合宿4日目:朝


 厳しい合宿を終えた青学メンバーは。
 帰りの仕度を済ませ、旅館の玄関先に集まっていた。
「お世話になりました」
 竜崎先生が感謝を込めて旅館の従業員達と挨拶を交わす。
 その隣りでは、行きと同じく荷物持ちを命じられて異を唱える桃城と三年生達とのジャンケンが繰り広げられていた。
 その更に後方では、を中心に騒がしい一団が出来ている。
「もう帰っちゃうのかよー
「だって3泊4日だもの、仕方ないでしょ放して丸井」
 駄々を捏ねるように腕を掴む丸井に、明るく笑顔で答えながらもその言葉は容赦なかった。そして、その中には氷帝の向日や忍足の姿もあった。
「お前だけ残ればイイじゃん、俺達と一緒に帰ればイイし」
「何・勝手言うとん…ソレ、跡部の許可いるやろ」
「大丈夫だって!」
 何の根拠があってか判らないが、渋る向日に忍足は呆れていた。
 彼ら氷帝も帰るのは今日なのだそうだが、夕方からだった。は苦笑しながら少し目を伏せて答える。
「私も忙しくてね。長くは滞在出来ないんだよ」
 それを、姿が見えない丸井を迎えにきた練習着の仁王は見逃さず。丸井を取り押さえながら、何気なく訊いた。
「……相変わらず、手伝ってんだ。両親のコト」
「…うん」
 自嘲めいた返答に仁王は苦笑して、近くにいた越前は僅かに驚くしか出来なかった。
 昨夜見かけた彼らの会話を、越前は最後まで聞くことが出来なかった――否、しなかった。
 超えられない壁のようなモノを感じて、ただ立ち竦むしか出来なかった。
 それは、年齢という安易なものではなく。
 恐らく不二も感じていたであろう、絆という彼らが積み重ねたモノだ。
 昨夜を含めて、そんなモノを近くで目の当たりにすれば越前でなくとも動揺するだろう。
 それが目に見えないモノなら、尚更。
「ま、柳はあんなヤツだから何も言わんだろうが。俺達は何も変わらんよ」
「……判ってるよ」
「オイっ襟掴むなって!伸びる!」
「うっさいわ。お前・勝手にこんなトコ来て、真田に仕置きされても知らんぞ」
「げっ…」
 事態を把握した丸井は、青ざめて早々に退散しようとする。
「じゃあな!夏休みなんだから遊びに来いよ!」
「はいはい」
「気をつけて帰れよ」
 去っていく彼らにが手を振っていると、隣りにいた忍足が自分を見ていたことに気づく。
「…どうしたの?」
「いや…――ホンマ、敵わんのかな…」
「え…?」
 目を逸らして呟いた忍足の言葉は彼女には届かず、首を傾げるに忍足は溜め息をついて振り向いた。そして、向日を掴んで歩き出す。
「ほんなら俺らも戻るわ」
「うん…じゃあ、頑張ってね」
「えぇーまだイイだろ」
「練習サボって来てんやから、これ以上は跡部が煩いやろ」
「うえー」
 渋々戻っていく二人にも彼女は僅かに首を傾げながら手を振っていると、竜崎先生から召集がかかる。
「おーいっに越前!置いてくぞー」
「今・行きまーす」
 既に玄関先の出口に集まっている皆を追って、は越前に声をかける。
「行こっ越前」
「…っス」
 彼女に促されるように、帽子のツバを掴んでその後に続く。
 旅館を出て、道路へ続く両側を木々に囲まれた道を歩きながら越前は顔を上げた。
 前を歩くの背中は、なぜかとても遠いモノに思えた。
 あの準決勝の、雨の日。
 確かに、あの背は自分の手の中にあったというのに。
「………越前?」
 立ち止まった彼に気づいてが振り返ると、越前は俯いた頭を上げて訊いた。
「―― 先輩が合宿に参加したのは、立海の奴らに会いたかったからなんスか?」
 真っ直ぐにこちらを見つめて、真剣に尋ねる彼には驚いた。
 そして、驚いた表情から微笑んで、いつもより強い声音で告げる。
「そうだよ」
 凛と澄んだ表情と声音に、越前はその言葉をすぐには理解出来なかった。
 理解して驚きが沸き上がりかけていた時、目の前のは苦笑して言葉を続けた。
「――って、言ったらやっぱり、怒られるよね」
「え…?」
 意味が判らず、越前が呆けていると彼女は一度目を伏せて空を見上げた。
「この合宿に参加したのはね、青学の皆の手伝いがしたかったから。これで最後になるだろうし、私も青学の一員として何かしたかったの」
 その表情は晴れ渡っていて、純粋な気持ちなんだと越前でも感じ取れた。
 空から視線を戻した彼女は今度は少し照れたように、苦笑して続ける。
「勿論、蓮二達にも会いたいと思ってたのは嘘じゃないけど。それだけで、合宿の手伝いなんて大変なコトできないよ」
「そう……スよね」
 確かにこの三日間、は驚くほどによく働いてくれた。
 彼女自身も選手だから彼らにとってどんなことが手助けになるのか、よく判っていたし。それ以上にも食事などで頭が上がらないほどだ。
 それが判っているから、越前もバカなことを訊いたかもしれないとの前まで来て、少し俯き加減に呟いた。
「変なコト訊いて、スミマセン…」
「ううん」
 恐らく訊かれるとは思っていたのだろう。
 顔を上げた先の彼女は、それでもどこか嬉しそうに微笑って。
「気にかけてくれて、有り難う。越前」
 照れたように、苦笑しながらお礼を言ってくれた。
 だから彼は気づくことが出来なかった。
 が言った言葉に含まれた決断を、越前はその後に知ることになる。




 †END†




書下ろし 10/09/11