――ときどき、思うことがある。

 いつも明るいだが、不意に見かける表情が酷く大人びて見えること。

 それがまるで、知らない女の子のように思えるから。

 酷くドキリとする――そう、今だって。

 授業中にどこか遠くへ思い馳せるかのように。

 空を見上げる彼女から、目が離せなかった。










 空に重い雲が拡がり始めた、昼休み。
 菊丸が購買部でパックジュースを買って戻ると、教室にの姿はなかった。
「…アレ?はー?」
 席に着いていた不二へ駆け寄って訊く。すると彼は一度こちらを振り向いて、また先程から読んでいた本へ視線を戻す。
「出ていったよ」
「…どこに?」
「言わなかったけど多分、屋上だと思うよ」
 素っ気なく答える彼に少し疑問めいたものを抱きながら、飲んでいたパックジュースのストローを少し齧る。
「大丈夫かなー。なんか、元気なかったじゃん」
「そうだね」
 菊丸の言葉に肯定するも、不二はやはり素っ気なかった。
 それに、彼は妙に苛立ちを感じた。どうして、そんな平然としていられるのか。
「そうだねって…心配じゃないの?不二」
「心配だけど、だって一人になりたい時があるよ」
 変わらない声音に菊丸はついカッとなり、パックジュースを持っていた手を不二の机に叩きつけて叫ぶ。
「そんなコト言って、また倒れたりしたらどうすんだよっ!」
 突然の叫びに教室が静まり返り、同級生達の視線が二人に集中する。
 菊丸が熱くなるのは無理もない。が無理をして体調不良を隠し、彼の前で倒れたのは夏のことだ。
 普段が元気な彼女が倒れること自体、菊丸にとっては衝撃的で。何か不安要素があれば、狼狽えるのは当然だった。
 それを不二も判っていて、それでも彼は冷静だった。
「気持ちは判るけど…様子が表に出ている分、まだ大丈夫だよ。一番怖いのは、彼女がそれを隠している時だ」
「それは、そうだけど…」
 一度目を伏せて真っ直ぐに見つめて告げる不二に、理解はするけど。菊丸には納得いかなかった。
「ほっとけるワケないじゃん!」
 言い捨てて、彼は足早に教室を出ていく。
 その背中を眺めていた不二は、視線を前に戻して肩を竦めただけだった。




















 屋上へ出る扉を開ければ、肌寒い風が吹き抜けた。
 拡がる空は低い雲で覆われ、これは確実に雨が降るなぁと思う反面。
 の姿はないなと菊丸が乱れる髪を押さえて思っていると、不意に横から声が沸いた。
「アレ…どうしたの?菊丸」
 間の抜けた声に振り向くと、出入り口の壁に凭れて坐るの姿があった。
 不思議そうに見上げてくる彼女に、目を丸くした菊丸は一度溜め息を吐いてから向き直る。
「それはこっちのセリフだよーこんな天気に何で屋上なんかにいるのさ」
 冬に差し掛かろうかという時期に、屋上には以外に人は居なかった。しかもこの曇り空だ。体調が良くても風邪を引きそうな環境で一人でいれば、心配もするだろう。
 少し怒ったように言えば、彼女は苦笑して答える。
「ん〜…ちょっと、考えゴトかな」
「………」
「…何?」
 その表情を菊丸が真正面から覗き込むと、不思議そうな色の瞳とブツかる。
 誤魔化しているようには見えなかったがやはり不安で、彼は徐ろにの額に掌を当てた。熱があるような感じはしない。
「……何?どうしたの?」
 益々判らないといった風のに、取り敢えず内心で安堵しながら口ではいつもの明るさで言った。
「いんや〜なんか、朝から元気ないように見えたからさ。具合でも悪いかと思って」
 どかっと彼女の横に腰を下ろすと、再び驚いたような様子のは、苦笑して曇り空を見上げた。
「大丈夫だよ。体調は至って好調・いつも通り」
 だから心配ないと、微笑む彼女の姿を眺めていた菊丸はなんとも複雑な心境だった。
 強いて言うなら、切ない、とでもいうのだろうか。
 そんな彼の思いも知らず、は体育坐りをしている膝を抱いて顔を傾けながら訊く。
「そーいう菊丸だって、なんだが元気ないように見えるけど?」
 どうしたの?と本日何度目かの疑問と首傾げをする彼女に、妙なところで勘が鋭いのは不二に似てるな、とぼんやり思った。
「んーと、不二とケンカ…した?」
「えっ!?」
 思っていたより落ち込んでいたんだなーと、考えながら空を仰ぐ彼に、想定外のことだったのだろう。珍しく戸惑ったように驚いてが振り向いてくる。
「め…っずらしいね、君達がケンカなんて」
「そっかなぁ。ま、俺が一方的に怒っただけなんだけどな!」
 それが少し情けなくて、まだ怒ってますといった態度をとっていると、隣りのは苦笑しながら肩を竦めた。
「へぇー…何が原因でケンカなんてしたの?」
 興味があるのか、少し面白そうに訊いてくる彼女に菊丸は視線だけ向けて、意地悪に言った。
「……内緒」
「えぇ〜?何でよー」
 が不満そうに呟くが、本人を目の前に言える筈もない。まさか、彼女のことでケンカをしたなどと。
 口を割るつもりはないと判断したのだろう、は息を吐いてまた空を仰いだ。
「いいなー男の子はケンカ出来て」
「…何それ、ケンカしたいの?」
「何でも言えてイイねってコトだよ。私はほら、臆病者だから」
 そういって微笑うがなんだか淋しそうに見えて、菊丸は思わず手を伸ばしていた。
「!」
 気づくとを引き寄せて、その頭を自分の肩口に押しつけた。
 驚いてされるままだった彼女は、上目遣いに訊く。
「…何?」
「んー…なんとなく?」
 菊丸本人もなぜこんなことをしているのか理由は判らなかったが、なぜか無性に抱き寄せたくなったのだ。
「じゃあ、なんとなくされてます」
 そんな彼を察してかは判らないが、はそれ以上追及はせず苦笑しながら大人しく身を任せた。
 決して重いとは言えない彼女の身体の重みに、屋上に誰もいなくて良かったかもと考えながら。
 心の隅で疼く感覚に、首を捻った。
 その感情の名を、菊丸は前から知っているような気がしたけれど。
 明確にすることは出来なかった。