月の終わりの31日。いよいよ、文化祭の本番をあと数日と控えた放課後。
 がクラスメイト達と共に、当日教室に飾る材料を準備している時にそれはやってきた。
「トリックオアトリート!」
 後ろのドアから聴こえたのは、室内に響き渡る明るい声。
 教室にいた全員が振り返るとそこにいたのは、白い布を被った物体。
「……何してるの?菊丸」
 一体誰なのかは先程の一声で判っていたが声をかけると、彼は被っていた布から顔を出す。
「ありゃ。バレちゃったかー」
「すぐ判るよ。それより、どうしたの?それ」
 悪戯に笑う彼に呆れながら訊くと、菊丸はお化けのつもりで顔が描かれている被りモノを広げてみる。
「オバケだよ〜ハロウィンだから、お菓子を貰いに来たのさ!」
 なんとも子供めいた理由に、は溜め息を吐いた。
 確かに今日は世に言うハロウィンという日だが、日本にはあまり馴染みのない行事な上に今は文化祭の準備中だ。そのことを踏まえて彼女は少し強めに告げる。
「あのね、今は皆・準備で忙しいんだよ?遊んでないで手伝って」
 言うと菊丸は大して反省した様子もなく、拗ねたように続ける。
「え〜お菓子くれないと悪戯しちゃうぞ!」
「ないよ。お菓子なんて」
「じゃあ悪戯決定だな」
「どんな?」
 まるで言うことを聞かない子供を叱るように、が少し突き放して言うと菊丸はニヤリと笑い。
 突然、彼女を抱え上げた。
「お姫さまをさらっちゃうよ〜」
「うひゃあ!」
 軽々とを抱き上げたことで、教室内では歓声とも悲鳴ともとれる声が主に女子から上がり、彼の腕の中のが慌てて抵抗する。
「お…下ろしてよ菊丸!」
「ダーメ。じゃ、ちょっとを借りてくね〜」
「どうぞ〜」
「いってらっしゃーい」
「ちょっ何でナチュラルに見送りっ?止めてよ〜!」
 そして一緒に作業をしていたクラスメイトから止められることなく、明るく見送られながら。
 抵抗虚しく、は菊丸に拐われていくのだった。





「犯人はアンタか」
「え〜何のコトー?」
 珍しく表情を消したを前に、皆森は普段と変わらないにこやかな表情で向かい合っていた。
 菊丸がを拐ってやってきたのは隣りのクラスで、そこには皆森が待ち構えていた。
 そして彼女のクラスが文化祭でお化け屋敷をすると言っていたことを思い出し、菊丸が被っていたのがその出し物の衣装で彼女が自分を連れてきてとお願いしたのだろうと、皆森を見た時点では推測したのだ。
 そしてそれは間違っていなかったと、次の彼女の台詞では確信する。
「まぁそれより、サン!これに着替えてくれる?」
 そう言って差し出してきたのは、黒を基調とした衣装に上が大きく尖った同じく黒い帽子――どう見ても魔女をイメージした服だった。
「嫌です」
「ちょっと返事が早いよー」
「何で私が着なくちゃいけないの」
 苦笑する彼女に、は取り敢えず訊いてみた。
「ほら、今日はハロウィンでしょう。だからキミと菊丸君に仮装して貰って、校内を回れば文化祭の準備に忙しくて疲れてる皆の気晴らしになるかなって」
「それで何で私達が選ばれるの?」
 後半は良いことを言っているが、にはなぜ自分達がすることで皆の気晴らしになるのかが判らない。
 大体そういうことは学校側や委員会がすることであって、一生徒の皆森がやって良いものかも怪しいところだ。
 そんなことを思っていると、目の前の皆森は楽しそうな笑みを浮かべて告げる。
「そりゃ、青学ランキングの上位の2人が回れば皆・喜ぶし。目の保養だよー」
「ちょっと待ってその青学ランキングって何?」
 一体何のランキングでいつそんなモノを取ったんだと疑惑の目を向けた時、教室の端の方から歓声が上がる。
 振り返るとそこには、先程の白いお化けとは違い大きな獣耳に尻尾と、狼スタイルの菊丸がいた。皆が盛り上がるのも判るくらいに、よく似合っている。
「どーかにゃコレ?似合ってるかな〜?」
「素敵だよー菊丸君。ファンの子達が見たら卒倒しちゃうね」
 慣れない衣装の所為か、少し照れ臭そうにする彼に皆森は満足そうに笑う。それによって増幅される嫌な予感を振り払うように、が疑わしく振り向く。
「この衣装って、お化け屋敷で使うの…?」
「まっさかー。演劇部から借りたんだよー」

 やっぱりな!

 悪ぶれもせず明るく言う彼女に、内心では悪態ついた。
 大体、可笑しいと彼女は思っていた。東洋風のお化け屋敷にどうして魔女や狼が出てくるのか。確かに劇で使うような衣装だから演劇部から借りたというのは何も可笑しくはない。……ないのだが。
「で、私も着なきゃダメなの…?」
「当たり前だよーその為に呼んだんだから。もう他のクラスにも内容は流してるし」
「流してるのっ?」
「あ、集めたお菓子は君達のクラスの皆にお土産にするとイイよー」
「おっマジでー?やったー」
 戸惑うを余所に、話を進める皆森と菊丸。止めようとするのだが、それは実行することは出来なかった。
「もう観念しなよ。皆ーやっちゃってー」
「「「ラジャー!」」」
 皆森の一声で、群がってきた彼女のクラスメイト達によって問答無用で連れ去られた為、は再び抵抗虚しく、叫び声を上げるしかなかった。










「トリックオアトリート!」
 元気良くそう言って、狼に扮する菊丸がやってきたのは3‐1の教室。
 その後ろを項垂れながら、魔女の姿をしたが無理やり同行させられていた。
 皆森のクラスメイト達に無理やり着せられた黒を基調とした衣装は若者風に作られているのか、スカートの丈が膝下までしかなかった。
 しかも皆森がスカート丈はもう少し短い方が良いのではないか、などと言い出すものだからはそれだけはと、短くすることを断固拒否したのだった。
 そして校舎にはそぐわない姿をしてやってきた二人を3‐1のクラスの人達、主に女子達が待ってましたとばかりに群がってくる。
「待ってたよー菊ちゃーん」
「うわー似合ってるー」
「そうだろー?」
 嬉しそうに語りかけてくる女子達に、菊丸は得意気にポーズを取る。
 それを見ながら楽しそうだなぁ、とは他人事のように思うのだった。と、そんな時、
「はい、さん」
「え?」
 いつの間にか一人の女子が彼女の前に立っており、お菓子を差し出していた。
「ハロウィンで来たんでしょ、はい。お菓子をどうぞ」
 クラス委員長っぽい、落ち着いた雰囲気のある女子生徒が笑顔で渡してくるのに、はそうだったと思って慌てて受け取る。すると、周囲で見ていた男子達も用意してあったらしいお菓子を渡してきた。
「ほら、
「その衣装、よく出来てるなー自前?」
「まさか。演劇部から借りた衣装らしいの」
 一体、どれくらい前から連絡していたのかと思うほど、多くの生徒達がお菓子を渡してくるものだから、彼女は皆森の周到さに内心で呆れていた。
 菊丸の方でも女子達からお菓子を受け取っているのを横目で確認していた時、背後のドアから声がかかった。
「お前達、ここで何をやっている」
 感情の含まない落ち着いた声に振り返ると、教室に戻ってきた手塚がいた。と菊丸の姿を見て、彼はあからさまに驚いた表情になる。
「……何をしているんだ?」
「ハロウィンだよーお菓子を貰いにきたんだ」
「あぁ…」
 狼の姿で主張する菊丸に少しは耳に入っていたのか、或いはその姿と行動に呆れたのか。いつもは正論で返してくる手塚も、疲れたように相槌をするだけだった。
 そして近くのへ視線を向けて、少し意外そうに紡ぐ。
「お前もやっているとはな…」
「無理やりだけどね……変かな?」
 苦笑しながら首を傾げる彼女の姿を改めて眺める手塚は、少し間を置いて普段通りに告げた。
「…いや、おかしくはない」
「じゃあ、似合ってるかな?」
「あぁ」
 変化のないやりとりに、けれど周囲にいたクラスメイト達は『手塚がデレた――!!』と衝撃を受けていたのだった。
「――おーい、マジック余ってないかーってどうしたんだ?」
 そんな時やってきたのは隣りのクラスの大石で、教室内の異常な雰囲気に戸惑いを隠せなかったようだ。
「おー大石だー!」
「おわっ!何だ?英二、その格好は!?」
 元気よくとび付いてくる菊丸にますます困惑する大石に、今度は魔女姿のが説明をする。
「ハロウィンだから、お菓子を貰いに回ってるトコなの」
「あぁ、ホントにしてるのか…」
「というコトで、大石のクラスにも行っくぞー」
 次は3‐2だと意気込みながら、大石を連れだって教室を出ていく菊丸の後を追いながら。
 残りのクラスも回るのか、という憂鬱には途中で逃げ出そうか本気で考えたという。










 結局、一時間ほどで三年のクラスを周り。
 教室へ戻った時に彼らが大量に持ち帰ったお土産を、クラスメイト達は非常に喜んでくれたので。
 は、まぁ良かったのかなと苦笑したのだった。