清掃時間、校舎の廊下。
 割り当てられた掃除場所から戻っていた時、越前は足を止めた。
「どーした?越前」
 その様子に同じ当番で一緒だった堀尾に尋ねられるが、彼には届いていなかった。
 窓から見下す先に外掃除の当番なのか、箒を持ったと不二がいたからだ。
 枯れ葉を集める二人の間に風が舞い、彼女が靡く黒髪を押さえる。
 その時、の髪に枯葉が引っ掛かり、気づいた不二が近づきその葉を掴み取った。
 それに対して微笑む彼女に、越前はただ黙って見下ろしていた。
 だが背を向けている不二が屈んで、の耳元へ顔を寄せているのを見て、目を見張る。




















 外にいるには厳しくなった、冬の校庭。
 当番だから仕方ないがこの時期の外掃除は辛いなー、と思いながらは散らばった枯葉を掃いていた。
 掃きながら、近くで枯葉を集める同じ当番の不二を横目で見る。
 制服のみでは余りに寒いのでカーディガンを着ているが、それでも女子はスカートだから足元が寒くて仕方ない。それに比べて、男子の学ランはズボンに中は着込むことが出来るから女子から見れば羨ましかった。
 そんなことを考えていると、集め終わった不二が振り返る。
、そっち集め終わった?」
「あ、うん――っわ!」
 彼の問いに答えようとした時、強い風が吹き抜けて彼女は思わず目を瞑って髪を押さえる。
 収まってから目を開けると、折角集めていた枯葉が散っていた。
「あちゃー…折角・集めたのに」
「今日は風が強いからね」
 落ち込むに、不二が苦笑しながら近づいてくる。間近まで来たから、何事かと顔を上げると彼の手が伸びてきた。
 内心で驚いていると、不二の手が彼女の頭へと向かいすぐに離れる。
「葉っぱ、ついてたよ」
 微笑いながら手にした葉を見せる彼に、は瞬きをして安堵したように微笑む。
「あ、有り難う」
 すると不二は笑顔のまま彼女の耳元へ近づいて、呟く。
「――ドキっとした?」
 少し艶の帯びた声に、彼女は再び瞬きをして肩を竦めながら苦笑する。
「…もう慣れたわ」
 普段に比べて落ち着いた声音で告げるに、不二は少し驚いたような気配の後、身体を離して少し淋しげに言った。
「残念、この前は狼狽えてくれたのに」
「順応は早い方なの、私」
 内心では『まぁ、乾のお陰だけど』と思う一方で、やっぱり動揺はバレていたのかと少し落ち込む。けれど、感謝もしていた。
 辛いと思うのに、今まで通りに不二が接してくれているからだ。実際のところは、彼がどう思っているのか、が推し測れることではないのだが。
 その思いが表情に出ていたのだろう、彼女を見つめながら不二が口を開く。

「…?」
「僕の我が儘、聞いてくれる?」
「……何?」
「下の名前で呼んでくれないかな」
 それは切実なモノではなく、ダメ元で聞いたような感じだった。その不二を無表情で見返して、は零れるように微笑いながら目を伏せる。
「…それは、ダーメ」
「……どうして?」
 軽い口調で告げるのに、少し不満そうに彼が訊く。それに目を開けて再び見つめるは、僅かに自嘲するように笑って視線を落とす。
「これ以上は、甘えられないもの」
「……それって…」
「―― 先輩!」
 言いかけた不二を遮ったのは、唐突な呼びかけ。が振り向くとそこには後輩の越前がいた。走ったのか、心なしか息が上がっている。
「え、越前?」
 驚いて目の前の不二を避けるようにして、がどうしたの?と不思議そうな表情をする。反対に、不二は背後には振り返らず横目で窺うだけだった。
「じゃあ僕は箒、締まってくるね」
「え…?」
 何の前触れもなく立ち去ろうとする彼に驚いて、思わずその裾を掴んだ。
 なぜそうしたのか本人も判らなかったが、引き止めたに不二は一度目を丸くして、そして微笑む。
の分も持っていくね」
「え、あ…」
 まるで頼もうとしていたのを察したように、彼女が持っていた箒を掴んでその場から不二は立ち去った。
 置き去られたは呆然としていたが、背後にいる越前にこのままでもいられないから、一度口を引き結んでゆっくりと振り返る。
「久し振りだね、越前」
 いつものように笑って口を開くと、彼の反応はなぜかなかった。無表情に不二が去っていった方角を眺めていた。
 だからも、真正面から彼を見つめることが出来たのかもしれない。久し振りに見たからなのか、やはり成長期だからなのか、越前は体格も引き締まって伸長もまた少し伸びているように見えた。

 あ、髪も少し、伸びてる…。

 風に靡く黒髪に視線を集中していると、越前が呟く。
「……仲、良いんスね。不二先輩と」
「え?…まぁ、それなりに、ね」
 越前から他人との関係の感想を聞くなど初めてだったから、は内心で戸惑いながら曖昧に答えた。
 まさか先程の不二とのやり取りを見られたのだろうか。だったら恥ずかしいと、今更ながらに彼女は思う。
「私が、甘えちゃってるだけかもだけど」
 苦笑しながら言って、気持ちが落ち込んでいくのが判った。
 今まで通りということは、彼の告白をなかったことにしているようなものだ。だからといって、彼を避けることなんて出来ないし、してはいけないことだと彼女は思っている。
 それは不二も判っているから、結局・自分は彼に甘えてしまっているのだろう。
「せんぱ…」
 沈んだ彼女を察したのか、越前が呼びかけた時、終了のチャイムが校内に鳴り響く。
「あ、時間だからもう行くね」
 良かったと無意識に思いながらが立ち去ろうとすると、目を向けた越前がこちらをじっと見つめていた。
 少しドキリとしていると、彼の視線は頭上へと向かっていた。なんだろうと思っていると、越前が凝視したまま手招きをする。
「??」
 首を傾げるも、呼ばれるまま彼の許へ歩み寄った。また、頭に葉でもついているのだろうか?
「……っホントに」
 彼の前まで来た時、一度顔を伏せた彼の呟きはには届かず。
 問いかけようとした彼女の腕を掴んで、越前が引き寄せた。
「へっ…」
「無防備すぎっスよ、先・輩?」
 試すように挑むように、顔を耳元へ寄せて囁いた越前がすぐに離れていく。
 言葉の意味が飲み込めなくて再び呆然としていると、掴まれた腕も彼から放される。
「な…何の話よ?」
「そのままっス。先輩はもう少し、自覚を持った方がイイっスよ」
「はぁ?だからなん…」
「――俺も不二先輩も、一応・男ってコトっスよ」
 反射的に尋ねるに、どこか楽しそうに告げた越前はそのまま去っていった。
 話についていけないまま、彼女は校舎へ戻っていく越前の背を見送る。
 そして彼の言葉を反芻していく内に、腕を掴まれた時の彼を思い出して俯く。

 反則だ、あんなの…っ。

 越前と二人でいる時は、無理をしているからなんとか平静でいられるのだが。
 離れた時は駄目だ。安堵からか羞恥が増して、否応なしに顔が火照ってしまう。
 こんな感情の経験がないからだろうか、紅くなった顔を元に戻す方法が見つからないまま。
 は枯葉舞う冬空の下で、途方に暮れていた。





 †END†





初出 11/11/07
編集 11/11/22