「――皆森」 女子テニス部の練習場付近。 名を呼ばれ、元女子部・部長の皆森が振り返るとそこには手塚と不二の姿が見えた。 「おや?珍しいねー手塚君と不二君がこっちに赴くなんて」 驚きながらも彼女は明るく笑い、自分の許へとやってきた二人に対して笑顔を崩さず尋ねる。 「そんなにサンが心配?」 まだ何も言っていないのに、皆森の言葉に今度は手塚達が少し驚いた。だが彼女は構わずに。 「だーいじょうぶだよ。疲れてる彼女に、ムリなんてさせないよ。皆の指導に当たって貰ってる」 「そうか…」 女子部のコートへと視線を向けて告げる彼女に、手塚も倣って目を向けた。 そこには部員達に囲まれて、少し困りながらも教えているの姿。 手塚としては、そんなを見て安堵したような心境だった。無理やりなやり方ではあったが、皆森も同じ気持ちだったのかもしれない。 しかし、不二の方は違っていた。 「でも、には前例があるからね。余り無理はさせたくないんだけど」 「…無理をしていると?」 「今日はもう大丈夫みたいだけど……は、隠すのが上手いから」 少し困ったように――淋しそうに微笑う不二に、手塚は黙って見つめるしかなかった。 皆森も彼らの様子を見て、いつもの笑顔を少し曇らせ再びコートへ目を向ける。 「そっか…不二君は、関東大会の時にサンと一緒だったね」 その呟きに彼らはまた黙ったまま、ただ風が吹き抜けていった。 夏休みに入る前の、関東大会の準決勝。 元々体調の悪かったが、試合で無理をして倒れてしまったことは手塚も皆森も後になって聞かされた。 「……ごめんね、手塚君」 少し沈んだ声音で紡がれた言葉に、手塚が皆森へ振り向く。 「頼まれてたのに、サンに無茶させちゃって…」 苦笑して振り向く彼女と、それを知らなかった不二の驚きの視線に、手塚は一度・目を伏せて再びの方へと向く。 「…いや、その場にいなかったんだ。お前が気に病む事はない」 の異変に気づけなかったのは誰の所為でもない。寧ろ、にしてみれば気づいて欲しくなかっただろう。 それでも手塚と皆森にとって、彼女が倒れたという知らせは驚きより、悔しさの方が大きかった。 だから皆森はと会う時、彼女が落ち込んでいないか心配していたのだが。 思ったほど暗くはなく、いつも通りのだったから驚きと同時に安堵した。 それが少なからず、彼ら男子部の皆のお陰だということが判ったから、にとって男子部の練習に参加することは良いことだと思っている。 だから、皆森は傍の手塚達を見て微笑みながら呟く。 「ホント、サンは大事にされてるねー君たちに」 明るい彼女の声に、手塚と不二は少し顔を見合わせて、不二の方が苦笑する。 「それは皆森さんも同じでしょ?」 「えー?そうかなぁ」 とぼける皆森に二人は内心でやはり苦笑していた。 転校してきた当初から、の環境を考えれば彼女に良い印象を持っていない人間はそう少なくはなかっただろう。勿論、女子部の方でも。 それでも、が今まで女子部で過ごせていたのは部長であった皆森が後押ししていたのだろうと、手塚も不二も思っていた。 「まぁ、確かにサンのことは気に入ってるけどねー」 楽しそうに言いながら、彼女は数歩進んで振り返る。 「――でも、君ほどじゃないよ不二君」 普段と変わらない笑顔で告げる彼女に、不二は目を丸くして、笑みを浮かべた。 「どういう意味かな?」 「自覚がないコトはないでしょー。サンを心配しすぎてるのは」 「確かに心配はしてるよ。でも、それは君も同じでしょ?」 「心配だけならねー」 何かを見透かしたような彼女に、不二は微かに焦りを滲ませて紡ぐ。 「だけど、誰かがを見ていないと…」 「誰かじゃなくて、自分でなきゃ嫌なんでしょ?」 珍しくはっきりとした声音の彼女に、不二だけでなく手塚も皆森が言っている言葉の意味を悟る。 そして笑顔の中に力強さを含んで、不二へ向けて告げた。 「確かに、君にはそれが出来るかもしれないけど……押しつけでしかないよ」 言われて、不二にも自覚があるのだろうか。沈黙するしかなかった。 それを見て、皆森は続ける。 「まだ、越前君の方が誠実かな」 「…越前が?」 突然出てきた後輩の名前に、二人が首を傾げると彼女は真っ直ぐに伝える。 「だって彼は、ちゃんとサンと向き合っているもの」 どういう経緯で試合になったかは知らなかったが、皆森はと試合をする越前を見てそう思った。 不二達のように見守るのではなく、越前は彼女と対等になろうとしている。 そしてきっと、にとってそれは嬉しいことの筈だ。 彼らもそれは判っているのだろう。手塚は静かに、テニスコートにいるを眺めていたが。 「越前はそうかもしれないけど…」 不意に呟いた不二が、皆森達へ向き直って微笑う。 「悪いけど、そんな簡単な話じゃないだ…――僕にとってはね」 一切の隙のない笑みを浮かべて、そう言った不二はその場から離れていった。 それを手塚と皆森は見送り、皆森が息を吐いて苦笑する。 「怒らせちゃったかなー?」 「……いや、不二なりに焦っているんだろう」 「そっか」 手塚の返答に、何にとは訊かなかった彼女は隣りの手塚を見上げて、珍しく穏やかに微笑った。 「男女っていうのは難しいね」 それを聞いた手塚は驚いていたが、僅かに苦笑して目を伏せて呟く。 「お前も、不二の事は言えないな」 「どうしてー?」 「がそんなに心配か?」 彼の問いに、皆森は目を丸くしていたが。手塚が黙っていると、まるで観念したかのように肩を竦めた。 「…なんかさ、サンていつも何かを押さえ込んでるみたいで、もどかしいんだよね」 珍しく淋しそうに苦笑しながら、皆森はに対して思っていることを淡々と話す。 「好きな筈のテニスも、どこか頭で考えてやってるから。サンには、もっと自由にやって欲しいんだ…」 彼女が言っていることは、手塚も感じて思っていることだった。 いや、それはきっとと親しくなった者なら思うことだろう。不二や、そして――越前も。 言い終わってから喋りすぎたと思ったらしい皆森は、手塚へ振り向いて恥かしさを隠すように無邪気に笑う。 「内緒だよ?」 それを見届けて、彼はまた穏やかに言った。 「…大丈夫だろう、今のなら」 「うん。私もそう思うよ」 手塚の言葉に彼女は明るく返したが、内心で先程から意外だと思っていた。 いつも無表情で無関心な印象の手塚だが、のことに関しては少し穏やかになるのが皆森には新鮮だった。 そして、話の中心だったのことを罪作りだなぁ、と苦笑しながら呟く。 「これ以上は、本人の感情次第…かな?」 「……? 何の話だ?」 「ん?こっちの話だよ」 呟きが聞こえた手塚が訊くが、皆森はとぼけるように笑うだけだった。 †END† 書下ろし 10/12/27 |