朝食を終え、部屋へと戻っている途中。 は旅館の玄関近くの広い通路で、竜崎先生に呼び止められた。 「――買い出しですか?」 先生の言葉に、彼女は僅かに不安な表情を浮かべた。 そんなには気づかず、竜崎先生は買い物リストを記したメモを渡す。 「あぁ、予定より不足してしまってな。特に食料」 「あー…まぁ、そうでしょうね」 苦笑する彼女に、も同様に苦笑して答えるしかなかった。 予測はしていたが、彼らレギュラー達はよく食べる。正に育ち盛りといったところだ。 それに加え、なぜかの手料理目的で他校の人達が食べに来たものだから消費が早いのは当然だ。 「だから、朝の内に買いへ行って欲しいんじゃが」 「えっと…」 その申し出に、は返答に窮した。 断る理由はないのだが、ある一つの問題が彼女の承諾を鈍らせる。その様子に気づいた竜崎先生が首を傾げた。 「どうした?それほど、大荷物にはならんだろうが…体調でも悪いのか?」 「いえ、そういう訳じゃないんですけど」 どう説明したものかと、頭を巡らせる。単に恥かしいから言えないということもあるのだが。 そんな時、まるで救いの手のように現れたのは立海メンバーの二人だった。 「――お、じゃねーか」 「仁王…と、蓮二」 声をかけられて振り向くと、練習着ではない私服姿の二人がこちらへと向かっていた。 達の前まで来ると、柳の方が竜崎先生へ頭を下げる。 「おはよう御座います。先日はウチの部員達がお世話になりました」 丁寧に前日の夕食のお礼を言ってくる彼に、先生は人懐っこく笑った。 「構いやしないよ。元気があって良いコトじゃ」 「ところで、何を話してたんじゃ?俺達が聞いてイイ話?」 「うん、ちょっと…買い出しを頼まれてて」 軽く訊いてくる仁王に答えると、二人は目を丸くして顔を見合わせた。 の様子と内容に感づいたらしい彼らは、社交的な笑顔を竜崎先生へ向けた。 「竜崎先生、我々もに同行しても宜しいですか?」 「え?」 「俺達も丁度、買い出しに行くトコだったんス。女子1人じゃ危ないでしょ」 戸惑うを置いて、同行を申し出る二人に驚いた先生は少し考えて頷いた。 「そうじゃな、ならボディガードも兼ねてお願いしようか」 「はい」 「良いんですか?先生」 任せたといった風に去ろうする彼女に、が慌てて呼び止める。 「あぁ、つけたくてもウチの連中は皆・練習じゃからな。それはお前も本意じゃないだろ?」 「まぁ…そうですけど」 「積もる話もあるじゃろうから、ゆっくり行っといで」 そう言って立ち去る先生に、気を遣わせてしまったことが申し訳ない反面。 振り向いた先の彼らの表情に、嬉しさを感じてしまった己への自己嫌悪とはなんとも複雑な心境だった。 旅館からそれほど遠くない、商店街。 その通りを歩きながら、両脇を歩く二人には俯き気味に呟いた。 「……ありがと、2人共」 僅かに照れたその言葉に当の柳と仁王は驚いて、また顔を見合わせた。 「…気にする事はない」 「ま、確かに1人にお使いは無謀じゃな」 「失礼ね、そんなガキじゃないんだけど」 「でも自力で帰れたか?」 「うっ…」 拗ねる彼女に仁王がトドメを刺す。 そう言われると、帰れると断言出来る自信がない。 は常人に比べれば、秀でた人間に当たるだろう。だが一つ、苦手なものがある。 「相変わらず、道を憶えるのは苦手か」 「そう簡単には直らないかー。まさか、青学に行ってからも迷ったとか?」 「…………」 「迷ったんだな」 「いや、アレは仕方なかった。だって全く知らない土地だったから」 「じゃあ何でそこへ行ったんじゃ」 自分に言い聞かせるようなに、呆れた仁王が突っ込んだ。 は引っ越しが多かったという経験上、道を憶えるのが不得意だった。それだけでなく、彼女は道に対しての意識がアバウトだ。 それを立海のメンバーはよく知っていた。だから二人は、彼女の同行を申し出たのだ。 「でも、本当に良かったの?練習は?」 サボったりしたら真田が煩いだろうと、心配するに二人の返答は明るかった。 「大丈夫だ、弦一郎には連絡してある」 「どの道、買い物はしなくちゃならんかったんじゃ」 言い方は突き放した感じだったが、青学では味わえない感覚に妙なくすぐったさを覚える。 それは自分のことをよく知っているからこその、彼らの行動が懐かしくも有難い。 だが、それを表に出すのも恥かしいからは気を取り直して前を向く。 「で、先にどの店へ行くの?」 「食料だな。ここからだと、スーパーの方が近い」 「オッケー」 柳の言葉に頷いている時、向かいから歩いてくる地元民らしき女子二人組がすれ違い様に視線を向けてきたのに気づく。 そして通り過ぎていく彼女らが黄色い声を上げて振り向いてくるのに、は横目で確認して両側へと目を向けた。 彼女の行動で不思議そうな表情の二人に、はなるほどと納得する。 確かにこんな2人が揃ってたら、目立つわよね。 彼女はもう見慣れてしまっているから疎くなっているが、立海の彼らもよくモテる。 外見だけで言えば、かなりの素材だ。中身は一癖も二癖もある連中なのだが。 そんな二人に挟まれている自分がどう映るのか、考えたは少し歩幅を緩めた。 「……どうした?」 「いや、往来で横並びはどうかと…」 柳の問いに、彼女は後方を歩こうとする。だがそれは隣りを歩く仁王に阻まれた。 「アホか。今更じゃろ、ちんたらしとったら昼まで帰れねぇ」 「わっ」 呆れながら、彼はの手を引いてズンズンと歩き出す。 歩幅が違うから慌ててついていくの後ろを、柳が落ち着いた足取りで無表情に続く。 まだ日も高くないのに、焦る必要はないだろうと冷静にいながらも。 どこか居心地の妙な感覚に、彼女は二人と買い物へ向かうのだった。 食料の調達も済み、地元の小さなスポーツショップ。 竜崎先生から渡された買い物リストの購入も、柳の見立てもあってスムーズに済んだ。 そして、は今・お店の前で佇んでいた。 もう買い物は終わったのだが、柳と仁王が個人的な買い物をしているので用事の済んだ彼女は二人を外で待つことにした。 最初の店で結構買ったので荷物は大量だったのだが、殆どを柳達が持ってくれているのでが持つのは先程スポーツショップで買った荷物だけだ。 横目で店内へ目を向けると、選び終えたのか。仁王がレジへと向かっていた。 その姿を見届けて、彼女は空を見上げてまだ真上へと到達していない太陽に目を細める。 陽射しに手を翳しながら、今日は一段と暑いから皆大変だろうと、今頃は汗だくで練習に励んでいるだろう青学メンバー達に思いを馳せる。 そしてお昼は冷たい物が良いだろうと思い、冷やし中華でもするかと思い立った時。 不快以外の何者でもない声に、思考を遮られた。 「――よう、1人かい?彼女」 その軽い声音に、無視しようかとも思ったが周りに女は自分だけで、二人を待っているから立ち去ることも出来ずには視線だけ向けた。 そこには見るからに軽そうな、遊び慣れた風の男達が三人いた。 無言でいるに彼らは構わず話しかける。 「1人なら俺達と遊びに行かない?」 「………人を待ってるんで」 「でも待ちぼうけしてるんだろ?そんなの放って、俺達と楽しいコトしようぜ」 勝手に解釈をして言い寄ってくる男達に、彼女は内心で悪態つく。面倒なことだ。 はこういう場合、相手に笑みさえ見せはしない。ただ、不快感を表にも出さない。 その無表情は、興味を示す価値のない者へ対しての態度だ。 返事のない彼女に痺れを切らした一人の男が近づこうとした時、店から出てきた仁王が声をかけた。 「何とか言え…」 「――終わったぞー、」 「あ、遅いよ2人とも」 柳と仁王が出てきたことで、表情を取り戻したは歩き出す二人に続いた。 だが、無視された男達が黙って見送る訳もなく。彼女の肩を掴もうとしたが。 「っ!!?」 その一人の男の腕を掴んだのは後方にいた柳で、掴んだ手首に物凄い力を込めて吐き捨てた。 「 ――触るな。」 底冷えするほどの声音と視線を向けられた男達は、柳の威圧感に言葉も出ず。 ただ達を見送るしか出来なかった。 男達が身動き出来ずに遠ざかっていく中、仁王が隣りのへからかうように話しかける。 「モテるなぁ。これで何度目のナンパだよ、」 「そんなんじゃないわよ。あーいう連中は、自分に酔ってて格好良いところを見せたいだけでしょ。誰でもイイのよ」 腹が立っている様子ではないが、彼女の返答は冷めていた。 それは、下らない人間だと思っている者へ対しての侮蔑であり、二人もそれは判っていた。 だが一方で何も判っていない彼女への呆れもあり、仁王は溜め息をつきながらの頭を撫で回す。 「お前がぼーっとしてっからだろ。何・さっさと店出とんじゃ」 「だって長引くと思ったから…――て、痛い!髪・グチャグチャになるー」 力任せに撫でる彼に文句を言いながら、はなんとか逃げ出す。 「もう…櫛ないのにー」 手櫛で髪を整えていると、後ろにいた柳が横に並んだ。 振り向くと彼がまだはねている、と言うので慌てて再び髪を整える。そんな彼女を、僅かに微笑みながら頭に手を置く。 それがまるで子供扱いされているようで、にとってはいつも複雑な思いだった。 実際は、その子供扱いとは別の扱いを受けていることを彼女は知らない。 |