今にも粉雪が降り出しそうな、冬色の空。
 街はそれでもお構いなしに、目に鮮やかなクリスマスカラーに彩られていた。
 そして本日は12月24日――クリスマス・イヴ。様々なところで沢山の人々が、遊びに出かけたりパーティを行う中。
 それは青学メンバーも例外ではなかったが、彼らの雰囲気は険悪なモノだった。
 中でも一番不機嫌な表情をしていたのは、無理やり連れて来られた越前だ。なぜこんな日に、野郎だけで集まらなければいけないのか。
 いやそれより何より、なぜ今日に限ってがいないというのに。
 もっとも会いたくない、立海メンバーが目の前にいるというのか。
「何でココにいるのさー?」
 珍しく敵対心を剥き出しで言う菊丸の言葉は、その場にいた青学メンバーの心情を代弁していた。
 皆で集まれる機会が今日ぐらいしかないということで、クリスマス会と称した集会には越前を含め桃城や海堂と、元三年レギュラーメンバーが揃っていた。
 そして集合場所として青春学園の校門前に集まっていた彼らの前に、なぜか立海大附属の元三年レギュラーメンバーが現れたのだった。ただ一人の例外を除いて。
「俺達がここに居て、何か悪い理由でもあるのか?」
「そんなに威嚇しちゃいけないよ真田」
 向かい合う真田が普段と変わらぬ、常人が見れば不機嫌にしか思えない険しい表情で言う。するとそんなことには慣れてますとばかりに、隣りにいた幸村が爽やかな笑顔で宥めた。
 しかしそんな真田に慣れている筈もない菊丸がうっと尻込みしていると、近くにいた不二が庇うように前へ出る。
「生憎だけど、ならいないよ」
 青学メンバーの誰もがそう考えた、彼ら立海がこんなライバルと言える学校へ赴く理由など彼女しかない。しかしは今、ここにはいない。
 正確にいうと、本日のクリスマス会には参加しない。別の用事があるらしいと、ここへ来る途中で聞かされたそれが、越前の機嫌が悪い理由の一つだ。
 けれど別の意味で安堵もしていた。少なくとも、クリスマスという世間一般ではイベントとされる日に、は立海メンバーへ会いに行くということをしていないことに。
 しかしその考えが甘かったことを、越前はこの後に嫌という程に思い知らされる。
「そんな事は知っている」
「こんな日に、がお前らと一緒におる訳ないじゃろ」
「?…どういう意味だ?」
 当たり前のように答える真田と仁王に、大石を始め青学メンバーが怪訝そうな表情になる。
 それを見て僅かに驚くような気配を纏った立海メンバーが、顔を見合わせてから溜め息を吐いた。
 明らかに呆れたような反応だが、それはに対してというよりここにいる青学メンバーにという感じがした。彼らもそれを悟ったようで、青学側が焦りを隠して向き合う。
「…それで、お前達は一体何しにここへ来た?」
の居場所を訊きにきたんだよー。ま、そのカンジじゃ知らないみたいだけど」
「んだよ、結局アイツの連絡待ちか」
「いやあの、話が全然見えないんスけど…」
 代表するように話を進める為か、平静のままだった手塚が訊くと真田の後ろにいた丸井と桑原が残念という様子で呟く。
 けれどやはりここにいる明確な理由が判らないと桃城が手を挙げて発言すると、一歩下がった位置にいた柳生が眼鏡を押し上げながら慇懃に答える。
「説明不足で申し訳ありません。私達がさんへ会いに来たのは間違いありませんが、ここへ来たのは皆さんに彼女の行先の場所を訊こうと思ってのことです」
「行先の場所?」
「えぇ、さんが今日・何処へ行くかは判っているのですが、その地名を知らないのでもしかしたらと思ったのですが、無駄足だったようですね」
「ちょっ、ちょっと待って!がどこに行くか判ってるって、どこに行ってるんだよっ?」
 聞き捨てならない柳生の言葉に、菊丸が慌てたように尋ねる。
 自分達はの用事が何なのか知らないというのに、彼らはその行先を知っている。ならば、彼女の用事も知っているのだろう。
 それも今日という日でなければいけない、予定。それとも、今日という日に意味のある用事。クリスマス・イヴという以外に。
 そこまで考えて、越前はふと不二の方を見た。それは静観しているというより、後悔に近い険しさを隠したような表情。
 彼もの用事を知らなかったようだが、思い当たる節があるというような様子だった。
 そして、否応でも自分達と彼らの差を突きつけられる。
「本当に何も知らないのだな、お前達は」
 侮蔑するかのように吐き捨てる真田に、いつかの彼の台詞を思い出されて越前は眉を顰める。
 越前だけじゃない、あの場にいた青学メンバーも思い出していただろう。が倒れた時のことを。
 もう用はないとばかりに目を逸らす真田に代わり、先程より硬質な表情の幸村が青学メンバーを見据えて告げた。
はね、墓参りへ行っている筈なんだ…――今日は彼女の、両親と弟の命日だからね」
 反応したのは指先だけで、意識は時が止まったかのように越前は感じた。
 の本当の家族が亡くなった日が今日なら、転校してきた当初より自分達に対して友好的になったとはいえ、彼女がクリスマス会を断る理由も頷ける。
 けれど越前はそれとはまた別に、納得したことがあった。
 越前や不二のように、の内情を知っている者はその理由に納得はしていた。だが今・初めて聞かされる者達にとっては二重の驚きで、言葉も出ないようだった。
 息を呑んでいる菊丸達に、目前の幸村は少し苦笑して言葉を続ける。
「だからはクリスマスとかは遊ばないんだよ。そんな資格、ないと思ってる」
「それなら、どうして君達はへ会いに来たの?」
「柳がいないんじゃよ」
「柳君?」
「そ!多分、と一緒にいるだろうから、墓参りが終わってから合流しようかと思って」
「彼女の地元はこの都内らしいので」
 不二の疑問に、続けて答える仁王達の言葉でやっと気づいた者もいただろう。
 そう、今いる立海メンバーの中に柳 蓮二の姿がなかった。
 ここにいなくてと一緒にいるだろうという彼らの台詞に、越前は耳を疑う程だった。
 クリスマスというのは、カレンダーに組み込まれているような世間の行事だ。意識している者としてはそれなりに大事なイベントだろうが、無関心な者にとっては単なる形式だ。
 けれど、命日は違う。誕生日と同じように個人の特別な日で、誕生日と違って様々な哀しみがある。
 そんな日の墓参りへ、他人を連れて行くということがどれほど重要なことか。
 立海の彼らも判っているのだろうが、表に出そうとはしていないことを、青学の何人が気づいていただろうか。
 色んな感情が入り交ざったような沈黙が落ちた後、誰かの携帯の着信音が響く。
「――はい、もしもし」
 ポケットから携帯を取り出して通話に出たのは乾で、その表情は分厚い眼鏡の下でも判るくらい、僅かに強張った。
「……判った」
 通話相手の話に二・三回相槌を打った後、了承した乾は持っていた携帯を越前へ差し出した。
「……な、何スか?」
 予期せぬ行動に動揺して訊くと、乾が無表情のまま告げる。
「蓮二だ。お前に代われと」
「……!」
 再びの予想外の言葉に、越前は息を呑んで視線を泳がせたが、意を決したように彼から携帯を受け取って通話に出る。
 聴き慣れない落ち着きのある声音は、自分の動揺を見透かされそうで不快に感じた。
 それでも聞かされた言葉に越前は目を見開いて、湧き上がる感情は吸い込んだ呼吸と同調した。
「え、越前っ!??」
 携帯を乾に突き返して、越前はその場から駆け出していた。驚いた菊丸に呼びかけられた気がしたが、そんなことはどうでも良かった。
 何のつもりかは判らないが、電話口の柳が告げたのはと一緒にいること。そしてその居場所だった。
 来いと言われた訳ではない。ただ気づいたら身体が動いていて、彼は今・住宅街を走り抜けている。そして、自分の不甲斐なさを悔やむ。
 気づくべきだったのだ。あの夏休みの合宿で、彼女が越前に誕生日を訊いてきた時。

 『そーなんだ…じゃあ、プレゼント用意するね』

 あの時に感じた違和感は、間違いなんかじゃなかった。
 あれは家族の命日を悼んでいた顔、それでも気を遣って浮かべた笑顔。
 いつも自分のことは後回しで、肝心なことは何も言ってくれない。それは自分が頼りないからだろうか。
 越前がいつも、もどかしく思っていたこと。
 何でも話して欲しい訳じゃない。ただ、少しは甘えて欲しいと思うのは我が儘なのだろうか。年下の自分には無理な話なのだろうか。
 けれど今はもう、そんなことはどうでも良かった。

 今はただ、に会いたかった。










 そして、君への想いが降り積もる。