹介しようかと思って……お参り、してくれる?」 そろそろ良い頃だと、彼女は思ったのだ。 もう独りじゃないということを、大切な家族に知ってもらおうと思ったから彼を連れてきた。 毎年、一人で来ていた自分はきっと情けない顔をしていただろうから。 私はもう大丈夫なんだと、それはこの人のお蔭でもあるのだと報告したかった。 穏やかに微笑む彼女に、柳は振り向いていた顔を墓石へと向けて少し苦笑したようだった。 「いいのか、俺だけで」 他の皆を連れて来なかったことを後で怒られるのではないかと、言外に含んで訊く彼にも苦笑して顔を逸らす。 「お墓で騒ぐ訳にはいかないでしょう?」 実際に彼らを連れてきたら騒がしいことになるだろう。それも悪くないが、彼女としては余り気を遣われたくなかった。 その分、柳なら気を遣わなくて済む。自分の弱気なところや恥ずかしい部分を晒すなんて、彼には今更だ。 勿論・彼もそれは判っているだろうから、わざわざ言うこともしない。 隣りに立っていた柳は、膝を地面につき墓石に両手を合わせる。 それは短いようで長い時間だった。彼も何か、家族に伝えてくれているのだろうか。 がそんなことを考えていた時、顔を上げた柳が呟く。 「お前を護ると、言えれば良かったんだが…」 彼の言葉に、は純粋に驚いていた。 何を思ってそう言ったのか彼女には判らなかったが、そうやって今まで自分を護ってくれていたのは柳や立海の皆だ。これ以上、何を望むというのだろうか。 「……大丈夫よ、蓮二」 答えたに彼が立ち上がると、彼女は一度柳へと真っ直ぐな眼差しを向けて、空へと顔を仰いだ。 「もう独りなんて思えない……思っちゃいけないくらい、私には大切な人達がいるもの。私の世界はそんな人達で出来ているから。立海の皆が私の世界を新しく作ってくれて、そして青学の皆が、私の世界を繋いでくれた」 あの雨の降る放課後に、柳が話しかけてくれなければテニス部に関わることもなかったし。立海の皆が引っ張ってくれなければ、ここまで素直になることもなかった。 そして青学の皆が自分を受け入れてくれたから、仲間としてテニスを続けられたし、越前に救われた。 総てのことに理由があるとは思わないが、当事者にとってそれが意味のあることになるのならば、偶然も必然になり得る。 にとって、それは奇跡みたいに幸福なことだ。 「だからもう、大丈夫だよ」 何もかもが倖せな出来事のように微笑む彼女に、柳は少し驚いていたが。 の表情を、彼女の言葉を喜ぶかのように、彼はこれまで余り見せたことのない優しい微笑みを浮かべる。 「…そういえばまだ、返していなかったな」 唐突なその言葉に、は判らないといった風に首を傾げた。 「何を?」 「あの日に預かった、お前の残った時間だ」 「あーそんなこともあったね」 随分懐かしい話をするなと、彼女は苦笑した。 初めて柳や真田・幸村達とテニスをして、まるで試合のように遊びのように、盛り上がったあの夕暮れの日。 物ではない時間を本当に預けるなんて出来ないが、確かに託した時間は立海の皆でいっぱいな二年間だった。 だから、は瞳を伏せて穏やかに告げた。 「返さなくてもイイよ。私の時間は、まだ続いているから」 あの時はこんな充実した毎日がくるなんて思ってなかったから、自分の為の時間なんて考えてもみなかったが、今は違う。 今はみんながくれた、これまで過ごした時間が、自分が生きてく糧になるから。 「今までありがとう、蓮二」 柳へと向き直り、凛とした強さで微笑んで右手を差し出す彼女に。 彼も応えるように笑んで、その逞しさを帯びた右手で握り返す。 「俺の方こそ。ありがとう、」 |