Opus.2


 まだ陽も落ち始めていない帰宅路。
 越前は、とその道を歩いていた。
 理由は部室掃除が終わった帰りに、彼女が越前の家に行きたいと言ったからだ。
 そして父親に会わせて欲しいと言ってきた。
 なぜかは、判らなかった。
 あの掃除で出てきたアルバムがきっかけなのは判ったが、それだけで彼女が自分の父親に興味を持ったから会いたがっているとは越前には思えない。
 それより、彼が一番気になっているのは別のことだ。
 チラリ、と横目で窺うとは相変わらず普段通りに微笑んでいる。
 それが逆に、越前の不安を煽った。

 『相楽克海は、私の父親です』

 彼女の言ったその言葉が越前の中で反芻する。
 が実の両親を亡くしていることは、以前・氷帝へ偵察に行った時に聞いていたから知っていた。
 その父親と自分の父親がなぜ同じ写真に写っていたのか。越前にはそれが気になって仕方なかった。
 それでも、何も訊けずの申し出を受けたのは。
 その時の彼女の表情がどこか、哀しそうに見えたからだ――


「…ここっス」
 家の裏に寺を構える自宅前まで着き、越前が門を開けながら伝えると。
「上がってもイイ?」
「はい…」
 特に感想を言う訳でもなく、今更ながら訊いてくるに答えながら家へと帰宅する。
「ただいま」
 然して大きな声ではなかったが、玄関の音で彼の帰宅を知って出迎えたのは居候の菜々子だった。
「お帰りなさいリョーマさん――あら、彼女さんかしら」
「…いや、部活の先輩」
「お邪魔します」
 の姿を見て、興味有りげに訊いてくる彼女に越前は内心で焦りながら居心地悪そうに答えて扉を閉める。
 当のは、焦る素振りもなく至っていつも通りに挨拶をした。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「……親父、いる?」
 靴を脱ぎながら尋ねると、笑顔でいると答えながら菜々子が部屋の奥へと呼びかける。
 すると奥から怠そうな声を上げながら、お坊さんが着るような着物をきた男が出てきた。
「何だよ、こちとら読書中…――お、彼女か?」
 面倒臭そうにいう南次郎は、の姿を見ると眼を丸くして菜々子と同じことを訊いた。
 今度は溜め息をつきながら、家に上がってを紹介する。
「違うよ。テニス部の先輩。親父に用があるっていうから」
「俺に?」
 不思議そうにする南次郎に、は頭を下げてから。
「お久し振りです、おじさま…――相楽 です」
 穏やかに微笑む彼女は、普段に比べとても大人びて見えた。




















 越前は、自分の部屋でベッドに身体を投げ出していた。
 着替えも、する気は起きなかった。
 一緒にいたは今、座敷で父親と話している。
 席を外して欲しいと言われ、腑に落ちなかったが異議を唱えることも出来ずに越前は従って自室にいる。
 なぜか、情けないと思った。
 何かとても大切なことを見逃してしまいそうな、そんな漠然とした思いで落ち着かない。
 彼が思い立って上体を起こした時。
 ドアをノックする音に気を削がれ、それでも立ち上がってドアを開ける。
「…何?」
「あ、リョーマさん。悪いんだけどおば様にお使い頼まれてたの思い出して、コレ・おじ様達へ出してきてくれないかしら」
 そこにいたのは出かける準備万端の菜々子で、二人分の湯飲みを乗せたお盆を差し出してくる。
「え…何で俺が…」
「早く行かないと夕飯に間に合わないのよ――それに」
 思わず受け取って訊き返す越前に、彼女は構わず続けて耳打ちをしてきた。
「気になるんでしょ、2人の話が」
「な…」
「じゃあ、宜しくお願いしますね」
 一方的に言って笑顔で去っていく菜々子に、彼は呆然としながらも。
 徐々に押しつけられた怒りと気を遣ってくれたことの、どちらに傾けばいいのか悩んだ。
 だが、やがて諦めたように溜め息を吐いて、階段を降りる。
 それでもどう部屋に入るべきかと、越前にしては悩みながら一階に降りた時。
「――私、テニスを辞めようと思っているんです」
 襖越しに聞こえた、事務的な、感情の籠らないの声に。
 彼は足どころか、思考も停止した感覚に襲われた。