「終わったぁー!」
 居座っていた氷帝メンバーを追い出し、やっと担当時間を終えて。
 制服に着替えたは、大きく背伸びをした。残りの時間は文化祭終了時刻まで自由時間になっている。
 だから彼女はクラスメイトに声をかけながらまずどこへ行こうかなと、楽しみにしていた展示巡りをしようと教室を出ようとした時。背後から声がかかる。
「あ、ちょっと待ってサン」
「ん?」
 振り返るとそこにはクラス委員長の女子が立っていて、にこやかに笑いかけてくる。
「今から校内を回るの?」
「うん、そうだけど…」
「じゃあお願いしたいコトがあるんだ!」
 が答えた後に、表情を輝かせた彼女はそう言って背後からあるモノを取り出した。
「コレ着て、クラスの喫茶店を宣伝してきて欲しいの!」
 目の前に掲げられたのは、にとっては見慣れないフリルがふんだんについたエプロンに淡いピンクを基調としたワンピース――つまり、メイド服だ。
「………は?今・何て?」
「だから、この服を着てクラスの宣伝をしてきて欲しいの!」
 聞き返してみるも変わらないその内容に、は軽く目眩がした。この人は何を言っているのだろうと、顔を引き攣らせながら首と両腕を振った。
「いやーゴメン。そういうのはちょっと…」
「お願いサン!クラスの為を思って!」
「でも私、模擬店回りたいし」
「そのついででイイから!なんなら、エプロン部分だけでイイわ」
「いや、何で私が…」
サンじゃなきゃダメなの!」
 渋るにこれでもかと、クラス委員長が押してくるのに彼女は困り果てていた。そして周囲を見ると他の同級生達もなぜか期待の眼差しをしていた。
「大丈夫だよ、さん。この間の魔女の衣装も似合ってたしー」
「いや、それとコレとは…」
 別の女子生徒が説得のつもりなのか、にとってはトラウマにしかなっていない話題に反論しかけた時。クラス委員長が殊更、声を強めて言った。
「判ったわ!こーなったら出血大サービスで、模擬店の食券10枚セットをあげるわ!」
 これでどうだとばかりに食券セットを差し出す彼女に、の動きは止まり内心で叫んだのだった。

 な、なんだって――っ!!?




















 学園内の、各クラスの模擬店が並ぶ昇降口から校庭へと続く道。
 そこを制服の上から白いエプロンを着て、頭にも可愛いリボンをつけたが看板を持って歩いていた。

 何でこんなコトに……。

 周囲は人が多く、各店でもお客の呼び込みなどをしているから特別目立ってはいないのだが、それでもは恥ずかしかった。
 しかしこれもクラスの皆の為と、喫茶店を宣伝する為にと看板を握り直す。決して食券に釣られたことが悔しかった訳ではないと自分に言い聞かせながら。
 それに校舎外を一周してくれれば良いと言われているので、知り合いに会う前に早く済ませようと足早になりかけた時。前方を遮る人影が二つ。
「ねぇキミ、ここの生徒?」
 顔を上げると一見爽やか風にも見える、見たことない制服の来客者の男子二人だった。
 こちらを見る愉快そうな表情に嫌な予感は拭いようがなかったが、こちらは主催者側で向こうはお客だ。邪険には出来ない。
「…そう、ですけど」
 あからさまに困った表情で返事をしたのだが、効果はなく片方の男子が身を乗り出してくる。
「じゃあ案内してくれない?」
「オレたちココの文化祭を楽しみたいんだー」
 明らかに別の目的がありそうな二人に、は持っていた看板でガードしながら後退る。
「いや、でも仕事中なんで…」
「何ソレ?キミのクラスのお店?」
「もしかしてメイド喫茶とかー?ご奉仕してくれるの?」
 その看板に書かれた宣伝と彼女の姿も重なってか一層下心丸出しになった彼らに、そろそろ苛立ち始めた時、の背後から声がかかった。
「――彼女は俺と一緒に仕事中だから、勘弁してくれないかな?」
「タカさん」
 柔らかな口調に振り返ると助け船を出してくれたのは、通りがかったらしい河村だった。
 申し訳なさそうに笑う彼に、男子二人は引き際を知っているかのように仕事中では仕方ないと去っていった。
 ああして他の女の子にも声をかけるんだろうなと、彼らの背中を見ながら被害者の迷惑を考えたが成功はしないだろうと思いは忘れることにした。
「大丈夫だった?
「うん、助かったよタカさん。ありがとう」
 声をかける河村に、彼女は振り向いて笑顔でお礼を言った。その返事に彼も安心してくれたが、の姿を改めて見て不思議そうな表情で尋ねる。
「それより、どうしたの?その格好…」
「あぁ、これはクラスの宣伝してきてって委員長にね…」
「そうなんだ、大変だな…」
 疲れきったように言う彼女に、河村が同情するように苦笑する。けれど周りを見渡すように。
「でもホントに一人?不二とかは?」
「うん。自由時間のついでだし、不二は菊ちゃんと足らなくなった材料の買い出しに」
 だから一人だということを伝えると、何やら困った様子の彼が呟くように再び周囲を見渡した。
「う〜ん…俺もまだ仕事が残ってるしな…」
「…?」
 何を捜しているのかと、が首を傾げながら様子を伺っていると、『あ…』と呟いた河村は遠くに向かって大きく手を振った。
「おーい!えちぜーん」
「えっ」
 呼ばれた名前に驚いて彼女が振り返ると、人が行き交う通路の向こう側に後輩の越前の姿があった。
 それに呆気に取られていると、呼ばれた越前が目の前までやってきて尋ねる。
「何スか?」
「今、時間あるかい?」
「…まぁ、丁度・部活の店番当番が終わったとこっスけど」
「なら良かった」
 それを聞いて笑う河村がの両肩を押して、彼の前に差し出す。
がクラスの宣伝で回らなきゃいけないらしくて、越前。一緒に行ってくれないか」
「「えっ!?」」
「俺はまだ仕事が残ってるから、頼んだぞー」
 驚く二人には構わず、言い残しながら河村は去ってしまった。
 残されたは自分の格好を自覚しているから、隣りに越前がいることが少し恥ずかしくて。
 その越前は隣りのの姿に戸惑っていたから振り向けず、何を頼まれたのかよく判らなくて困り果てていた。
「えっと…先輩は何で、そんな格好なんスか」
「あ、えっとね…」
 取り敢えず一番の疑問を訊いてみると、は少し困りながらというより恥ずかしそうに役目と服の理由と先程河村に助けられたことを説明した。
「……それで、先輩は俺に先輩を頼んだんスね」
 なぜか深く納得する越前に彼女は首を傾げながら、笑顔で言う。
「でも別に付き添って貰わなくても大丈夫だよ。校内を回るだけだし」
「…いや、一緒に行くっス」
「え?」
「先輩にも頼まれてるし」
 珍しく強めに返事をする彼に、別に構わないのにと思ったが一緒にいれるならいいか、とが思い直して顔を上げると。
 遠くに見覚えのある集団を見つけて、声を上げそうになった。
「っ…な、どうしたんスか?」
 代わりに越前の背後に回って身を隠す彼女に驚いて訊くと、なぜか顔を赤らめて目を逸らしながら呟いた。
「いや〜〜…なんか、見覚えのある人達がね、視界に入ってきて思わずね…」
「?」
 歯切れの悪い彼女の行動が気になって、が隠れている方向へ目を向けると人混みの中に、一際目立つ制服姿の四人組がいた。
「あ…」
「――あぁあーっ!」
 越前が呟くのと同時に、に気づいた丸井が声を上げて駆け出していた。