数日経った、校内が文化祭の準備で忙しくなり始めた頃。
 放課後の空いた時間に、は皆森と一緒に今は引退している女子テニスの部室へと来ていた。
「へぇー女子部は駄菓子屋するんだー」
「はい。結構、本格的なんですよ」
 そこでは後輩で一年生の桜乃が、その文化祭で出すという駄菓子屋の看板作りをしていた。他の部員達は、材料などを集めに行っているらしい。
 そして達は話を聞きながら、その手伝いをしていた。
 可愛い後輩が頑張ってるんだもん、私達も応援しないと!――ということらしい。皆森曰く。
 もそれには賛同したので、一緒に手伝っているという訳だ。
「そういえば、男子部はタコ焼き屋サンするそうですよ!」
 元気に言うのは、なぜかテニス部員ではないのに部室にいる朋香。
 けれど彼女は桜乃の友人で一緒に看板作りを手伝ってくれているから、追い出す者はいなかった。
 そんな中で、はタコ焼き屋をするという男子部の方が気になった。
 まだ大石達のような、部員を引っ張ってくれる三年生がいた時に比べて、二年生が引率し始めてから2ヶ月と経ってはいない。
 勿論、練習や試合に関しては経験してきたものがあるから、心配はないと思っている。
 だが文化祭のような、慣れていないことで協力しなければいけない行事に関しては、少し不安が残る。
 そこまで考えて、余計な心配かな。と彼女は思い返した。
 いざという時は喧嘩しながらでも、なんとかやってきた彼らだ。その辺は根性でやりきるだろうと。
 そんな杞憂を内心でしていた時、朋香が振り返ってへと尋ねる。
先輩のクラスはどんな出し物をするんですか?」
「んー?喫茶店だよ」
「コスプレのねー」
 それに対してにこやかに答えると、隣りの皆森が余計な一言がつけ足した。案の定、後輩の二人は少し驚いた顔をしている。
「コスプレって言うと、語弊があるんだけど……ちょっと仮装するだけだよ」
「えーそれがコスプレって言うだよー?」
「……メイドとかいないよ?」
「いないのっ?」
 何を期待していたのか、のメイドはいない発言に彼女は予想以上に驚愕する。
 勿論、その案も話し合いの中で持ち上がった。主に男子から。
 だが時間や予算などを考えると人数分のメイド服を用意するより、色んなトコから借りたり奇抜にしたほうが、宣伝になるから効率的だという話にまとまった。あと、多少なりとも女子からの反対もあったからだ。
 だからクラスの方では『仮装喫茶』と銘打ってあるのだが、そういう考慮を説明しても興味はないだろうな、この人は。
 と思ったは敢えて言わずにいると、やはり気になるのか朋香が再度・尋ねてくる。
「それで、先輩は何を担当するんですか?」
「私はホール…ウエイトレスだよ」
「へー何を着るんですか?」
「それは見てのお楽しみ」
 楽しそうに訊いてくる朋香達に、少し恥ずかしく思いながら彼女も笑顔で答える。自分が着るのは学ランだから言えることもあるが。
 けれどもし、朋香が来た時に誰のか訊かれたらマズイかなと思っていると、以上にニコニコした人が口を開く。
「楽しみだなぁ。デジカメ持って必ず行くねー」
「いや、出来れば君は来ないで」
 グッと親指を立てて愉しそうにする皆森に、彼女は即答した。
 見られるのは良いが、写真を撮られるのは果てしなく嫌だとは思う。残ってしまうからだ。
 早くも皆森に話したことを後悔し始めている時に、傍に置いてあった彼女のカバンの中の携帯が着信音を鳴らしていた。
「あ、ちょっとゴメンね」
 断りを入れて、は携帯を持って部室を出た。そして部室の壁を背にして通話に出る。
「もしもし?」
『――あ、?俺だよ、丸井ー』
「…どうしたの?珍しいね、こんな時間に電話してくるなんて」
 電話の相手は、立海大附属の丸井からだった。
 時間的にはまだ学校にいると思われる時刻にかけてくるなど珍しいから、彼女は無意識に首を傾げる。実際、彼が電話をかけてくる自体、珍しいことではあるのだが。
 そんなことを考えていると、電話口の向こうの丸井がいつも通りの明るい声で訊いてくる。
『お前んトコの文化祭って、いつ?』
「いつって、来月の始めだけど…」
 今・正に準備中の文化祭のことを訊かれ、答えると彼はあっさり続けた。
『そっか。りょーかい、じゃなー』
「って、用件はそれだけっ?」
 用事は済んだとばかりに通話を切ろうとする丸井に、思わず訊き返す。するとどう受け取ったのか、彼の声音が楽しさを帯びて答えた。
『何だ?俺ともっと話したいのか?
「そうじゃないわよ。それだけ訊くならメールでも良いじゃない」
『だってよーお前だって、なかなかメールくれねぇし。話したかったんだよ』
「っ…それは、こっちも悪いとは思ってるけど…」
 いつもの調子なのにそんなことを言われては、こっちの調子が狂ってしまうとは顔を伏せる。
 前から思っていたが、丸井という人物は恥ずかしいと思うことを平気で言うところがある。素直というか、彼女からしたら羨ましいことだった。
 思わず突き放すような口調になってしまうに慣れているのか、気にしている様子のない彼は一拍置いて改めて訊いてくる。
『…元気か?
「うん、元気にやってるよ。勉強とか文化祭の準備で大忙し」
『うわー勉強のコトは言うなよ…考えたくない』
「そんなコト言って、ちゃんとやらないと進学できないかもよ?」
『真田と同じコト言うなよ〜』
 声と同様で、穏やかな表情のまま丸井と話が出来ることが、内心で彼女は少し嬉しかった。彼の声を聞くのも久し振りだったからかもしれない。
 暫く他愛もない話をして、まだ準備が残っているからと伝えて切ろうとすると、丸井が少し沈黙する。
「…?どうしたの?」
『……柳と代わらなくてイイのか?』
 気を使ってなのか、少しらしくない声で訊く彼に驚いた後、溢れるようには苦笑した。
「別にイイよ。話すこともないし」
 以前の彼女なら、代わってと言っていたのかもしれない。
 けれど今は柳と話すことに、重要性を感じない。――話したくない訳じゃない。話さなくて良いのだ。
 それはきっと彼女の中で余裕が出来たことなんだと、自覚することが誇らしかった。
『そっか。じゃあまたな、…――あ、それと』
 の返答に、特に追求はせず丸井は通話を終わらせようとして、とんでもないことを吐き捨てた。
『文化祭、皆で遊びに行くからなーじゃ!』
「えっ!?」
 聞き捨てならない台詞に、訊き返そうにも丸井との通話は既に切られていて、後には呆然とするだけが残る。
「そ…そういうコトは、先に言いなさいよ丸井〜〜っ!!!」





 早まったことを言ったと後悔するも、時既に遅し。
 立海メンバーに学ラン姿を見られるかもしれない恐れに、テンパっていた彼女は。
 部室に戻ってから皆森に、今からウエイトレス辞退出来るかな!?と相談したものの。
 『ムリでしょー』とにこやかに却下されたことに、深く落ち込むのだった。