朝早くに、携帯電話が室内に鳴り響く。 布団の中でまだ寝ていたは、その音に無理やり起こされた。 着信音を頼りに手探りで携帯を掴み通話に出る。 そのレシーバーからは、寝起きには応える大きな声が流れてきた。 『おーー。起きてっかー?』 「…何?丸井?」 不機嫌に答えながら時計を見ると、その短針はまだ7時を指してはいない。 「ちょ…勘弁してよ。まだ6時じゃん……」 起こしていた頭を再度・枕に沈めた。いくらなんでも朝早く過ぎる。 脱力しているには構わず、電話の向こうの丸井は話を続ける。 『いやぁ実はさ、試合で忙しくて夏休みの宿題が終わってないんだわ。だから、皆で終わらせようってコトになったからもこっち来て一緒に…』 丸井が言い終わらない内に、彼女は通話をブチッと切って携帯をベッドの上に放ってからまた寝ることにした。 だが、暫くしてまた携帯電話が鳴った。 電源を切れば良かったと思いながら画面を見ると、そこには丸井ではなく幸村の名前が表示されていた。 少し考えて出ることにした彼女は、通話ボタンを押す。 『おはよう、』 「…おはよう」 久し振りに聴いた幸村の声は、前と変わらず穏やかだった。本当ならそれだけで胸が一杯になる筈だった。 なぜなら彼が辛い闘病生活を経て、こうして元気な声を聴かせてくれているのだから。 だが、今は状況が悪い。 『丸井から聞いたと思うけど、皆が宿題終わってないっていうからさ。手伝いに来てよ』 「いや、意味判かんないから。大体、そんな軽く行ける距離じゃないでしょ?何で私がわざわざ…」 『だって、僕は君とまったく会えてないんだよ?だから来てよ』 「……そうだけど。だからって簡単には…」 「―― 来て、くれるよね?」 遠回しに断ろうとするが、有無を言わさぬ幸村の声音に観念したのか。 「……はい。行かせて頂きます」 は頷くしかなかった。 バスに揺れられて、到着したを迎えたのは。 立海テニス部・レギュラー全員だった。 「…何?ヒマなの?」 同級の彼らだけでなく、後輩の切原までいるのにの開口一番はそれだった。 呆れていると、気に触ったのか切原が反論してくる。 「おっ…俺は、先輩達にムリやり誘われたんスからね!」 「いや、オマエも宿題終わってないだろ」 「そんなコトはどうでも良いわ。何で、去年と同じこ…」 桑原のツッコミの後、怒ろうとしたを遮ったのは近づいてきた幸村だった。 「やっと会えたね、っ」 そういって抱きついてくる彼に、は勿論、丸井達も呆然とするしかなかった。 「ちょ……苦しいんだけど、幸村」 彼女は文句を言うが、幸村は聞かずに抱き締める腕を強めた。 それを察した他の者は肩を竦めて、当のも息を吐いて幸村の背中を優しく叩いて呟く。 「私も会いたかったよ、幸村。治ってホントに良かった」 「――あれぇ?おっかしいなァ」 電話をかけていた桃城が、間抜けな声を出す。 都内の、ある歩道。最寄りの図書館へと向かっているのは、青学レギュラーメンバーの菊丸・大石・桃城・越前の4人だった。 私服姿の彼らの片手には教科書やノート・参考書やらの類で、彼らもまた部活や試合にかまけて夏休みの宿題を終わらせてないクチだ(大石の場合は、菊丸に頼まれたのだが)。 「どうしたんスか?桃先輩」 その宿題を終わらせる為に、図書館へ向かう中。 後方でどこかへ電話をかけていた桃城が、首を傾げながら呟くのに、それまで無理やり参加させられて不機嫌だった越前が振り返って訪ねる。 すると彼はもう一度、携帯でかけながら答える。 「なんか、先輩に繋がらないんスよね…」 「えー!出ないのっ?」 桃城の言葉に不満な声を上げたのは、宿題を皆で一緒にしようと誘った本人の菊丸だ。他のメンバーはもう宿題が終わっていたり、予定が入っていたりと断られてしまった。 「メールもしたんスけど…」 「なんだよー折角・会えると思ったのにィ」 「仕方ないさ、英二。も忙しいんだろう」 残念がる菊丸に、大石が苦笑しながら宥める。 それでも納得していないのか、菊丸は足取りを緩めた。 「…アイツ、合宿から全然・練習来てないじゃん」 「いや、来てるじゃないか。女子部の方に」 「あっちにはね。でも…顔出しにも来ないし、何かあったのかなって……」 珍しく声量のない菊丸の言葉に、後ろにいた越前も驚いていた。そして、意外にも思っていた。 確かに全国大会が始まって――いや、その始まる前も後も。彼女が男子部の方へ顔を出すことが減っていた。 始めは、彼らに気を使っていると思ったのだが、それにしては音沙汰がなかった。だから、菊丸も心配していたのだろう。 僅かに沈んだ空気になったことに、菊丸は内心で後悔しながら振り返って告げた。 「まぁなら大丈夫だよな!桃・メールもしたんだろ?」 「あ、ハイ」 「じゃあその内、返事が来るっしょ。忙しかったら俺達で宿題を終わらせるしかないって」 「そうだな」 いつもの笑顔を見せながら先を急ごうとする菊丸に、大石が賛同しながら彼らは図書館へと向かうことにした。 その一番後ろを歩きながら、今はどこにいるのだろうと。 越前は無意識に、夏の澄み切った空を見上げた。 |