準備も万全に迎えた、青春学園の文化祭。 待ちに待ったお祭りだと、生徒達は興奮と期待に胸を膨らませている者も多い。 けれどやってくる他校の生徒や保護者達と違い、彼ら青学の生徒にはそれぞれの仕事がある。 校門前で来訪者の案内やパンフレット配布をするのもその仕事だ。その受付当番のトップバッターを努めているのは、大石と皆森だった。 「やっと一段落したねー」 受付の席に座り、伸びをする彼女に大石が笑顔で声をかける。 「お疲れ様。結構、来客者がいたな」 「一般にも解放してるからねー」 文化祭が開始して30分ほどで、来客は彼らの予想以上だった。そしてやっと人が途切れたところで二人は一息つく。 「あー早くお店とか回りたいなー」 誰ともなく呟く皆森に、まだ受付の担当時間は残っていることは伏せて、大石が苦笑しながら尋ねる。 「皆森はどこへ行きたいんだ?」 「それはやっぱりテニス部のお店に行きたいけど、一番はサンの所かなー」 「?…えっと、喫茶店だったか」 「そーコスプレのー」 にこやかに言う彼女に、大石は少し困惑したように話す。 「仮装と、不二達は言っていたような…」 「同じコトだよーメイドはいないらしいけどね」 「はぁ…」 カメラ持って行ったらやっぱ怒られるかなーと言いながらも愉しそうにする皆森を見ながら、『も大変だ』と彼は内心で思うのだった。 そんな時、見憶えのある制服を着た人達が声をかけてくる。 「 という生徒のクラスは判るか?」 その言葉に皆森は目を丸くして、周囲にいた主に女子生徒達のざわめきが辺りに広がったのだった。 普段の休み時間を遥かに越えた喧騒で賑わう、文化祭真っ最中の学園内。 のクラスである3-6では予定通り、仮装という一風変わった喫茶店が営業を開始してそれなりに客も入ってきていた。 「じゃーん!どうかな?」 そう言ってキッチンとして使用している教室に現れたのは、学ランに身を包んだ。 男装ということで学ランに合わせて長い黒髪を後ろで結っている姿を見て、待っていた不二と菊丸がそれぞれ感想を言う。 「うん、イイね。可愛いよ」 「そこは格好イイでしょ?不二。男の子になってるんだから」 「でも男子には見えないかにゃー」 「そこは仕方ないよね」 少し拗ねる彼女の姿に、二人は苦笑する。そんな会話をしている間にもお客は入ってきているようで、同じウエイトレス担当の女子がやってきて声がかかった。 「さーん。ホールお願ーい」 「あ、りょうかーい――じゃあ行ってくるね」 「頑張ってなー」 手を振りながら二人に別れを告げて、文化祭の間はお店となり飾り立てたテーブルの並ぶ教室内へ向かう。 客層は生徒や他校生・保護者と様々で、中にはカップルもいるようだった。何度かのオーダーを受けてから、入り口になっている扉からまたへと声がかかる。 「おーいっサーン」 振り返るとそこにいたのは皆森で、その姿には顔を引き攣らせた。 「早いお着きで…」 「そんなあからさまに嫌な顔しないでよーお客を連れてきたのに。しかも君ご指名の」 「お客?」 首を傾げていると、皆森の背後から現れたのは灰色の集団だった。 「久し振りやなぁ、」 「おっ学ラン着てんじゃん!」 「あ、アンタたち…!」 そこにいたのは氷帝学園のテニス部でレギュラーだった跡部・忍足・向日・宍戸という三年メンバー四人だった。 予想外の来訪者にが声を上げたが、それは周囲の女子生徒達の黄色い声でかき消される。無理もない。ただでさえ目立つ連中な上に、顔立ちの良い男子が揃っているのだから。 「何でこんな所に…」 周りの反応ではなく、彼らが現れたことに動揺するに忍足が口を開く。 「何でって、お前に会いに来たんに決まってんやろ」 「この人に案内してもらってさ」 続けた向日の言葉に、彼女は目の前の皆森へ睨みつけた。それを汲んでかは判らないが、皆森はにこやかに笑う。 「お客様を案内するのは、受付担当として当然でしょ?」 「それはそうだけど…」 「――おい」 達の会話を遮ったのは、いつの間にか我が物顔でテーブルに座っている跡部。振り返るに彼は不敵に笑う。 「客が来てんだ、ここの店員はもてなしもしないのか?」 「………こんな不遜な客、見たコトないんだけど」 いつも以上に態度の大きい跡部に、彼女は判りやすく溜め息を吐いて持っていたメニューを丁寧に差し出す。 「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたらお呼びください」 社交的ながらも気品さを含む笑みと仕草の彼女に、周囲を気にしてか忍足達も同じ席に座った。そして立ち去ろうとするの腕を跡部が掴む。 「学ランなんて、随分色気がねぇモノ着てるじゃねーか。メイド服の方が良かったんじゃねぇか?」 「それは残念でした。くじ引きで決まったんだから仕方ないでしょ」 いつもと違い普通に話してくる彼に、大して疑問も抱かず呆れたように答えている間も、跡部は彼女の腕を掴んだままだった。その横では狡いと喚く向日を忍足が宥めている。 実際、早く放してくれないかと思っていたが口に出すより早く。 横から別の腕が伸ばされ、跡部の手を彼女から引き剥がす。 「――店員に手を出すなんていけないな、跡部君?」 彼の手を握っていたのは、騒ぎを聞きつけたのかいつの間にかやってきていた不二で、眼前の跡部へ爽やかな笑顔を向けている。 彼の登場に、跡部は鼻を鳴らしながら腕を振り払う。 「フン…まるで悪役扱いだな」 「を困らせてるのは事実でしょ?」 双方が不穏な笑顔を浮かべ合っている間に、まるで慣れたように忍足達が不二の背後に立って呆れていたを呼ぶ。 「おーい。オーダー頼むわ」 「あ、ハイハイ」 「お勧めってあるか?」 我に返った彼女が赴くと、メニューを睨んでいた宍戸が訊ねる。 「えーと、キッチン担当の子はチーズケーキって言ってたかな」 「じゃあそれにするか」 「俺はこのパンケーキセット!」 「かしこまりましたー」 三人の注文をは笑顔で書き取り、頭を下げた後にまた笑顔で尋ねる。 「――で、アイツを止めてくれない?」 視線だけで訴える先には、言葉の応酬や睨み合いを止める気配のない跡部と不二。 取り敢えず跡部の方をどうにか出来ないかと、氷帝メンバーに訊いたのだが。 「無理だろ…」 「えー面倒臭ぇよ」 まるで諦めているような宍戸と向日に、がそれでは困るという表情をする。すると面白がってか、忍足がからかうように彼女へ促した。 「お前が止めた方がえぇやろ、」 「えぇー何で私が…」 「跡部はともかく、不二だってお前んトコのモンやろ」 も面倒だったらしいが忍足に言われ、溜め息を吐いてからまだ睨み合っている不二と跡部の許へ赴き。 持っていたメニュー表を二人の間で降り下ろし、彼らの顔面の前でピタリと止めて彼女は吐き捨てる。 「いい加減にしなさい、二人とも。他のお客に迷惑でしょ…――なんなら、今この場で二人とも出ていく?」 妙に切れ味のある声音と笑顔で脅迫された二人は、その気迫に観念したのか大人しく身を引いた。 それを見ていた皆森が何か盛り上がっているものだから、は『早く帰って!』と唱えるばかりだった。 |