Opus.1


 夏の暑さは変わらずに。
 長かった夏休みも終わろうとしている、学校のグラウンド。
 テニス部のコート付近で、女子部の雑用を終わらせたは男子テニス部の部室前で立ち止まった。
「何してるのー?」
 開け放っていた窓から声をかけると、部室では何人かが忙しなく動き回っている。
「…部室掃除だ」
 答えたのは、近くにいた手塚でビニール紐で纏めた本達を運んでいた。
 部室内には他に不二に大石と、恐らく捕まったのだろう越前と桃城も掃除を手伝っていた。
「あっ先輩!最近、全然こっち来てくれなかったっスねぇ」
「うん、ちょっと忙しくてねー」
 窓辺へ寄ってくる桃城に、彼女はゴメンねと苦笑して答える。
「桃、コレ・ごみ捨て場へ持って行ってくれる?」
 その会話に割って入ってきたのは、大量のゴミの入った袋を渡してくる不二だ。しかも二つ。
「良いっスけど……って、多過ぎじゃないっスか?コレっ!?」
「仕方ないだろう。全然掃除してなかったんだから」
「だからって1人で持てる量じゃ…」
「大丈夫だよ、若いんだから」
「1つしか変わんないじゃないっスか!」
 にこやかにゴミ運びを言い渡す不二に、観念したのか。桃城は渋々と部室を出ていった。
 それを可哀相に、と思いながらが見送っていると、入り口付近で雑巾がけをしていた越前と眼が合う。
「久し振り、越前」
「…っス」
 笑顔で挨拶すると、彼は照れたように俯いて返した。
 はそれにやはり苦笑しながら、部室の入口へ回って明るく提案する。
「私も掃除手伝うよー」
「え、でも制服が汚れるよ」
 彼女の申し出に、困惑する不二や越前達は体操服姿だった。
 確かに大分掃除をしていないのだろう。狭い部室の中は、少し埃っぽかった。
 自分としては大して気にしないのだが、平気と言っても彼は納得しないだろうと考えていた時。背後から声が上がった。
「――どうだい、掃除は捗ってるかい?」
「竜崎先生」
 大石の声にが振り返ると、そこにはジャージ姿の男子テニス部顧問の竜崎先生がいた。
 眼前の彼女に気づいた先生が、少し驚いた表情で笑った。
「おぉ、。もう女子部の方は終わったのかい?」
「えぇ――と言っても、私は平部員なのでやるコトないですけど」
「その部長のお気に入りが何・言っとるんじゃ」
 竜崎先生の言葉に苦笑しながら、は内心で溜め息をついていた。
 とは言っても別に女子部の部長に文句がある訳ではないし、彼女も部長のことは気に入ってよくつるんでいる。
 ただ、副部長でもないのに部の引き継ぎや雑用の手伝いをさせられたことに対しての疲れだ。
 入り口前で話していた竜崎先生に、それまで黙々と作業を続けていた手塚がある一冊の本を差し出してきた。
「…先生、こんな物が出てきたんですが」
「何だい?」
 渡された先生が開くとそれはアルバムで、そこにはテニスをやっている少年達の写真が写っていた。
「随分古くなってますねー」
 覗き込む大石が言うように、そのアルバムは管理されていなかったのと埃に被っていた所為か、写真は劣化が進んでいた。
 それを見て思い出した先生が、懐かしむように呟いた。
「あぁ、こんな所にあったのかい」
「いつの頃の物なんですか?」
「もう随分前のモノだよ――南次郎がいた頃のな」
「えっ…」
 出てきた名前に、その場にいた全員が驚いたがその中でも一番の驚きを見せたのはその越前南次郎の息子である、越前リョーマ。
 それを一瞥した先生は、何度かページを捲ってある写真を指差した。
「ホラ、この生意気そうなのがそうだよ」
 苦笑しながら見せる写真の中にはどこか越前に似た、無愛想な少年が写っていた。
 自分の父親の幼い姿を見る越前は、抑えてはいたようだが複雑な表情が表に出ていた。
 それを、隣りにいたは何かを思案するように眺めていた。その前で竜崎先生の話は続く。
「生意気じゃったが、この頃からテニスは上手かったよ」
「…隣りにいるのは?」
 不二が訊いたのはその無愛想な少年の横で、無邪気な笑顔で肩を並べている少年だ。
 対照的な二人に、返答を待っていると先生は一瞬顔を曇らせて、普段通りに答えた。
「コイツは相楽克海。南次郎と同じくらいテニスでも、そして勉強でも天才的でね。二人は友人でライバルでもあった」
 その言葉で、反応を見せたのはだった。
 実際にはまるで時が止まったかように身動きをしなくなったのだが、その異変に気づいた越前が声をかける。
「…どうしたんスか?先輩」
「―― その人なら、知ってます」
 思わぬ台詞に、全員の視線がへ集中した。
 そして、いつもの笑顔ではなく無表情に近い真剣な表情で彼女は声を紡ぐ。
「相楽克海は、私の――父親です」