時刻は、日付も変わりかけている深夜。 室内を支配する音は時計の秒針のみで、静寂な自室で は机に向かっていた。 いつもの習慣で、授業の復習と予習をしようと思うのだが、中々手につかない。 「はぁ……」 無意味な溜め息を吐いて、彼女は机に突っ伏した。何をやっているんだろうと思う反面、原因は本人にも判っていた。 ゆっくりと目を閉じて思い出すのは、昼休みの屋上での越前リョーマの眼差し。 『先輩にはいるんスか?……大切な人って』 その言葉を反芻して彼女は起き上がり、机の一番上の引き出しを開けた。そこには以前、忍足から貰った少し古びた一枚の写真。 自分や忍足がまだ、幼かった頃の姿がそこにあった。 そしてまだ、真斗が生きていた頃の写真。 越前の言葉で思い出していたのは、弟の真斗のことだった。それは昔から身に染みついていたことで、彼女にとっては自然なことだった。 けれど今までと違っていたのは、真斗のことを思い出しても苦しくはないことだった。 それはきっと自分を導いてくれた立海の皆のお陰で、越前の質問にも素直に頷けた。 ――だってそれには、越前の力も大きいのだから。 そして、には気になることが一つ。 『それって、選手としての俺?それとも…』 その、言葉の続きが妙に気になった。 越前のその時の瞳は、見たことない程に真剣なモノで、目を奪われた。 なぜかそこにいたのは、いつもの生意気な後輩としての越前ではなく、異性としての――1人の男の子としてだったような気もした。あくまで自分の錯覚ではあるのだろうけれど。 そして、同時に気がついた。もう越前を、弟と重ねることはなくなったのだと。 それが嬉しいのと落ち着かないと思いつつ、はまた机に突っ伏した。 なぜか、越前に掴まれた腕に熱を感じながら。 DECLARATION 翌日、朝の生徒達が登校してくる昇降口。 そこへが息を切らせて駆け込んできた。それに靴箱前で居合わせた不二が気づいて声をかける。 「…おはよう、」 「おっはよー不二…はぁ」 笑って挨拶を返すも、息を整えるよう肩を竦める彼女に、不二は意外そうに訊く。 「珍しいね、寝坊したの?」 時間的には登校時間に間に合っているのだが、の慌てようを見て尋ねてみると、彼女は誤魔化すように苦笑した。 「あはは……昨日、遅くまで起きちゃってて…」 まさか考えごとをしていて、そのまま机で寝てしまったとは言えなかった。おまけに何だか体調も悪い気がする。 それを悟られないようにが明るく振る舞って自分の靴箱まで行くと、不二が何かに気づいてフッと微笑う。 「――ちょっと、ジッとしてて」 「え?」 振り向くと、不二が手を伸ばしてきて彼女の髪に触れてそっと撫でる。 「寝癖を直す時間もなかった?」 「う…急いでたから」 クスクスと笑いながらはね上がっている髪を撫でる彼に、は唸りながらも大人しくしていた。 だが寝癖が頑固なのか楽しんでいるのか、中々手を離さない不二に流石の彼女も恥ずかしくなり、慌ててその場を離れる。 「っもうイイよ。後で整えるから!」 「えー?折角、整えてあげてるのに」 名残惜しそうに言う彼に、その好意は多少なりとも感謝はしないでもないがと心の隅で思いながらもはズンズンと先に進む。 いくら登校ラッシュの時間ではないとはいえ、ここは生徒達が行き交う昇降口前だ。目立ちたくはない。 「それに、手ぐしで直る訳ないよ」 「まぁ、確かに中々直りそうにないね、そのハネ」 「…そんなにはねてる?」 「うん。面白い具合に」 未だに楽しそうな不二に、一体どんなはね方をしてるんだと焦りながらは彼と足早に教室へ向かった。 その背を、越前が見つめていたことには気づかずに。 |