「――そこまでじゃっ」
 白熱していた私達の試合を、鋭い声で止めたのは竜崎先生だった。
 その声に私と越前は動きを止めて、観戦していた者達の視線も先生に集中する。
「えぇ〜っ?何で止めるの先生ー??」
「練習時間はとっくに過ぎてるんじゃよ。これ以上は、他の部員の邪魔じゃ」
 ほら、散った散ったと菊丸達を追い払っている先生を見て、自分の腕時計を確認すると随分長い時間・試合をしていたようだ。
 悪いことをしたなと、気を抜いた時。急に身体の力が抜けて足から崩れてしまった。
 試合をしている時は集中してるから気づかなかったけど、全力を注いでいたから身体が限界を超えていたのだろう。
 けれど、地面につくと思っていた膝は途中で止まり。片腕を掴まれている感覚があった。
「大丈夫?
 振り向くといつの間にやってきたのか、不二が私の腕を支えてくれていた。
 驚いて声をかけようとした時、頭に何かが被さる。
「まったく…無茶をする」
 そう言って私の頭にタオルを置いたのは手塚で、二人が現れたことでフェンス外で大きな歓声とも奇声とも言える叫び声が上がる。
 不二に支えられながら思い出して、私は向かいのコートへ目を向ける。
 そこにはまだ動かないまま、どこか悔しそうな表情の越前がいた。
「…どうしたの?」
 越前のそんな姿に首を傾げていると、不思議に思ったらしい不二が訊いてきたから私は振り向いて微笑む。
「えへ。負けちゃった」
 出来るだけ不自然でない声で明るく言うと、二人は顔を見合わせて溜め息をつく。
「…その割には、悔しそうじゃないな」
「そうかな?」
 手塚に言われて、とぼけてみせたけど。
 試合は中断されてしまったけれど、それまでの勝敗は均衡していたものの点数では越前が勝っていた。
 確かに私も途中から、やっぱり彼の球に追いつくことで精一杯だった。
 だけど、楽しかったのは本当だ。
 久し振りにした本気のテニスに浸ろうとするも、竜崎先生が早くコートから出ろというので私達は従った。
 しかしコートを出るだけでは止どまらず、練習の邪魔だと追い出される。
「何でさー?折角来たのにっ!」
「お前達がおると、他の部員の気が散るじゃろ」
「それは俺達の所為ではないのでは…」
「同じコトじゃよ」
 あっという間にフェンス外に出され、私達は落胆する。
「ゴメン、菊丸。私が試合長引かせちゃったから…」
 部活に参加するのを楽しみにしていた菊丸に、謝ろうとしていると。
「先輩っ!!」
 高い呼び声に振り返ると、フェンス近くで見学していた女子達の一部が駆けてきて私を囲んだ。
「? え…っと??」
 何か文句を言われるのかと思っていると、なぜか彼女達は目を輝かせて言い放つ。
「凄かったですっ先輩!」
「すっごい迫力でした!越前君と対等にやり合えるなんて…っ」
「先輩みたいに女子でこんなに強い人がいるんですね!」
 さっきまで桃城達に声援を送っていた女の子達が、恐らく真剣試合のテニスを見たのは初めてなのだろう。興奮したように、感想を伝えてきた。
 それに戸惑っていると、隣りにいた不二が楽しそうに告げてきた。
「彼女達にも、君の魅力が伝わったんだね」
 自分も女の子達に囲まれている不二に言われて、目を丸くしたけど。その意味を汲み取った私は慌ててコートの方へ振り返った。その時――
「ホーント、サンがここまで強いなんて思わなかったよー」

 うっ……!

 後ろから聞こえた声に、内心で呻きながら振り返るとそこには騒ぎを嗅ぎつけたのか。女子テニス部の元部長がにこやかに笑っていた。
「な…何のコトかな〜?」
「トボけても無駄だよ。バッチリ見ちゃった」
 満面の笑顔を浮かべる彼女に、しまったと私は激しく後悔した。
 女子部も強い方ではあるんだけど、男子部との実力差は歴然としてる。
 そこで私が全力なんて出したら、目立つのは当然だった。勿論、試合は本気を出していた訳だけど。
 だから今、私の試合を元部長サンに見られたことで彼女の反応に嫌な予感しかしない。
サンがそんなやる気なら、女子部の方にも出て貰おうかな〜」
 案の定、彼女は提案しながらもその腕はしっかりと私を掴んで女子部へと向かっていた。
「ちょっ、待っ…」
「待ったナシ〜練習時間は限れてるんだから、急いでー」
「ああぁ…せめて休ませてよ〜」
 抗議する私には構わず、ズルズルと楽しそうに引っ張っていく元女子部長サン。
 既に引退したというのに、現役部員の為にと意気込んでいるところは尊敬する。巻き込まれなければだけど。
 そんな時、手を振る菊丸(薄情だよ)達やギャラリーの向こう側のコートの中で。
 こちらを向いている越前と目が合った。
 それに気づいて、引き摺られながら私は苦笑するしかなかった。
 越前本人にそのつもりがあったのかは、判らないけれど。
 普通なら男子テニス部のファン達に目をつけられるところだった私は、彼女達に試合姿を見せたことで回避出来たようだった。
 それは結果としての話だけど、きっと越前が誘ってくれたことには彼なりの考えがあったのだと。
 少し心配そうな表情で私を見送る越前を見て、意味もなく嬉しくなってしまっている自分がいた。





 †END†




書下ろし 10/12/27