「えーちぜーんっ」
 10月も中旬に差しかかった、ある日の青春学園。
 三年生のは、昼休みに後輩の越前がいる一年生の教室へとやって来ていた。
 その彼女の後ろには、同級の不二や菊丸も一緒について来ている。
「…何スか?先輩たち」
 声をかけられて振り向いた彼は、の姿を見て不思議そうにしたが。
 後ろにいた不二と菊丸の姿で不審に思ったのか、廊下にいる彼らの許へと歩いてきた越前はいつもよりテンションが低くかった。
「ゴメンね、だけじゃなくて」
「何?いきなり」
「……誰もそんなコト言ってないっスよ」
 それが即座に判った不二がわざと声に出すが、当のは気づいていないようで首を傾げる。けれど彼女は、ここへ来た用事を優先させることにしたらしく。
 は前触れもなく、笑顔で彼に右手を差し出した。
「越前の学ラン、貸して?」
「は?」










 Preparatory Period










 不意をつかれた為なのか、言われるまま越前は着ていた学ランをへと渡す。
 そして貸してと申し出た彼女は、その場で制服の上からそれを着た。
 身長的にと越前が近いとはいえ、やはり成長期の男子用として作られているからか、彼女には少し大きかった。
 それでもどこか楽しそうに、は試着した学ランを広げて見せた。
「うん。ちょっと大きいけど、動きやすい」
「そっか、じゃあ越前ので決まりかな?」
「……一体、何なんスか?」
 少し袖に隠れる手を上げながら言うのに、不二が笑顔で答える。
 けれど持ち主で今はカッターシャツ姿の越前は未だ戸惑ったままで、それに気づいたが慌てて彼へ向き直る。
「あ、ゴメン。まだ説明してなかったね」
「実は僕たちのクラス、文化祭で喫茶店をやることになったんだけど…」
 不二がそこまで言うと、それと学ランが何の関係があるんだ?という表情をする越前に、菊丸が更に混乱させる言葉を言い放つ。
「コスプレ喫茶するんだぞー」
「は??」
 ますます判らないという顔になった彼に、苦笑しながらが伝える。
「えっとね、ちゃんと説明するね」


 本日のホームルームで、達のクラスでは文化祭での出し物を話し合った。
 そして喫茶店をやることになったのだが、普通のお店ではつまらないと、少し変わった趣向の喫茶店になった。
 それは仮装――所謂、コスプレ喫茶にしようということになったのだ。
 割り当ては男子がお店の準備、女子が当日のホールとキッチンを担当することになり、各自の役割はクジで決まった。
 コスプレと言ってもそれほど時間がある訳ではないから、学生が用意出来る範囲の制服や部活などで使うユニフォームを借りようという話になった。
 そしてが引いた役割は、接客担当であるホール。
 書かれていた文字は、"学ラン"だった。


「それで、越前に学ランを借りられないかなって」
 事情説明をしている間、男子の制服を着ていることで、は廊下を行き交う生徒達の注目を集めていた。
 だが気づいていないのか、慣れてしまっているのか。気にすることなく彼女は越前の疑問への説明をし終える。
 けれど黙り込んでしまった越前に、少し唐突すぎる話だったか?とが思っていた横で、菊丸が不機嫌に抗議する。
「おチビじゃなくて、俺の学ラン借りればイイじゃーん」
「だから、菊ちゃんのじゃ大きすぎて物が運べないでしょ?」
 菊丸の意見に、彼女は呆れるように肩を竦めた。
 より明らかに背が高い菊丸の学ランでは、袖が長すぎてお客へと商品を運ぶ時に不便で仕方ないかもしれない。
 接客には不向きだと却下されて拗ねる菊丸は置いといて、彼女は再度・越前へお願いする。
「それで背が同じくらいの越前に頼もうと思って……ダメかな?」
「……何か、すげぇ複雑なんスけど」
 両手を合わせて可愛くお願いするに、何か葛藤があったのか。彼は珍しく何とも複雑そうな表情を表に出していた。
「え?…複雑?」
 その理由が判っていない彼女は、首を傾げるしかなかった。
 堪り兼ねたのか、隣りにいた不二が苦笑を押し殺したように笑う。
「まぁ…先輩とはいえ、女の子と身長が同じっていうのは悔しいよねぇ」
「はっ!」
 言われて自分が失礼なことを言ってしまったことに気づいたは、彼女にしては珍しく慌てふためいた。
 いくら越前が(極端に言えば)クール寄りの部類に入ると言っても、やはり男子なのだから身長を気にしてない訳がない。
「あっでも越前、最近・身長伸びてきたんじゃないっ?前はちょっと見下ろしてたけど、近頃は目線が合ってきてるし!」
「フォローしてるつもりで、ちょっと傷つけてると思うけどなーそれは」
 焦った口調でが言い足してみるが、珍しく呆れたように菊丸からツッコまれてしまった。
 二の句が告げなくなった彼女は縮まって、お…おっかしいなーと首を捻った。
 しかし実際のところ、彼らがと出会った頃に比べて、越前の身長は確かに伸びてきている。
 彼女はそれを伝えたかったのだが、なぜか追い込まれている状況に素で落ち込んでいた。
 そしてそんな彼女を見て、越前達は内心で楽しんでいたのだった。
「…イイっスよ」
「え?」
 目前で端的に言われた言葉の意味が判らなくて、が顔を上げて訊き返すと、越前はまるで観念したように学ランを指差す。
「ソレ。学ラン、貸してあげるっスよ」
「良いの?」
「はい。……まぁ、役得っスしね」
「?」
 なんとなく笑っているような越前に、彼女は頭上に?マークを浮かべていたが、それは不二の遮るような質問で消える。
「ところで、越前のクラスは何をするの?」
「えっと…確か、劇だったかと」
「おチビ演技するのっ?」
「いや、俺は出ないっスから」
 自分のクラスの出し物には全く興味がないような越前と、菊丸達の会話を聞きながら。
 は自分が着ている学ランが越前の物なんだなと、内心で改めて思い。
 こっそりと、微笑んでいた。