昼休みの騒がしい廊下を、私は上機嫌で歩いていた。 片手にはシンプルな青い柄のお弁当包み。 今日はいつもより早起きしたから、珍しくお弁当を作ってみたのだ。単なる気まぐれだったけど中身は割りと自信作。 そんな訳で、今は購買部へお茶を買いに来たところだ。 「ん?」 歩いていると前方に背の高い後輩の姿を見つけて、私は声をかけた。 「やっほー桃」 「あ、先輩じゃないっスか」 片手に大量のパンを抱えた、テニス部の後輩で2年の桃城。 いつも思うけど、よくそんなに食べられるもんだなー。まぁ・スポーツ選手は体力勝負だし、常人よりはお腹は空くだろうけど。 「先輩も昼メシ買いに来んスか?」 「いや、今日はお弁当作って来たんだよ」 「へぇー珍しいっスね」 手に持ったお弁当を見せながら、購買部でペットボトルのお茶を購入する。 「じゃあ、一緒に屋上で食べないっスか?タカさん達とかもいるんスよ」 思いついたように桃城から誘われて、私は少しだけ考えた。 確かに今日は天気も良いし、屋上で食べるのもイイかもしれないと思い、彼の誘いを受けることにした。 桃城と雑談しながら屋上へ向かうと、そこには思ったより人がいた。 「買って来たっスよ先輩ー」 「ここにいたんだ、菊ちゃん」 「おーもココで食うことにしたんだー」 そこには昼休み開始と同時に教室からとび出してった菊丸に、隣りにはタカさん。他には後輩でパンを食べている越前に、珍しく(やはりお重を広げている)海堂もいた。 このメンバーの所為かは判らないけど、屋上には彼ら以外にいなかった。 う〜ん、相変わらず目立つ人達だなーと苦笑しながら、私もその輪に加わる。お弁当を広げると越前が声をかけてきた。 「…今日は弁当なんスね」 「そだよーちょっと早起きしたから自分で作ったの」 いただきます、と手を合わせて食べ始めると、タカさんが私のお弁当を覗き込んできた。 「へぇ、結構・凝ってるね」 「今日は時間があったからねー」 いつもは簡単なモノか、購買部で買って済ませるんだけど。今日は時間の余裕と食品が揃っていたから本当に気まぐれだったんだけど、褒められると嬉しいモノだなー。 内心で照れていると、聞きつけた菊丸も覗き込んでくる。 「いいなー。何か1個ちょうだい!」 「何でよ、君には桃が買ってきたパンがあるでしょ」 「もう食べちゃったよー」 「早ッ」 あっさり告げる彼に私は思わずツッコんだ。この短時間でか! 食べ足りない〜と呟く菊丸に、仕方ないと溜め息を吐いてお弁当を差し出す。 「いいよ、1個だけね」 「やったー」 手放しで喜ぶ彼は、卵焼きを一つ取って口に放り込む。 味付けをちょっと甘くしたから口に合ってたかな、と考えていたら今度は横から桃城が食いつく。 「俺にもちょうだいっスよ先輩」 「いや、君は海堂のお重でも貰いなよ」 「何でっスか!?」 思わず返した台詞に、なぜか桃城は泣きそうだった。 あ、しまった。パンを大量買いしてがっついてた癖に、人のおかずを催促してくるから思わず本音が出てしまった。失敗・失敗。 「あーゴメンゴメン。だって、そんだけ買い込んでるんだからいらないでしょ?」 「そういう問題じゃないんス!俺はお弁当が食べたい訳で…」 「俺のはやらないからな」 「いらねぇーよッマムシのなんか!」 何をそんなに焦っているのか、騒ぐ桃城を無視して私は昼食の続きを摂る。 すると、屋上の入口から声が聞こえてきた。 「――やっぱりココにいたか、皆」 「相変わらず、賑やかだね」 やって来たのはお弁当を持った大石と不二で、騒がしい私達にいつものことだと苦笑気味だ。 「遅いよー2人とも」 「悪い、先生に捕まっちゃってさ」 「も来てたんだ、今日はお弁当?」 「そうだけど…私がお弁当って珍しいかな?」 「うん。いつもおにぎりとかパンだしね」 言われて確かにそうだけどーと思うも、そこまで珍しがられると逆に心外だな。……いや、確かにあんまり普段から食べないんだけど。お弁当もちょっと作り過ぎた感はあるんだけど。 悩んでいると、隣りで我関せずとばかりにパンを頬張っていた越前が気になって振り向く。 「…そういえば越前は今日、お弁当じゃないんだね」 「……ちょっと、寝坊して」 素直にパンである理由を話す彼に、少し考えて彼に向き直る。 「それだけじゃ、部活まで持たないでしょ?良かったら食べる?」 「え?…イイんスか?」 「うん。ちょっと作り過ぎちゃったしね〜」 戸惑う越前に笑顔で答えると、じゃあと残っているおかずを見て彼はブロッコリーを取った。おや、控えめだなぁ。 「もっとおかずらしいの取りなよ。ホラ、コロッケとか」 「うっス…」 遠慮しないでイイよー、と勧める私に照れながらも越前がおかずを貰ってくれる。 そんなコトをしてたら海堂と言い合っていた筈の桃城が、目聡く気づいて声を上げた。 「あ――ッ!何で越前にはあげるんスか先輩!ズルイっスよ!」 「越前は育ち盛りだからイイの」 「何スかその理由っ?」 「本当、越前には甘いんだね」 「不二…笑顔で黒いオーラ出したまま弁当のご飯を捏ね回すのはやめろ。怖いから」 身を乗り出してくる桃城に、横の方では笑顔を振り撒いてる割りに恐怖しか与えない不二を、大石が勇気を出して宥めていた。 いやだって、焼きそばパン1個とか持たないでしょう。タダでさえ育ち盛りの男子中学生で、放課後にはハードな部活が待ってるんだから勢力つけないとー。 それが贔屓であることには気づかず、残りのおかずを食べていると再び菊丸が催促してきた。 「俺もまだの手料理食べたいなー」 「いや、これ以上貰ったらの分が無くなっちゃうよ」 まだ貰おうとする彼に、タカさんが苦笑しながら止めてくれる。やっぱ良い人だなぁ。 「でもの手料理っていうのは、確かに魅力的だよね」 「またそんなコト……合宿で散々作ったじゃない」 「判ってないなー。手作り弁当っていうのがイイに決まってるだろー」 よく判らないコトを話す彼らに、私は無意識に肩を竦めた。そんな良い食材使ってないんだけどなー今日のお弁当。 不思議に思いながらお弁当をつついている間も、頭上では会話が続く。 「越前も英二先輩も食べたんだからイイじゃないっスかー!俺なんてパンしか食してないのに…っ」 「いや、君はいつもパンでしょ」 「俺も先輩のお弁当食べたいんスよ!」 「ぶっちゃけたっスね桃先輩…」 「だったらに作って貰えばイイじゃーん」 菊丸の軽い言葉に、一同が動きを止める。 ん?それは私が桃のお弁当を作ってあげるってコトかな? 首を傾げていると一番驚いていた桃城が、戸惑いながら訊いてくる。 「え…作ってくれるっスか?先輩……?」 「まぁ、1人分くらいなら……あ、期待しないでね?早起き出来ればだし、有り物でしか作れないし…」 「じゅ…充分っス!」 どうして作ることになっているのかは判らないけど、作れないこともないから考えながら答える。まぁ、パンだけじゃ栄養偏るしねぇ。 「それじゃ、僕もに作って貰おうかな」 「あ、俺も俺もー」 「えー1人以上はちょっと…」 面倒臭いと言うのは伏せて困った顔をする。自分のも面倒なのに、それ以上の分なんて時間がかかってしょうがない。 けれど1人にだけ作るのは不公平だろうというのが、彼らの中にもあったのだろう。頭を悩ませていると、言い出しっぺの菊丸が立ち上がる。 「よし!ここは勝負して、勝ったヤツがの手作り弁当を獲得ってコトにしね?」 「良いっスね!ノった!」 「え?何で?」 賛同する桃城に、私は思わず素でツッコむ。 別にお弁当を作ることは構わないけど、何でそんなにテンション高いの? 「それならテニスで勝負をつけようか」 「いや、今からじゃ無理だし何でそんな本気なんだ?不二」 「勝負するからには、いつでも真剣だよ僕は」 「それは判るけどもっと簡単なモノで良いんじゃないかな?」 「トランプとか?」 「誰も持ってないだろ、そんなの…」 だから何でそんなに勝負に拘わろうとするの? 「タカさんの言う通り、簡単なのでイイんだよ!ジャンケンするよジャンケン!」 私の素朴な疑問を余所に、ヒートアップする彼らの会話をまとめたのは珍しく菊丸で、けれどなぜかその場の(私以外)全員を巻き込むのだった。 「これで勝った1人がに手作り弁当を作って貰える!全員参加だから、海堂とタカさん達もな!」 「えぇっ?俺もっスか!?」 「当たり前だろ。既に食べたおチビちゃんも参加するんだから」 「越前っおま、図々しいぞ!」 「全員参加と先輩が言ってるもんで」 「なんだか、おかしなコトになったなー…」 半分がやる気満々、もう半分が戸惑っているという中で。 恨みっこなし・真剣勝負のジャンケンが、お弁当を食べ終わりお茶を啜る私の目の前で始まろうとしていた。 「「「ジャンケン――…」」」 ――結局、昼休み終了間際まで続いたお弁当争奪戦(?)は。 一発目で1人勝ちしたタカさんに決定したのだが。 自分はいつもお弁当を持ってきているからイイよ、と優しく断ってくれた彼の好感度が私の中で急上昇しただけだった。 †END† 書下ろし 11/04/23 |