文化祭準備で、普段以上に騒がしい放課後の校内。 越前はクラスで特に手伝うこともなく、テニス部の屋台の準備に参加していた。 今は先輩である桃城と買い出しの帰りで、桃城が押している彼の通学自転車のカゴには大量の荷物が入っていた。 自分の両手にも買ってきた荷物を持って校内の自転車置き場付近を歩いていた時、前方から明るい声が響いてくる。 「あーっイイの持ってるじゃん桃!」 そう言って走ってくるのは、昇降口から出てきたところの。その姿に隣りの桃城はあからさまにテンションを上げた。 「先輩じゃないっスかーどうしたんスか?」 立ち止まる彼らに、こちらへ駆け寄ってきたは明るく訊いてくる。 「二人で買い出しに行ってたの?」 「そーっス。先輩は?」 「私も今からクラスの買い出しに行くんだけど…」 言いながら彼女はチラリと、桃城が持つ自転車へ視線を向ける。 「その自転車って貸してもらえたり、する?」 上目遣いで訊く彼女に何かグサリときたのだろう、喜んでとばかりに桃城が自転車を差し出す。少なくとも、越前にはそう見えた。 「なんだったら、俺が運転して先輩が後ろに…」 「――不二ー!桃城が自転車貸してくれるって!」 「ホント?それは助かるなぁ」 だが桃城の望みも虚しく、一緒に来ていたらしい不二へとが呼びかけたところで、無念とばかりに桃城はガクリと跪く。 「…桃先輩って、絵に描いたように不憫スね」 「俺もそー思う…」 大して憐れには思っていないような声音の越前に、彼は力無く返すしか出来なかった。 「助かるよー買う物が多くてどうしようかと思ってて…――アレ?何でそんな落ち込んでるの?」 「何でもないっスよ」 状況を理解していないが不思議そうにするのに、越前が返す。納得はしていないようだったが、目的を思い出したようにやってきた不二へ自転車を渡す。 「じゃあ借りてくね、桃」 そう言って彼女は不二が乗った自転車の荷台に乗る。所謂、二人乗りだ。それを確認して彼が振り返る。 「、しっかり捕まってね」 「了解ー」 言われて彼女は躊躇いなく不二の腰に腕を回す。それに桃城が何か騒いでいたが、越前は全て聞き流した。 「じゃあ行ってきまーす!」 「…気をつけて」 走り出す二人に越前がそれだけ伝えると、少し驚いたが穏やかに微笑ってくれた。 彼らが遠ざかるのを見送っていると、まだ項垂れている桃城が横で呟く。 「…やっぱり、付き合ってんのかな。あの二人」 その言葉に少し目を見開いて、越前は振り向く。 「桃先輩は、先輩が好きなんスか?」 何気なく訊いたのだがよっぽど焦ったのか、彼は後輩に対して慌てふためいて弁解する。 「いやっそんなんじゃねぇけど、ほら。二人っていっつも一緒にいるし仲イイから、そうかも――って人の話を聞けよ!」 けれど然して興味はないのか、さっさと歩いていく越前に怒りながら慌てて荷物を抱えて桃城が追いかける。 と不二が付き合っているのかどうか。それに対して、越前は余り心配はしていなかった。 寧ろ、何か進展があったなら――それこそ二人が付き合うということになれば不二の性格上、黙ってはいない筈だ。 だが逆に今まで通りに接している方に、越前は疑問を抱いていたのだった。 桃城の自転車を借り、買い出しを済ませた帰り。 夕暮れも近い河川敷をが歩いている後ろを、カゴに荷物を乗せた自転車を不二は押して歩いていた。 本当はクラスの皆が待っているから、急がなければいけない。 けれど買い出しを快く引き受け、文化祭の準備中ずっと楽しそうにするを見て、不二は口には出せなかった。 いずれにしろ、彼女と二人きりという状況を不二が手放す筈もなかった。 「楽しそうだね」 声をかけると彼女は河川敷に広がる景色を眺めたまま、振り返らない。 「んー?何が?」 「文化祭の準備、だよ。凄く楽しそうに参加してるから」 言うとは振り返って、穏やかに微笑う。その姿を見て不二は思わず、足を止めそうになった。 「表に出てるなんて恥ずかしいなぁ……確かに、今まで文化祭なんて進んで参加するコトもなかったから楽しいけどね」 「立海にいた時はどうだったの?」 思わず訊いた言葉に、彼女が僅かに表情を落としたことを、不二は見逃さなかった。 「立海は附属だから中・高・大と合同で確かに盛大だったけど、その頃の私はテニスとかで…精一杯だったから、それを理由に逃げてたのかもね」 テニスしか見ていなかったというに、彼は疑問なく納得することが出来た。 転校当初の彼女を思い出したら、そうだったからかもしれない。但し、その立海との繋がりが欲しかったからだとは思うが。 不二が考えていると、前方のが『あぁ、でも…』と思い出したように続ける。 「文化祭の当日は、楽しんだ方がイイって言われて無理やり丸井とかにつれ回されたよ」 苦笑はしていたけれど、どこか懐かしくてやはり淋しそうな表情をする彼女に自転車のハンドルを握る手に力がこもる。 前に比べ、は昔の話――例えば立海にいた頃の話をしてくれるようになった。それは前より彼女が自分に心を開いてくれているからだと。判っているけど、辛いことには違いなかった。 「ホントに仲が良かったんだね。立海の皆と」 「仲がイイと言うか、お世話になってたって言うか……」 普段と変わらない口調で不二が言うと、は少し歩調を緩めて苦笑していたかと思うと振り向いて。 「立海の皆は、私に新しい世界をくれた人たちだから」 塞いでいた自分を引っ張って、護ってくれていたのだと。 いつか見た穏やかな微笑みで、彼女は話してくれる。それが嬉しいのか悔しいのか、不二は判らないまま不意に立ち止まる。 それに気づいたも立ち止まり、振り返ると彼は真っ直ぐに見つめて。普段と違った真剣な表情で、彼女に問う。 「なら、君にとって柳君はどういう人?」 訊いたその言葉にやはり驚いた彼女は、でも直ぐに苦笑したように呟いた。 「なんか、前にも訊かれたなぁ似たようなコト」 言いながら歩き出したは、それでも不二の思いを汲み取ってか真面目な顔をして吐いた言葉は、妙に現実味が欠けていた。 「……例えるならさ、私が王女だとしたら蓮二は騎士(ナイト)なんだよ。大袈裟に言えばね」 その言葉に、不二はわざとらしく苦笑する。 「自分が王女とは、大きく出たね」 「例えばって言ってるでしょ。それが一番近いんだよ多分、私と蓮二っていうのは」 彼女もそれが判っているのか、然して意を介さず笑って続ける。 「騎士は、確かに傍にいて王女の手助けをしたり叱ったりしてくれるけど。立場としては王女を護らないといけないから、常にその王女の前にいる……蓮二もそんなカンジ、なんだと思う」 声音こそ明るい感じではあったが、やはり淋しさを拭いきれてない彼女の言葉に、不二は黙って耳を傾けた。 恐らくそれは、の見解で柳自身は違うのかもしれないし、同じなのかもしれない。 でも少なくともそれは彼女の正直な考えなのだろう。自分はいつも、彼らに護られていたのだという。 それを聞いて、確かに自分もそんな立場になりたいと思った。 いつも彼女の傍にいて、彼女を護れたらどんなに良いだろう。 「良いね、それ。僕もなってみたいな王女の騎士に」 「不二?」 けれどもうその位置には、柳という存在が彼女の中にある。だったら―― にこやかに告げる不二に不思議に思ったが問いかけると、彼はハンドルを掴んでいた手を徐ろに彼女へ手を伸ばした。 「でも、どうせなら僕は騎士なんかじゃなくて…」 そのお姫様を連れ去る王子になりたいと。 言いかけたところで、軽快になった電子音によって遮られる。 「あ、電話だ。ちょっとゴメンね」 はそう言って、制服のポケットから携帯を取り出して通話に出る。 「もしもし…あ、菊丸」 『もー遅いよー!どこまで行ってんのさー』 相手はクラスメイトの菊丸のようで、帰りが遅いから電話してきたようだ。 「ゴメン・ゴメン。今・帰ってるトコだからさ」 『もう皆、待ちくたびれてるよ』 「ちょっと替わってくれる?」 申し訳なさそうに答えるにお願いして、不二は菊丸へと話しかけた。 「悪いね英二、直ぐに戻るからさ。それと――戻ったら覚悟しててね」 『えっ!?』 声は爽やかだったが、不二が発した不穏な言葉に訊き返せないまま、菊丸との通話は不二によって強制的に切られた。 「なんで怒ってるの?不二…」 「何でもないよ、急ごうか。あんまり遅いと桃城にも悪いし」 怪訝に訊くの問いを軽く流しながら、不二は自転車に跨がる。そして無言の促しに、も早く戻らないといけないのは判っているから素直に従い荷台に座った。 けれどやはり気になったのだろう。少し遠慮がちに、不二へと向けて訊く。 「……さっき、何を言いかけたの?」 「また、今度にでも言うよ」 そう言って不二は、遠くに見える青春学園の校舎へ向けて自転車のペダルをこぎ出す。 きっと、本当に伝えるべき言葉を言うのはそう遠くではないだろうと。 心の片隅で、思いながら。 |