12月に入り本格的な寒さを感じる、冬の体育館。 のクラスは合同での体育の授業中だった。男女別の内容で、男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバレーだ。 普段なら身体を動かすことが好きなにとって楽しい授業なのだが、今の彼女は心が上の空だった。 この授業だけではない。はここの処ずっと上の空で、何に対しても身が入らなくなっていた。 だから、自分に向かってくるボールに気づかなかった。 「―― いったぁ〜…」 かなりのスピードのボールを避けきれず、顔面で受けてしまったがしゃがみ込む。 「大丈夫?さんっ?」 同じコートにいたクラスメイトが心配して駆け寄ってくれるのに、鼻に感じる傷みを我慢しながら顔を上げる。 「うん、だいじょーぶだよ」 内心で鼻血が出なくて良かったなどと考えながら、心配してくれる周りの女子達へ笑顔で答える。 けれど勢いのついたボールを顔面で受けたのだ。念の為にと教師から隅で休めと指示されて、はコートから出る。 そして立ったまま、高い天井を仰いで情けないなぁ…と、彼女は落ち込むのだった。 授業を終えて着替えたは、皆森と共に購買部へと向かっていた。 体育は四時限目だった為、昼休みにすぐ食べれるよう弁当を持ってきていた皆森とは違い、今日は朝から余裕のなかったはパンでも買おうと思っていた。 「サンは飲み物、何買うのー?」 「うーん……やっぱり、熱いお茶かなぁ」 「あぁ、今日は一段と寒いもんね」 廊下を並んで歩く二人は、この後の昼食について他愛ない話を交わす。 皆森は見た目の明るさと気さくさに反し、女子テニス部の部長を勤めていただけあって、洞察力に優れていた。 だからきっとの異変に気づいてはいるのだろうが、それには触れずに接してくれる。にはそれが有り難かった。 賑やかな購買部が見えてきた所で、隣りの皆森が声を上げる。 「あ、不二君と乾君だ」 耳に届いた声に振り向くと、そこには確かに不二と乾がいた。 男子中学生として平均的な身長の不二と比べ、長身の乾はそこにいるだけで目立つ存在だ。少し足取りの遅くなるを追い越し、皆森が二人の許へと歩み寄る。 「二人が一緒なんて珍しいねー」 「丁度そこで会ってね。皆森さんもと一緒にお昼?」 「そうだよー」 彼女に答える不二の後ろでは、買う為に並んでいた乾がこちらには構わず目的のモノを買っていた。 相変わらずマイペースだなとが思っていると、振り向いた不二が少し驚いた表情をして近づいてきた。 「それ、どうしたの?」 「へっ?何が??」 思いの外声が裏返ってしまい、動揺が表には出ないようにしていると、クスリと笑った不二が手を差し出してきた。 「鼻、赤くなってる」 そう言って触れようとしてくる彼の指から逃げるように身を引いて、片手を振る。 「や、これはちょっとバレーで…」 「サンたら、顔面でボール受けちゃったんだよー」 「…珍しいな。がそんなドジをするなど」 「あはは…」 僅かに驚く乾に、は空笑いするしかなかった。 自分でも珍しいことだと思っているのだから仕方ない。けれど余り心配されるのも心苦しいから、その話を終わりにすべく話題を変えようとは口を開こうとした。 だが少し真剣な表情の不二に詰め寄られて、それは叶わなかった。 「笑い事じゃないよ、ちゃんと冷やした?」 腕を掴もうとする彼から、今度こそ一歩・身体を引いて慌てて笑顔を向ける。 「ホント、もう大丈夫だから。私・用事があるの思い出したから先に行くね」 ゴメンね、と皆森へ謝罪しながらは購買部を足早に去っていく。我ながら苦しい言い訳をしたな、と後悔していたが彼女はそれぐらい余裕を無くしていたのだ。 残された三人は、の背中を眺めながら皆森と乾が呟く。 「逃げられちゃった…」 「逃げらたな」 その言葉に続ける様子もなく微笑む不二に、皆森が彼の制服の胸ぐらを掴む。 「何したのかなー不二君?」 「随分、積極的だね。皆森さん」 「折角のサンとのランチだったのにー」 噛み合わない会話は二人の表情も同じで。穏やかではない状況だというのに、二人の表情はいつものように穏やかに笑っている。 そんな二人に周囲が緊張しているというのに、一番近くにいた乾は普通に購買部のおばちゃんから追加のパンを買っていた。 「サンの様子がおかしかったのって、君の所為なの?」 少し真面目な表情になって訊く彼女に、不二もそれを受け止めて答える。 「…そうだったら、僕は嬉しいけどね」 目を伏せて緩やかに微笑む彼に、思い当たることがあったのか。皆森は制服を掴んでいた手を放して息を吐く。 「その様子じゃ、付き合ってる訳じゃなさそうね」 「うん。僕は、フラれたからね」 あっさりと告げる不二に彼女が驚くことはなかった。 代わりに不二を盗み見て、どこか諦めたように微笑う彼に今度は気づかれないように溜め息を吐いた。 「ま、君にサンは勿体ないからねー」 少しわざとらしい明るい声で言うと、隣りの不二は苦笑するように微笑む。 「…本当に、皆森さんはが好きなんだね」 「面白いからね、サンは」 彼の言葉に否定することなく、皆森は本当に楽しそうに答えた。 普通に接していたら判り難いが、は少しズレたところがあると彼女は常々思っていた。しっかりしているようで、危なっかしいところがあるのは彼も知っている筈だ。 だからからかうと面白いし、慣れていないからか反応が新鮮だった。 「そんな子を、愛でるだけなんて…勿体ないでしょ?」 だからには、ただ護る存在ではなく。彼女を引っ張っていく存在が必要なのだと。 その皆森の思いを理解したのかは判らないが、いつもより不敵に微笑む彼女を見て目を伏せた不二はただ微笑って告げた。 「……そうかもね」 それを見て皆森も苦笑して、はたと気づく。 「アレ?そーいえば、乾君は?」 言われて今気づいた彼も辺りを見渡すが、いつ居なくなったのか。 そこに乾の姿はなかった。 |