そこにいたのは立海メンバーの幸村・仁王・丸井・桑原の四人。
 それだけならが隠れる必要はないのだが、今の格好を考えたら会いたくない人達なのだろうと越前は妙に納得してしまった。
「何で隠れてんだよーーっ」
「うわわっとびつくなーっ」
 駆けていた勢いのまま抱きつく丸井に、体勢を崩したは文句を言いながら看板を持っていない方の手で思わず越前の手を掴んだ。
「っ!」
「重い!重いよっ丸井!」
「こーらっブン太!余所の学校で騒ぐな」
「だぁー引っ張んなよっ折角・と会えたのにぃー」
 驚いている越前には気づかず、が喚いていると助けてくれたのは桑原で、丸井を彼女から引き剥がす。
「お前、いっつも同じことして飽きんのか?」
「まぁ、抱きつきたい気持ちは判るけどね」
 続いてやってきたのは、呆れた仁王とにこやかな幸村。そんな二人をはジト目で睨みつける。
「出来れば、見張ってて欲しいんだけどな…っ」
「だってお前が隠れるから悪いんだろーってか、そのカッコどしたの?」
「うっ…これはちょっと、クラスのお店の宣伝で…」
 改めて丸井に訊かれ、彼女は呻きながら手を握る越前の背後に再び隠れようとする。そこで漸く気づいたかのように、越前に立海メンバーの目線が集まった。
「やぁ、久し振りだね」
「……っス」
「つか、何でお前ら手ぇ繋いでんの」
「えっ…あ!ゴメンね越前っ」
 仁王に言われて初めて気づいたらしいが慌てて手を放す。
「ズルイぞー俺にはさせてくれないクセにー」
「アンタはいつも勝手に抱きついてくるでしょうが」
「判ってないなーするのとされるのとじゃぜんぜ…」
「――ちょっと桑原。丸井黙らせて」
「了解」
 これでは話が進まないと判断したらしいが桑原に指示を出して、それに同意見だったらしい彼も従って丸井を羽交い締めにした。
 勿論、丸井も抵抗しているが彼を無視して幸村達は話を進める。
「じゃあまだ仕事中なのかな?」
「ううん、もう自由時間なんだけどそのついでにって…」
「なら終わったら、案内してくれや。そのままで」
「い…嫌だよっ着替える!」
「えー」
 不満そうな仁王に、はそっぽを向く。隣りにいる越前とは反対側を向いてしまっているから表情は見えなかったが、こんなに恥ずかしがる彼女も珍しいと、彼は複雑な気持ちで思っていたのだが。
 そっぽを向いていたは少し声音を落として呟いた。
「……真田達は、来てないんだ」
「あぁ、まー真田はこういうトコ好きじゃないしなー」
「他の皆も誘ったんだけど……柳も、予定が入ってるってさ」
「そう…なんだ」
 申し訳なそうに言う幸村の言葉に、顔を正面に戻して呟くの表情は越前から見ても沈んだように見えた。それに、拭いきれない既視感を憶える。
 けれど彼女はすぐに顔を上げて、いつもの明るい表情を見せる。
「まぁ、予定があるなら仕方ないよね。幸村達も休日なのにこんな遠くまで来てくれてありがとうね」
「お礼なんていらないよ、僕達は来たくて来たんだから」
「つか、俺が行こうって言い出したんだからな!俺へのお礼はっ?」
「はいはい、ありがとうね」
「ちょーゾンザイ!」
 文句を言う丸井をが軽くあしらっていると、遠くから足音と呼び声が聞こえてきた。
「あーいたいたー!越前――って、何で立海の人達がいんのっ!?」
「堀尾…」
 駆けてきたのはテニス部一年の堀尾で、どうやら越前を捜していたみたいだが、そこにいたメンバーに相当驚いているようだった。
「あぁ、僕達のことは気にしないで良いよ」
「はぁ……って、そうだ越前っ」
 幸村が気遣って声をかけると、戸惑ってはいたが目的を思い出したのか越前の腕を掴んで歩き出す。
「なっ…何だよ」
「お前、テニス部員だろっ屋台手伝えよ」
「はっ?俺の当番はもう終わった…」
「――だーかーら、今・忙しくなって人手が足んなくなったの!」
 強引に腕を引っ張られて越前が文句を言うが、堀尾は構わずへ『失礼しまーす』と言いながら去って行く。
「なんだか、忙しそうだね」
「まぁ仕方ないよ、テニス部は人気があるからね」
 そう言って苦笑しながらも本人は気づいていないのか、どこか淋しそうに越前の背中を見送るを見て。
 仁王は呆れたように溜め息をついてから、呟いた。
「ムリしてんじゃねぇよ」
「え――」
 その呟きがの耳に届いた時にはもう、仁王に腕を引き寄せられて、強く抱き締められていた。
 突然のことで、本人には何が起こったのか判らず呆然としていたのだが。
 丸井は勿論、公衆の面前でそんなことをすれば目立つのは当然で、周囲から悲鳴にも似たざわめきが起こる。
 それは、堀尾に引っ張られていた越前にも届いていた。
「こらーっ!何してんだ仁王!!」
「ちょ…仁王、いた…」
「――…う……れか」
「え…」
 抱き締めたまま仁王が何か呟いたが、顔を埋めている所為でには聞き取れず。
 訊き返そうと顔を上げた時、身体を後ろから誰かに強い力で引っ張られて仁王から引き剥がされる。
「――何やってんだ、アンタ」
 そして目の前に現れた背中は、先程堀尾に引っ張られ去った筈の越前だった。
「へぇ…」
 驚くの前に立って睨みつけてくる彼に、仁王は感嘆なのか皮肉なのか判りにくい平坦な声を出して、わざとらしく両手を上げた。
「何も、ただのスキンシップじゃ。、俺達は勝手に見て回って帰るから」
「へ?」
 状況が判らなくて呆然とするに声をかけ、仁王は幸村達を連れて行こうとする。
「はぁっ?何だよソレ、それじゃ俺ら来たイミねぇじゃん!」
「案内して貰うんじゃねぇのかよ」
「……仕方ないね」
 丸井と桑原が不満を言うが、幸村も諦めたのかそれとも別の何かを悟ったのか。苦笑してこの場を去ることを促して歩き出す。
「え…ちょっと仁王?」
、お前はもうちと俺らに甘えんしゃい――それと、そこ一年」
 去りながら声をかけられ、越前が彼の方へ視線を向けると仁王は不敵に笑い。
「ま、せいぜい頑張んな」
 そう言い捨てて、他のメンバーと一緒に去っていった。
 残されたは河村と別れた時以上に気まずい雰囲気に、佇むしかなかった。
 けれどこのまま沈黙というのもキツイから、がぎこちなく声をかける。
「えっと、堀尾はどうしたの?」
「先に行かせた」
 けれど越前の方は思ったより落ち着いていて、寧ろ普段より感情の読めない声音をしていた。
 が戸惑っていると、振り向いた越前が真剣な表情で尋ねる。
「大丈夫だったスか?」
「え、何が?」
「さっき、立海の奴らに変なことされたんじゃ」
 先程の仁王に抱き締められたことを言っているのかと、彼女は両手を強く振る。
「ないよっされてない!それにあんなの仁王が言ったように、スキンシップだよ」
 はいつものことだと否定していたが、越前にはそうは見えなかった。丸井が抱きついた時とは違う、抱擁に近い――
 そう思った越前は拳を強く握り締めてから、の手を掴んだ。
先輩っ」
「ふぇっ?」
 突然のことに驚いて変な声が出たには構わず、越前は目を見て告げる。
「自由時間なら、文化祭。俺と回らないっスか?」
「……えっ!?」
 予想外の連続で頭がついていかない彼女は、一度固まって顔を伏せた。
 確かにこの後、他のクラス展示やお店を回るつもりだったし誰かと約束はしてないから越前と回れれば楽しいだろうけれど、その前に。
「む、無理…」
「えっ」
 拒否する言葉を聞いて、驚いて顔を上げると少し恥ずかしそうに顔を逸したは続ける。
「コレ、着替えてからじゃないと…回れない」
 そう言って制服の上から着ているエプロンを掴む彼女に呆気に取られ、思わず苦笑した越前はあっさりと返す。
「別にそのままでもイイっスよ?」
「だから、嫌なのっ着替えてくる!」
 却下とばかりに反論して踵を返すは、越前の手を放れて校舎へと向かう。
 その後ろ姿をゆっくり追いながら表面で笑っていたが、彼は内心で腹も立てていた。
 先程、彼女が仁王に抱き締められているのを見て過ぎったのは、敗北感だった。なぜあの場に、立海の奴らの所にを残してしまったのか。
 あの抱擁をスキンシップと許してしまうほど、彼女は彼らに心を許しているのだ。
 何より悔しいのは、柳が来ていないことでが沈んだ表情を見せたこと。
 そのことに表情を歪ませていると、前を歩いていたが振り返って声をかける。
「あ、そうだ。宣伝する代わりに食券いっぱい貰ったから、タダで食べられるよー越前。何が食べたい?」
 楽しそうに笑顔で聞いてくる彼女に、越前は小さく息を吐いてから。
「じゃあタコ焼き以外で」
 取り敢えず、今この文化祭というお祭りをと味わえることを優先することにした。





 †END†





書下ろし 11/09/17