二学期も1ヶ月が過ぎ、残暑も薄れ始めたかという10月の初旬。
 通常通りの授業が終わった放課後の校舎の廊下を。
 私は20センチ以上の身長差がある乾と、並んで歩いていた。
「悪かったな、。手伝わせてしまって」
「ホントだよー今度奢ってね」
 少し済まなさそうにする彼へ、悪戯に返しながら私は笑う。
 彼が言っているのは、乾が先生に図書館での仕事を頼まれていた時、偶然・通りがかった私にも声が掛かり手伝ったことに対してだ。
 仕事と言っても単なる新書の整理だったし、手分けをすれば直ぐに終わるような作業だ。私も時間はあったし、本は好きな方だから新書でもチェック出来て割りと楽しかった。
 今はそれも無事終了して、教室へ荷物を取りに戻っているところだった。
「では、お礼に特製野菜ジュースを…」
「――それは結構」
 どこまで本気なのか判らない彼に、私は本気で拒否した。
 そんな肉体的・精神的にも苦痛にしかならないお礼を受けるくらいなら竜崎先生のスパルタ指導を受けた方がマシよ。……いや、アレも体力的には問題あるけど。
 全力で拒否されたことに、まだ納得していない様子の乾は置いたまま歩いていると。廊下の窓の外から聴こえる部活生の掛け声に、私はふと思い出した。
「そういえば、もうすぐ新人戦だね」
「あぁ、そうだな」
「皆、今頃・頑張ってるんだろうね」
 テニス部では近々、新人戦が控えていた。
 三年レギュラーが引退し、ニ年が部員達を率いて新しくレギュラーになる一年がいる。男子テニス部は恒例の校内ランキング戦でレギュラーメンバーを決めたようだ。
 そのことを思い出しながら、まるで自分のことのように私は新人戦が楽しみだった。
「試合、観に行くんでしょう?乾」
「…あぁ、大石達がそう言ってたな」
 まるで他人事のように言うけど、多分・彼も観に行くのだろう。そんなことを話していた時、乾がある教室の前で唐突に立ち止まった。
「どうしたの?」
 気になって彼が視線を向けている教室へ顔を傾けると、そこには手塚の姿があった。
「あ、手塚だ。今帰り?」
 自分の机前で帰り支度をしている彼へ声をかければ、手塚はゆっくりと振り向く。
「あぁ、お前達か…」
「…どうしたの?そのプレゼントの山」
 見ると彼の机上には、色とりどりなプレゼント達が置いあった。無断で教室へ入っていく私と乾に、手塚は疲れたように溜め息を吐く。
「…何故か、今日はやたらと貰うんだ」
 どうしてか本人も判らないといった感じに、私は少し呆れた。
 まぁ、得てしてモテる人というのは自分がモテることを自覚してないものだけど、ここまでくるとあげた子達が可哀相だなー。
 そう思って、両手では抱えきれないであろうプレゼント達を見て、一つのカードが目に留まる。
「Happy Birthday?……今日、誕生日なの?手塚」
 訊いてみると彼は少し目を丸くした。おや、この反応は……。
「10月7日はお前の誕生日だろう、手塚」
 流石の乾も呆れて言うと、一瞬固まった手塚が考えているような素振りの後に言った。
「……そうだったか?」

 いや、自分の誕生日でしょ!

 もうおっさんのような発言の手塚に呆れるしかない。これは本格的にファンの子達が可哀相だなぁ。
 やっと自分が貰った理由を理解した手塚だけど、それでもまだ困っているようだった。
「だが、どうやって持ち帰るか…」
 とてもじゃないけど、彼のカバンに入るような量じゃない。
 考えた末なのか、手塚は私達に向けて言った。
「二人共、貰ってくれないか?」
 その場が凍ること、およそ3秒。
「いやいやいや、ダメだよっ手塚!? これは女の子達が君の為に選んでくれたモノだから」
「流石にそれはどうかと思うぞ、手塚」
 二人に言われて思い直したのか、また考え込む手塚。
 ……こんなこと思うのも失礼だし、本人に言ったら絶対・嫌な顔するだろうけど――…なんだか、可愛いなぁ。
 慣れてないことへの戸惑いもあるのか、ずっと悩み続ける手塚に居た堪れなくなって私は苦笑する。
「判った。私が紙袋持ってくるからちょっと待ってて、教室に置いてるのがあるの」
「…済まないな、助かる」
「なんのなんの」
 そう言って教室から出ようとして、私は不意に立ち止まった。
 少し躊躇ったんだけどこのまま動かないのも彼らに不審に思われるだろうと、私は手塚達へと振り返って告げる。
「て…手塚。誕生日、おめでとう」
 思いの外、上擦ってしまった言葉に、手塚は驚いた表情をしていた。
 今まで家族以外で他人の誕生日を祝う言葉なんて、前にいた立海の皆にしか使ったことがなかったから緊張してしまったんだけど。
 それを気づいていたのか否か、それでも手塚は有難うと返してくれた。
 その表情は、僅かに微笑っていたような気もした。










 手塚達と別れ、私は帰る為に昇降口の靴箱へと来ていた。
 まだ夕暮れまで時間があるな、と考えた私は参考書が必要だったのを思い出して、本屋へ向かうことを決めた。
 そういえば、どこかへ寄って帰るなんて久し振りだ。
 部活を引退した今となっては、そのまま帰るかジムに寄るかぐらいだった。
 たまに男子テニス部へ顔を出すこともあるけど、新人戦が近い今・皆の邪魔はしたくなかった。
 けれど校舎から出て歩いていたところで、大事なことに気づく。

 そういえば私、本屋がどこにあるか判らないよ!

 いや、探せば本屋なんてどこにでもあるけど、自分に合った本を見つけたいから出来るだけ大きな書店へ行きたい。でも転校してきてから時分、買い物は近場で済ませていたし自分で自覚しているほどの方向音痴だから、書店を探している内に陽が暮れちゃうかも……。
 そんなことを校門前で立ち止まったまま、悶々と考えていると声をかけられた。
「――何してんスか?先輩」
 声のした方へ顔を向けると、そこには制服姿で不思議そうな表情の越前がいた。
「あれ?越前、部活は?」
「今日は早めに終わったんス。先輩は?」
「私はね、えーっと…」
 彼の質問に答えようとして、私はそこで悩んだ。越前にお願いして本屋へ案内して貰おうかを。
 別に迷子になるかもと言うことが、恥ずかしいのではない。
 この間の保健室でのことがあってから、何というか…越前と二人きりという状況が気恥ずかしいような気がするのだ。
 でも本屋には行きたいし、照れがなんだとそう割り切ろうと私が一人で悩んでいる間も、不思議そうにしていた越前へ意を決して振り向く。
「えっと、越前。この後ヒマ?」
「え…何でっスか?」
 唐突な質問に案の定、驚いて越前が訊き返してくる。
「いや、私・本屋に行きたいんだけど場所が判らなくて、越前に案内して貰いたいなーって。あ、用事があるなら断ってくれてイイから」
 なぜか自分でも判らないけど戸惑いながら伝えると、彼はまた驚いたように目を丸くしたかと思えばどこか笑ったように答えた。
「イイっスよ」
「えっ…良いの?」
 訊き返した時には、普段通りに越前が告げる。
「俺、これからスポーツショップに行こうと思ってたし。そこ、結構大きいショッピングモールみたいになってて本屋もあるからそこでイイなら」
「うん!じゃあ一緒に行こう」
 ショッピングモールってことはそれなりに書店も大きいだろうし、お願いして良かったと思っていると、なぜかまた越前が笑ったような気がした。
「なんか、変んスね。先輩」
「え、何が?」
「前なら訊かなくても、ムリヤリ案内させそうっスけど」
 どこか楽しそうに言う彼に、私は少しムッとしてしまう。
「えーそんな傍迷惑じゃないよー私は」
「いや、実際そうだったスから」
「う…」
 割りと真面目に肯定されて、私は呻くしかなかった。

 何でか最近、彼には言い返せないような……。

 それでも言われっぱなしは悔しいから、わざと声を荒らげて言い返す。
「越前は前より生意気さに可愛げがなくなった!」
「大人になったんスよ」
「…やっぱり生意気だなー」
 前は私が構っても素っ気なかったのに、こうもまともに反論されると面白くないと思いながらも。
 少しずつ越前との距離が縮まっているようで、嬉しくもあった。
 私はそんな思いを内に秘め、越前と一緒に街へと向かった。