「はぁ…」 静かな図書館の、並べられた長机の一番端。 生徒の姿も殆どなく本棚に近い場所で、椅子に座るは溜め息を吐いていた。 逃げ出すなんて、何をしているんだと今更ながら思う。絶対に不審に思われただろうが、彼女にはどう対応すれば良いのか判らなかった。 そして何より、告白されたからだろうか。不二を、彼を無意味に意識してしまうようになっているのだ。今までそんなことなどなかったのに。 気にしていなかったモノを一度意識してしまうと、それを塗り替えることは困難だということをは改めて実感していた。 「はあぁぁー…」 「随分、盛大な溜め息だな。」 「!」 再びの深い溜め息の後にかけられた言葉に、とび上がりそうな程に驚いたが慌てて振り返る。 そこにいたのは、先程・購買部前で会った乾だった。 「いっ…乾っ何で、ここに」 「ちゃんと食べないと後で持たないぞ」 「へっ?」 思わず上がった声の大きさに、図書館であることを思い出してが抑えて訊く。 だが乾はそれに対して答えることなく購買部で買ったのか、持っていたパンを差し出した。無意識に受け取ると、彼女の隣りへ普通に座った乾が尋ねる。 「どうした?珍しく悩んでいるみたいだが」 珍しく踏み込んでくる彼に、目を丸くしたは手にしたパンに視線を落とす。 どう説明したものかとか、どうして自分がここにいるのが判ったのかとか。色んなことが混ざって考えがまとまらないでいると、普段と変わらない抑揚のない声音で乾は告げた。 「告白でもされたか、不二に」 「なっ…!!?」 直球を投げてきた彼に、今度こそ立ち上がりそうになった。どうしてバレているのか。 口が開いたまま、言葉を紡げないに対して当の乾は涼しい顔をしていた。 不二が自ら話したとは考えにくい。ならば、本当に勘で当ててきたのだろうか。それはそれでかなりの驚きだ。 実際、不二と皆森の話を途中まで聞いていた彼は、パンを買った後すぐにその場を離れたから不二のフラれた発言は耳に届いていなかった。 だがそれを聞いていようがいまいが、乾の観察力や付き合いなどで判るものだった。寧ろ彼にとって不思議なのは、の反応だ。 「告白など、初めてではないだろう」 彼女が密かにモテていることは親しい者なら知っていたし、の性格を考えれば気になどしない筈だと。 言外に含めて乾が訊くと、少し不服そうに彼女は唇を尖らせて答える。 「そー…だけど」 「立海に居る時はどうだったんだ?」 「えっ?」 何気なく訊いた言葉に、は再び目を丸くして天井を仰いだ。思い出しているのだろうか。 「いや…そういえば、あっちにいた時は告白なんてされたコトないかも」 「…一度もか?」 「うん、多分」 「いつも一緒にいた連中からは?」 「は?蓮二達?まっさかー、部活が同じで仲が良かったってだけだし」 それは有り得ないとどこからくる自信なのか、否定するに流石の乾も溜め息を吐く。 「……過保護過ぎるというのも、考えモノだな」 「え?何?」 思わず呟いた小声はまで届いてはいなかったらしく、不思議そうにする彼女へ振り向いて言い換える。 「仲が良いだけの、シンプルな関係には見えなかったがな」 「……まぁ、ね」 その、特別に仲が良かったという自覚はあるのか、逸らす瞳には哀愁にも似た色が宿っていた。 これが、自分達ではどうにも出来ない壁というものかと。 恐らく不二や越前達が感じている焦燥なのだろうと、乾は心の片隅で思いながら話を元に戻す。 「それで、身近な人間からの告白でどうすれば良いのか悩んでいるのか、それとも…」 「………」 「――傷つけたと思って、落ち込んでいるのか」 無言のには構わず告げると、隣りで苦笑する気配がした。 「…ハッキリ言ってくれるなぁ、乾は」 「隠しても仕方ないだろう」 「そうだけどさ」 言い方は拗ねているようだったが、その表情は諦めに近いような苦笑だった。そんな彼女へと振り向いて、少し声色を強くする。 「お前は間違っていないさ、」 乾が真っ直ぐに伝えると、不思議そうなが振り向いて彼を見つめる。それに、乾は眼鏡を少し押し上げて続けた。 「落ち込むのは、相手を――感情の種類は違っても、大切に思っていたという事だ」 それは友人として、または同じテニスをしている仲間として。だから、尚更。 「傷つけたと思っている分、お前も傷ついているんだろう?」 彼を哀しませていると思って、苦しんでいるのだろう。それが感情という不確かなモノなら、正確な答えなんてない。 それでも確実にある、"自分の中の答え"で出してしまった結果に後悔はなくても後ろめたさはある。 「それに、不二だってそれなりの覚悟を持って言ったんだ。それなのにお前が落ち込んでいたら、不二に悪いんじゃないか?」 また悩み出した表情のに、今度は乾が苦笑しながら言うと彼女はまた拗ねた表情になって上体を倒す。 「うー…その通りです」 「なら、普段通りに騒がしくいる事だな」 言いながら席を立つ彼に、が顔を上げて反論する。 「その言い方じゃ私がいつも煩い女みたい…てか、スルーしてたけど何で断ったのも判ってるのっ?」 「なんだ、フったのか?」 「っ〜〜…もう、何でもないです」 恥ずかしさを隠しているのか、大袈裟に訊く彼女にわざとらしく訊くと、少し赤くなったが諦めたように俯いた。 今日は色んな表情のを見るなと、内心で思いながらその場を立ち去ろうとすれば、『乾』と先程より柔らかい声色で呼ばれて彼は振り返った。 「――有り難う。まさか、乾に相談にのって貰うなんてね」 いつものにプラスして、落ち着いた空気を纏う彼女に乾は少し驚いたがそれは表に出さず。振り返って、いつものように黒縁の眼鏡を押し上げた。 「…俺の相談料は、高いんだがな」 「お幾らぐらい?」 普段は余り使わない揶揄に、は驚くことなく同じように笑って訊き返した。そして乾も、口角を上げて笑う。 「そのパン代、と言いたいところだが。今日は珍しいが見れたから無料にしておく」 「一言多いよ…」 は脱力するように言ったが、その表情は苦笑に近かった。 |