勉学が本分である学生が避けては通れぬモノ、期末試験。
 言葉を聞いただけで憂鬱になってしまう行事も終わり、二学期もあと少し。
 数日後には冬休みにクリスマス、正月と冬の一大イベントが待っていることで、学園全体が浮かれている様子だった。
 そんなよく晴れた、冬空が広がるある日の放課後。
 教室へやって来た桃城と大石が口にした言葉を、私は目を丸くして反芻した。
「――クリスマス会?」
「そうっス」
「というか、何をしているんだ?お前達」
 明るく答えた桃城とは反対に、大石が呆れたように言うから私達――不二と菊丸と私は顔を見合わせた。
 ……まぁ、大石の反応も判らなくもない。何せ、私達が互いの髪で遊んでいるのだから。
 今、私の髪を二つに分けて三つ編をしているのが菊丸で、その彼の髪を両端で結ったのが私。長さが中途半端だから面白い髪型になっている。
 因みに前髪長すぎーと、不二の額が全開になるようヘアピンを止めたのも菊丸だ。
「だって、待ってる間ヒマだったからさー」
 事前に桃城から教室で待つように言われてたから、その暇潰しに遊んでいたのだ。
 だからって、髪遊びって女子か!って自分でもツッコミたくなるけど、本人達は割りと楽しそうなので黙っておいた。
 拗ねるように言った後、菊丸が出来た!と言って手を放す気配に、綺麗に編み込まれた自分の髪を見る。
「へぇー上手いねぇ、菊ちゃん」
「へへーんっ俺ンちはねぇちゃんがいるからな。昔・よくやらされた」
「あの、そろそろ本題に入ってイイっスか?」
 自慢げに話す菊丸の後に、置いていかれていた桃城が困ったように切り出す。そういえば、クリスマスがどうとか言ってたっけ?
「そうだったね。クリスマス会って、イヴにするの?」
「そうなんだ」
 思い出したように不二が促すと、大石が説明をする。
「三年も含めてテニス部でしようって。年末は皆忙しくなるし、年明けも中々集まれることも出来ないだろうから、クリスマスにって」
「いーじゃん!やろーよ」
 賛同する菊丸の隣りで納得しながらも、私は眉を顰めた。これは私も誘われているのだろうか。
 彼らに言われるまで冬休みに入ることは判っていたけど、クリスマスというのは私の頭からすっぽりと抜けていた。……元々、自分には縁の無いことだと思っているからだ。
 会のことで周りが盛り上がる中、浮かない表情の私に気づいたのか、不二が尋ねる。
「…どうかしたの?
「え?」
「もしかして、もう予定が入ってるとか?」
「えーっ来れないのっ?」
 先約があるのかと驚き半分、淋しさ半分といった表情で訊く不二に、私は僅かに苦笑して目を逸らした。
「そうじゃ、ないんだけど…」
「あーもしかして、立海の奴らと約束してるとか!?」
 デリカシーがないというのはこういうことか、とその場にいた桃城以外が思っただろう。
 けれど本人は至って真面目に訊いたようで。真剣な表情の桃城に、私は少し困った表情をした。
「違うよ、先約があるとかじゃないんだ…――そもそも、あっちにいた時もクリスマスとかに遊んだコトないんだよね」
「そうなのか?」
「うん…ちょっと、別の用事があるから」
 そして無意識に声が少し沈んでしまい、沈黙が流れたところで私は後悔した。具体的に何かを言った訳じゃないけど、喋りすぎたかもしれない。
 自分としては隠すことではないけれど、言う程のことでもないから口を閉ざしてしまう。けれど余計な心配はかけたくない。
 何か言わなければと思うのだけど、焦って言葉が出ないのは彼らも一緒なのか。
 それでも不二が口を開きかけた時。
「それって…」
「――おーいっサーン!ちょっと用事があるんだけどイイかなー?」
 廊下から聞こえてきたのは、隣りのクラスの皆森さんの声だった。
 全員が振り返る中、内心で助かったと思いながら返事をする。
「はーいっ今・行くよー」
 机に掛けた鞄を掴みながら急いで席を立つ私に、菊丸が呼び止める。
「えっおい、!」
「ゴメン、先に行くね」
 けれど私は手を振って、彼女が待っている廊下へと向かった。










 無理やり教室を出て、一緒に廊下を歩き出してから彼女が尋ねる。
「その三つ編みはどうしたの?サン」
 普段、髪を結っていないから不思議に思ったのだろう。首を傾げて訊く彼女に、私は両肩にかかる髪に手をかけた。
「コレね。桃達を待ってる間、ヒマだったから菊丸が結ったの」
「上手いもんだねーって、取っちゃダメだよっ」
「え、何で?」
 ゴムを取って解こうとする私に、彼女が慌てたように止めてきた。理由が判らないでいると、安堵したように息を吐いて言う。
「だっておさげのサンなんて珍しいんだもん。新鮮だからそのままにして下さい」
「えぇ〜…」

 これ、首元が寒いんだけどなー。

 今日がいくら晴れているからといっても、真冬なのだ。コートをしっかり着ているとはいえ、寒いものは寒い。
 まぁ、風はないから慣れるかと思ったところであることを思い出す。
「そういえば、私に用事って何だったの?」
 先程はそうやって呼ばれたことを思い出して、隣りの彼女へ尋ねる。けれど彼女はこちらを向いたかと思うと、天井を仰いで言った。
「んーなんとなく?」
「はい?」
「なんだか、サンが困ってるように見えたからついね」
 何でもないことのように言う彼女に、私は瞬きをした。
 目に見える程に、私は困った表情をしていたのだろうか。だったら彼らには悪いことをしてしまった。
 いや彼女のことだから表情に出ていなくても、あの場の雰囲気を読み取ってしてくれたのかもしれない。
 それがとても嬉しかったのだけど、素直にありがとうと言うのが少し恥ずかしく思っていると彼女が振り向く。
「で、不二君達とは何を話してたの?」
「クリスマスのコトだよ。何でも、男子部の皆でクリスマス会するんだってさ」
「へー仲が良いね。サンもそっちに参加するの?」
「そっちって?」
 振り向くと、皆森さんは笑顔を向けてくる。
「女子部の子達もクリスマス会するんだって。こっちは行ける人だけで少人数なんだけど、誘われたからキミもどうかなーって思ってたんだけど」
「そうなんだ…残念だけど、私はどっちも行けないなぁ」
「もう他に先約があるとか?」
 不二と同じことを訊く彼女に、私は静かに微笑むしか出来なかった。
 それに気を遣ってくれた彼女が、少し前に進んで振り返る。
「じゃあ、不参加の代わりにこれから買い物に付き合ってくれない?」
「…いいけど、何を買いに行くの?」
 何気なく訊くと、彼女は満面の笑顔を向けた。
「彼氏へのクリスマスプレゼント!」
「へぇー」
 わざとらしく明るい声の彼女に、私は相槌のような声を上げただけだった。
「へぇーって、そこは驚くトコだよー?彼氏いたのっ?とか」
「そーなの?」
「…多分ね。第一、私・彼氏いないよー」
「そーなのっ?」
 少し拗ねたように言う彼女に、今度は素直に驚いた。
「何でそっちに驚くのー?」
「いやだって、キミってモテそうだし。可愛いから彼氏がいても不思議じゃないよ」
 少し(?)変わったところはあるけれど、実際に外見だけで言ったら皆森さんは可愛い部類に入るだろう。
 特徴的なポニーテールは女の子らしさを醸し出してるし、テニスをしていたからスタイルも良い。思った通りのことを言うと、立ち止まった彼女は次の瞬間、なぜか抱きついてきた。
「もーっサンたら、そんな嬉しいコト普通に言わないでよ恥ずかしいなー大好き!」
「うわわっ痛いよ!」
 何のスイッチが入ったのかは判らなかったけど、周りを気にせず抱きつく彼女を無理やり剥がそうとする。けれど内心では、女子に好きと言われることが余りなかったから嬉しくも感じていた。
 なんとか彼女を離して、乱れたコートを正しながら訊き直す。
「で、結局・何を買いに行くの?」
「それは勿論、クリスマス会で渡すプレゼントだよー。誰に当たるか判らないから、誰でも使える物を選ばないといけないから難しくてねー」
 その言葉に成程と思いながら、一緒に昇降口へと向かっていく。そして校門を出たところで、皆森さんが思いついたように切り出す。
サンも買ったら?クリスマスプレゼント」
「え?だって…」
「クリスマス会に出なくても、あげたい人はいるんじゃない?」

 あ、あげたい人……?

 言われて思い浮かんだ人物が一人いたけど、はっと気づいて顔を上げる。
 先程の何か見透かしたような物言いと、私の考えていた様子に彼女が少しニヤけていたから。
 私は驚きを隠して、彼女を睨み返したけど効果はないようだった。