Opus.3


 向かい合って坐る座敷に、南次郎の声がよく響いた。
「誰かと思ったら、克海の娘だったとはなぁ。いや、随分大きくなった」
「お陰様で」
 その眼の前に坐るは普段に比べ、社交的な微笑を浮かべている。
 昔から、本人の歳と比べて大人びている少女だと思っていたが今もそれは変わらないか、と南次郎は内心で思う。
「会うのは何年振りかな?」
「前に両親とアメリカで会って以来ですから、もう随分になります」
「そうか…」
 穏やかに答える彼女に、苦笑した南次郎は向けていた顔を庭先へと向けて空を見上げた。
 そして、珍しく沈んだ声音で呟いた。
「アイツらが死んで、もうそんなに経つのか」
 彼の言葉に、沈黙したままは微笑んだだけだった。少しの淋しさを含ませて。
 湿っぽくなった空気に、南次郎は彼女を一瞥してから気まずそうに頭を掻いた。
 自ら招いた空気と、自分以外フォローする者がいない状況に後悔しながら眼の前の少女へ向き直る。
「お前さんだけでも、無事で良かったよ。今は知り合いの養子だっけか?」
「えぇ、両親の知人に」
「相変わらず、テニスはやってんだな」
 少しでも話題を逸らそうと記憶を巡らせながら、彼はテニスを引き合いに出す。
 彼女の父親とは、学生の頃から知り合いでテニスでも何でも比べ合いをするような良きライバルだった。
 そして互いに所帯を持った後も交流があったから、彼の子供達が父親の影響でテニスをやっていることも知っていた。
 だから、自分達の子供が同じ学校で同じテニス部に入って知り合っていたのには驚いたが、不思議と違和感はなかった。
「はい。親から教わったことで一番・楽しかったモノでしたから――…でも」
 はっきりとした声音は、彼女にとってそれがどれだけ大切なモノだったのかは南次郎でもよく判った。
 だが、その後で声を落としたは少しだけ庭の方へ視線を向けたかと思うと、眼を伏せて微笑った。
 それは苦笑に近かったが、それも一瞬で彼女は毅然とした態度で告げた。
「私、テニスを辞めようと思っているんです」
 澱みなく告げられた言葉に、南次郎は眼を丸くして苦笑しながら訊いた。
「こいつは、突然だな…――何でまた?」
「私にとっては、突然じゃないんです。本当は中学に上がる時に、辞めようと思っていました」
 穏やかに微笑みながら、は眼を伏せて膝に合わせた自分の両手を見下ろす。
「でも、その時・友人達が――仲間がテニスに繋ぎ留めてくれた……いえ、それを含めても私は辞められなかった…」
「今は、未練がないと?」
「…えぇ、もうその理由も無くなりましたから」
 尋ねる南次郎に対して彼女は優しく、けれどどこか淋しそうに微笑んでいた。
 それを確認しながら、彼は肩を竦めて訊き返す。
「…辞めて、どうするだい?」
「両親の仕事を手伝いたいと思っているので、今はその勉強をしたいんです」
「親の為だと?」
 南次郎に言われ、眼を丸くしたは顔を上げて何かを言おうとした。
 けれど、南次郎が穏やかに。幼い子供を見るような眼差しに何も言えなくて。
 そして彼は眼を伏せてから、また庭へと顔を向けて立ち上がりながら言う。
「ま、他人が口出すべきじゃないだろうが……まだ若いんだから、結論を出すのは早いんじゃないかねぇ」
「………」
 黙る彼女に、座敷の入り口に立って南次郎は庭を眺める。
「まだ時間はあるんだ。好きなコトしていっぱい悩めばイイさ」
「そう…でしょうか」
「後悔をするより、マシってこった」
 先程に比べ、沈んだ声で呟くのに南次郎は振り返って悪戯に笑った。















 父親に呼ばれ、越前が部屋から一階へ降りるとは玄関にいた。
「何だ、お前まだ着替えてなかったのか?」
「……帰るんスか?」
 制服姿の自分に驚く南次郎は無視して、靴を履いている彼女に尋ねると。
 は来た時と変わらず、穏やかに微笑いながら挨拶をする。
「うん。――お邪魔しました、南次郎おじさま」
「イイって、またおいで。ほら、お前は見送り!」
「え…っ」
 南次郎はへと笑いながら、息子の背を叩いて促す。
 越前がそれに戸惑っていると、立ち上がった彼女が笑顔で告げる。
「大丈夫ですよ。このまま1人で帰れますか…」
「――あの、先輩」
 それを遮ったのは越前で、眼を丸くする彼女にどこか覇気のない声で言った。
「少し、時間あるっスか…?」