Clear 二学期も始まってから、暫く経った頃。 俺がその日、昼休みに教室で弁当を食べていると。 「あーいた!リョーマ様――っ!!」 唐突に後ろのドアから、室内に響き渡るほどの甲高い声が聞こえた。 呼ばれたのは明らかに自分だったけど、俺は振り返らず少し眉間に皺を寄せる。 けれどなぜか当たり前に教室へ入ってきた小坂田に、目の前でなぜか一緒に昼食を摂っていた堀尾が立ち上がり叫ぶ。 「またお前かよ!勝手に入ってくんなよなー」 「うるさいわね。アンタに用はないのっ私はリョーマ様に会いに来たの!」 言い合う二人には構わず、俺は食事を続ける。 すると、小坂田と来ていた竜崎が遠慮がちに声をかけてきた。 「あの、こんにちは。リョーマ君…」 「……ども」 俺は一瞥して、買っておいた缶ジュースに手を伸ばす。 喉を刺激する炭酸を味わっていると、堀尾と飽きずに言い争っていた小坂田が振り返る。 「あ。リョーマ様、私・さっき見ちゃったんですよ」 「何をだよ?」 「アンタには言ってないっ」 愉しそうな顔で言うのに堀尾が問えば、邪魔するなとばかりに小坂田は睨む。 「…で、何を見たって?」 早くこの現状から逃れたくて俺が促すと、小坂田はぱっと振り返って身を乗り出す。 「それがですね…実は、あの先輩が見知らぬ男の先輩と一緒に廊下を歩いてたんです!」 無駄に声を張り上げたその言葉に、机に缶を置こうとした手が僅かに止まる。 「それがなんだって言うんだよ」 けれどそれは表に出さず、興味ないとばかりに弁当のおかずを口に運んでいると堀尾が不思議そうに訊いて、小坂田は呆れたように肩を竦めた。 「にっぶいわねー。親しくもない男女がどこかへ向かうって言ったら、告白しかないじゃない!」 「そうなのか!?」 「と…朋ちゃんっ」 拳を握って尚も声を大にする小坂田に、堀尾は驚いて竜崎はオドオドと仲裁に入る。 だがそれで彼女が静かになるはずもなく、その話で盛り上がる。 「でもきっと、玉砕するわね」 「何でそんなことが判るんだよ?」 小坂田が腕組みをして言い張れば、堀尾がまた訊き返す。 余り聞きたいモノじゃなかったけど、席の後ろで話されては否でも耳に入ってくる。 「だって、先輩には不二先輩がいるじゃない」 その言葉と、俺が弁当の蓋を閉じるのは同時だった。 「へ?どういうコトだ?」 「だーかーら!2人が付き合ってるってこと」 「マジで!!?」 「朋ちゃんっまだそうと決まった訳じゃ…」 「えーそうに決まってるって」 更に話を進める声を背に、弁当を片づけた俺は誰かに気づかれることなく教室を出た。 廊下のざわめきが階段を上がるにつれ、薄れていくのを感じながら。 教室を出て、俺が向かった先は屋上。 普段ここには余り生徒は来ないから、俺の昼寝スポットになっていた。 ……そのまま寝過ごして、授業に遅れることも稀にあるけど。 硬質な鉄のドアの向こうには先客がいた。男女が二人。 珍しいのと、残念に思いながら確認すれば、片方の女子は俺のよく見知った人物――先輩だった。 違和感を抱いたのは、先輩が普段下ろしてる黒髪を珍しく後ろで一つに結っていたから。 そして、先輩の前には見知らぬ男子。外見からして先輩と同じ三年だろう。 その男は焦ったように、先輩へと詰め寄っている。 「そんなこと言わずにさー。俺、ホントに好きなんだって」 男が馴れ馴れしい口調で言った言葉に、俺は思わず目を見開く。 それは正しく、告白を受けている最中だった。……小坂田の読みは当たっていた訳だ。 けれど当の先輩はまったく相手にしてないようで、尚も食い下がる男には見向きもせず、少し俯いて呟く。 「………煩いなぁ…」 その聞き慣れない冷めた声に、俺は硬直した。 不安に駆られ目を向ければ、先輩はいつもの笑顔で男に告げる。 「私、しつこい男ってキライなの」 有無を言わさぬような笑顔に押し負けたのか、男は戸惑ったものの、渋々と先輩に背を向けた。 そして屋上から出ようとしてるのに気づいて、俺は慌てて身を隠す。 とはいえ、こんな何もない屋上の入り口じゃ背を壁に当てて息を潜めるしかなかったけど、その男は自分に気づくことなく早足に階段を下りていった。 それを見送ってから、俺は再び開け放たれたドアから屋上へ向き直る。 見るとそこには、周囲に吹く風に身を任せるように佇み。 結っていた髪を解き、物憂げに溜め息をつく先輩の姿。 「――――…」 その姿に、俺は目を奪われていた。 緩やかな風が先輩の髪を揺らし、黒髪がその横顔を隠したから、俺は思わず目を眇める。 何で、今にも消えてしまいそうなんて思うんだろ…。 何度か感じたことのある不安が押し寄せ、無意識に顔を歪めていると。 それまで空を仰いでいた先輩が俺に気づいて、いつもの笑顔に変わっていく。 「越前っ」 その声で我に返って見れば、先輩は横風に靡く髪を片手で抑えながら、笑顔で呼びかけてくる。 「どうしたの?…こっちおいでよ」 ――――いつから、 まるで吸い寄せられるかのように、足が先輩の許へと向かう。 その先には、いつもの明るい笑顔をした先輩。 いつから俺は、こんなにも先輩の笑顔に弱くなってしまっていたんだろう。 |