翌日の放課後、は校舎を昇降口へと向かっていた。 皆森の策略によって集めたハロウィンのお菓子は、文化祭の準備に追われ疲れていたクラスメイト達に大変喜ばれた。 そして色んな意味で頑張ってくれたからと、と菊丸は多めの分け前を貰ったのだ。 だが一人では食べきれる量ではないと持ち帰って悩んだは、男子テニス部の皆にあげようと思いつき、こうして放課後の準備の合間をぬって男子部へと向かっていた。 一階の廊下に出て、靴箱へ向かっていた途中。偶然にも越前と出会せる。 「アレ?越前。どこ行くの?」 「…先輩」 彼の姿を見てが思わず駆け寄っていくと、越前は立ち止まってそれを待った。その表情は心なしか柔らかい。 「部室に行くところっス」 「あ、私も男子部に用があるんだ。一緒に行こ」 「っス」 それぞれ自分の靴箱前で上靴を履き替えて、仲良く昇降口を出る。その途中で、越前が隣りを歩くが持っている紙袋に入った包み達を見て尋ねる。 「それ、何スか?」 「コレ?」 訊かれて、紙袋の中にあるお菓子の包みの一つを越前に差し出す。 「昨日・ハロウィンだったでしょ。それで集めたお菓子だよ。量が多いから男子部の皆に分けようと思って…ハイ、越前にも」 笑いかけながら説明する彼女に、彼はつられるように受け取って黙り込む。 反応がないことに歩きながらが疑問に思っていると、越前が呟くように訊く。 「……そういえば、先輩。そのハロウィンで魔女の格好したらしいっスね」 「うっ…」 その言葉に思わずは呻いてしまった。 なぜ越前がそんなことを知っているのかの疑問や、彼に知られてしまったことへの恥ずかしさに自分でもおかしな表情をしているのだろうと自覚しながら振り向く。 すると越前は少し目を丸くして、顔を前方へ戻した。 「結構、噂になってるんスよ」 「あーそうだろうねぇ…」 あれだけ派手なことをすれば噂にもなるだろうと、が項垂れていると越前が続ける。 「…何で、1年のクラスには来なかったんスか?」 「は?」 「俺、見たかったんスけど」 あっさりと言ってのける彼に、意味が判らずの思考が停止する。そしてその意味を理解した時、僅かに顔が赤くなるのを自覚した。 「いや、見ても面白いモノじゃないよ!すっごく恥ずかしかったんだからっ」 「けど、3年のクラスを回ったって」 「そ、れは…仕方なくだよっ」 言い続ける越前に逃げ場をなくして、彼女はそっぽを向いて足早に目的地へ急ごうとする。 見られていないのだから、慌てることはないと判っていても、どうにもは落ち着かなかった。並び立つ校舎を抜けて、グラウンドへ出ようとした時。 後ろを追いかけていた越前が焦ったような声音で叫ぶ。 「危ないっ!!」 「え――」 その声に上を見上げた時には、何か大きなモノが自分に落ちてくるところだった。 けれどそれはすぐに、誰かによって遮られる。 「大丈夫かっ!?」 「怪我はっ?」 自分が倒れているのだとが気づいたのは、目を開いた視界の外から聴こえる心配の声で。 目前には、越前が何かから庇う形に覆い被さっていた。 「だ…大丈夫っスか?先輩」 「えち、ぜん…?」 彼の背後に目を向けると、そこには大きな看板が乗っていた。 どうやら生徒達が文化祭で使う看板を運んでいて、校舎を曲がる際に体勢を崩し、へと倒れたところを越前が庇って助けたようだった。 彼女が呆然としている間に、運んでいた生徒達が慌てて看板を退かし、覆い被さっていた越前が身を引きながら心配そうに尋ねる。 「先輩、怪我は?」 「ううん、私は大丈夫…」 まだ呆然さが抜けぬまま答えた時。越前が立ち上がりながら呻いたかと思うと、右腕を押さえていた。 見ると落ちてきた看板が当たったのか、彼の右腕が赤く腫れている。 「――ッ」 それを見た瞬間、の頭は真っ白になり、衝動のまま越前の腕を掴んで歩き出す。 倒れた衝撃で周りに散らばったお菓子の包み達には目もくれず、校舎の方へと歩いていく。 「ちょっ…先輩?」 強引に引っ張っていく彼女に越前が訊くも、は答えないまま校舎へ向かう。彼の質問に答えるよりも、今のには早く保健室へ行き手当てをしなければということが大きかったのだ。 だが黙ったままの彼女に不安になったのか、越前は強く呼ぶ。 「――先輩っ」 その声で我に返ったかのようには立ち止まったが、振り返ることは出来ずに黙り込む。 そして立ち止まったことで、自分が僅かに震えていることに気づいた。 きっとそれは手を掴んだままの越前にも伝わっていただろう。少しの沈黙の後、彼は一度俯いてから顔を上げてから口を開く。 「俺なら、大丈夫っスから」 そう言うと、僅かに振り向いたの表情は、苦笑にも自嘲にも見えた。そして小さく呟く。 「……どうして、そうやって私なんかを助けてくれるのかな…」 「え…」 困惑した表情の越前に、彼女は悲しそうに微笑いながら顔を逸らす。 「前にも、蓮二が……私を庇って怪我をして…血が、出てて」 呟く声は途切れとぎれで、越前には今にも泣き出しそうに聴こえていたかもしれない。 あの時もそうだった。一年前の春に、立海の男子テニス部の上級生に絡まれた時も、自分の不注意で柳に怪我を負わせてしまった。 あの時の恐怖を、彼女は今でも憶えている。 それは己の身に降りかかろうとしていた恐怖ではなく、誰かが自分の所為で傷ついてしまう恐ろしさ。 もしかしたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないという恐ろしさ。 その恐怖が今でもには刻まれていて、そして今まさにその状況になっているのだ。 「お願い…もうこんなコトしないで。もう、誰にも怪我なんてさせたくない」 今回だって一歩間違えば、彼に大怪我を負わせてテニスが出来なくなっていたかもしれない。 それは時間が経てば治る怪我だったとしても、にとってはどちらも同じことだ。越前の時間を奪うことになるのだから。 俯いたままの彼女に、何か考えていたらしい越前は意を決したように顔を上げて、掴んでいたの手を力強く握る。 「それは出来ない」 同じように強い声音に、彼女が反射的に顔を上げると真剣な表情とブツかる。 「先輩には悪いスけど。きっとまた、先輩に何かあったら俺は助けに行くと思う」 「っどうし…」 「――だけどっ」 顔を歪めるに、一際声を強めて遮った越前は彼女を真っ直ぐ見つめて告げた。 「絶対、俺はケガなんかしないっスから」 まるで、誓いを立てるように。彼女の心ごと護るように。 力強く告げる越前に、はただ驚くしかなかった。 何が、彼をそこまで強くするのか判らなかったけれど、確かなことはもう身体の震えはなくなっているということ。 「……またって、それじゃ私が…よくドジするみたいじゃない」 けれどそれを表に出すのはなんだか恥ずかしくて、口をついて出たのはそんなひねくれた言葉だった。 それでも越前は珍しく、それでいて気の強い笑顔で答える。 「実際、先輩は危なっかしいんスよ」 「生意気〜」 そんな彼に内心で感謝しながら、胸の奥に灯る熱を誤魔化して。 は、今こうして笑えていることが何より嬉しかった。 to be continued... 書下ろし 11/08/06 |