合宿3日目:夜


 騒がしい夕食を終え、入浴を済ませたはドライヤーで髪を乾かしていた。
 そして、乾かしながら先程の夕食のことを思い出して苦笑する。
 合宿最後の夕飯ということで、メニューは焼肉だった。当然、彼らの食い意地も凄まじいものとなり。
 練習の疲れも何のその、今までにない騒がしくも楽しい夕食となった。
 それを思い出し笑いしながら、浴場を後にすると廊下で同じようにお風呂上がりの不二と乾に出くわした。
もお風呂だったんだ」
「うん。そっちは2人だけ?他の皆は?」
「恐らく、部屋で騒いでいるだろう」
 淡々と言う乾に、容易に想像出来るなとは苦笑した。
 暫く話しながら三人が歩いていると、お風呂から部屋へと戻る中間辺りにある休憩所から明るい声に呼び止められた。
「おーいっー!風呂上がりー?」
「…丸井」
 振り返ると、自動販売機や奥に卓球台がある休憩所のソファには丸井が座っていた。
 そして自販機の前には、お茶を買おうとしている柳の姿もあった。
 二人を確認した彼女は無意識に不二達の許から離れて、丸井がいるソファへ向かう。
「こんなトコで何してるの?」
「俺達も風呂帰りなんだが」
「部屋へ帰る気になれなくてなー」
「…何で?」
 尋ねながらが横に座ると、自然な流れで柳がその隣りに座った。
 拗ねる丸井に首を傾げれば、振り向いた彼が反抗的な視線を向けて来る。
「お前も知ってるだろーアイツら寝るの早ぇーんだよ!」
「あぁ…」
 言われて彼女は以前、立海にいた頃の合宿を思い出す。
 恐らく彼らの性質なのだろうが、丸井や切原達以外のメンバーは余りはしゃいだりしない。
 それこそ青学の連中がするような枕投げなどの遊びはせずに、読書か早く寝入っているのが立海の連中だ。
 疲れているから仕方ないが、丸井からすれば面白くないのだろう。
 相変わらずだな、とが苦笑すると気を取り直した丸井がポケットから何か取り出す。
「そーだ。俺、トランプ持ってんだよ。皆でやらね?」
「皆って…」
 不思議に思っていると、丸井が立ち上がってそれまで立ったままだった不二達に声をかけた。
「お前らもこっち来いよ。ポーカーやろうぜ」
「僕達も?」
 そこではしまったと思ったのだが、新たに現れた人物によって、場は更に進展する。
「――こないなトコに突っ立って何しとん?」
「忍足君」
「おー丁度イイところに!人数は多い方が良いからアンタも来いよ」
「は?」
 こうして、ある意味で敵対している学校の者達によるトランプゲームが強制的に開始された。




















「花火しに行こうぜっ越前!」
「は?」
 越前が部屋から出て、浴場へ向かっている時。
 どこかからの買い物帰りなのか、各自ビニール袋を持った桃城達が話しかけてきた。
「俺、今から風呂行くんで」
「なんだよ、そんなの後でイイだろ。色んな花火買ったんだぞ」
「蚊に刺されるんで遠慮するっス」
 やる前から既に楽しそうな菊丸に、彼はあくまで行かない姿勢だ。
 越前らしいといえばそうなのだが、誘う側からしたら面白くないだろう。
「なんだよーノリ悪いなー」
「まぁ、越前も疲れてるんだよ」
「じゃあ不二と乾を知らないか?姿が見えないんだ」
「いや、見てないっスね」
「そうか」
 菊丸を宥める河村の後に、大石が尋ねるが越前は首を振った。食事の時は全員揃っていたが、その後のことになると越前も判らない。
先輩も見当たらないんだよなぁ」
 拗ねたようにいう桃城に、越前は顔を上げた。
「……そうなんスか?」
「あぁ、まぁ見つからなかったらこのメンバーでやるよ。お前は風呂にゆっくり入って、疲れを落とせ」
 大石はそう言って、渋る菊丸達を押しながら去っていった。
 違和感を抱きながら、越前は仕方なく再び浴場へと足を向ける。
 不二達の行き先は判らないが、なら越前でも予想出来た。
 恐らくは、氷帝の連中に誘われているか――立海の彼らと一緒にいるか。
 実際に彼女は午前中に、立海の柳と仁王と共に買い出しに出かけていた。今も一緒にいてもおかしくはない。
 だが僅かに希望もあった。
 は合宿に来た時から、自ら立海の彼らへ会いに行ってはいない。越前が知る限りでは。
 気を遣っているのかもしれないが、前に彼らと再開した時にとび出して行った彼女と比べれば、変化していると思う。
 思うのだが、言い知れない不安が越前の思考を鈍らせる。
 そんなことを考えて歩いていると、浴場へ続く通路の途中にある休憩所で。
 越前はある光景を目にして、足を止めた。










 夜の九時も近づこうかという時刻。
 丸井の提案でのポーカーは、それなりの盛り上がりを見せていた。
 ただ、メンバーが彼らだけに騒いでいるのは丸井だけだが。
「うっわ、また負けた!」
 テーブルに散らばるトランプの上に、更に持っていた手札のトランプをばらまく丸井。
 同じように溜め息をつく忍足が、ソファに寄りかかりながらゴチた。
「あんさんら、強過ぎ」
「そうだよ、コイツらこういうゲームには強いって忘れてた…」
 テーブルに突っ伏す丸井が言っているのは、と柳のことだ。二人は昔から賭け事めいたものにはめっぽう強い。
 そして忍足の隣りに座る不二と乾も、強い方だった。
 だから、ゲーム的には良い勝負を続けているのだが、丸井や忍足はなかなか勝てなかった。
 しかし負けず嫌いなのは彼らも同じなので、もう一勝負だと再びトランプを配る。
 手札が全員に回ったところで、不二が向かいに座るに話しかけた。
「……、どうかした?」
 先程から喋っていない彼女に目を向けると、少し俯き加減だった。
「…眠いのか?」
「ううん…」
 隣りの柳が訊くと、は反射的に応えて背筋を伸ばした。
「無理すんなよ、
「大丈夫、やろう」
 気を遣う丸井に微笑んで、再開を促す。
 声ははっきりしていたから安心した彼らはゲームを始めたのだが、次第に目を伏せ始めた彼女は遂に眠りに落ちてしまった。
「……?」
 柳の肩に寄りかかったは、静かな寝息を立てている。
 それを確認して手札をテーブルに置きながら、立海の二人は苦笑していた。
 僅かな違和感を覚えた不二は、同様に手札を置いて訊いてみる。
「もしかして、この為に?」
 敢えてその言葉を選んで尋ねると、顔を見合わせた柳と丸井は息を吐いて、丸井が興味なさげに応えた。
「まさか。疲れてるだろうとは思ってたけど」
 腕を頭の後ろで組みながら、横目でを見てから不二達に視線を戻した。
「アンタらの手伝いしてるだろ、コイツ」
「うん、よくやってくれてるよ」
「だろうな」
は真面目だからな」
 不二の言葉に、当たり前のように応えた彼らに忍足を含めた向かいに座る三人は顔を顰める。
が、無理をしていると?」
「そうは言っていない」
 乾が問うが、柳は平然と答えて押し黙った。
 どう対処して良いのか判らずにいると、いつもより声音を落とした丸井が組んでいた腕を解いて呟く。
「……つまり、安心しきってるんだよ――柳がいるから」
 それは丸井も含めてのことなのだが、彼にその自覚はなかった。
 確かに、は授業中に居眠りなどしているところを不二は見たことがなかった。
 明るく振る舞いながらも、気を張っている彼女に納得しながらも不二は僅かに苛立ちを滲ませてながら彼らに問う。
「僕らじゃ、役不足だと?」
「そうじゃない。俺だけではなく、このメンバーだからも気を緩めたんだろう」
「そう、だと良いけど」
 全く感情の籠っていない柳の声に、そこに隠れる自分に似た感情を探りながら不二は息を吐いた。
 落ちる沈黙を破ったのは、静かに見守っていた乾。
「だが、は変わってきている」
 その言葉に、柳以外が僅かな驚きを示した。
 彼女の変化は本人の性質をよく知っているか、彼女を観察していなければ判らないようなモノだ。
「蓮二。お前が望まない方にな」
「予想はしていたさ」
 丸井と忍足には、その意味が判らなかった。
 僅かに微笑う柳は、肩に寄りかかるを見つめて呟く。
「だから、俺が護らないといけない」
 その言葉に含まれた真意に気づいた不二は、一度目を伏せて、真っ直ぐ柳を見据えて言い放つ。
「悪いけど、そうはならない」


 越前の姿は、既にその場から消えていた。