合宿2日目:昼


 が今いるのは、砂浜だった。
 大きなパラソルの下で目の前に広がるは、夏の陽射しに照らされた海。
 そこで元気良く戯れているのは水着姿の少年達――氷帝学園テニス部レギュラーだ。
 彼らを眺めながら、は心底・不服そうな表情を浮かべていた。

 事は、1時間ほど前に溯る。










 それは彼女が青学メンバーと昼食を終え、片付けをしている時だった。
「――あー、いたいた!」
 声に振り返ると、廊下から姿を現したのは向日や鳳などの氷帝メンバーだった。
さーこれから一緒に海に行かねっ?」
「は?」
 唐突の誘いには勿論、その場にまだ残っていた大石達も目を丸くした。
「何をいきなり…」
「いやぁ、俺達これから海へ遊びに行くんですけど、良かったらさんも行きません?」
 戸惑う彼女に、鳳が丁寧に説明してくれるがまだ状況が飲み込めなかった。
「だから、何で私が誘われるの?」
「岳人がお前と行きたいって聞かなくてな」
「練習は?」
「今日はオフや。跡部の意向でな」
 質問に答えたのは忍足で、その落ち着きぶりを見ると本当に氷帝メンバーは海水浴へ行くようだ。
 まだ炊事場で動かない彼女を見兼ねてか、向日が寄ってきての腕を掴んで行こうとする。
「ともかく行こうぜ。レッツゴー」
「えっ?いや、無理だよ。このあとも練習が…」
 強引な彼に困惑しながら、なんとか断ろうとしたがそれを遮ったのは意外な人物だった。
「――良いじゃないか、行っといで
「竜崎先生?」
 軽く言ってのける先生に、向かいに座っていた大石が声を上げる。
 本来なら止めるべき立場の彼女の言葉に、は訳が判らず更に困惑する。
「え…だって、練習の手伝いが」
「1回ぐらいお前さんがいなくても、コイツらは大丈夫だから楽しんでおいで」
「いや、でも…」
「よーし!お許しも出たトコで、着替えよう!」
 尚も言い淀むに、向日は問答無用で彼女を連れ出して行く。
「ちょっ…着替えるって、水着なんて持ってないよ!」
「別に水着やなくてもえぇやろ。普段着に着替えてきや」
「あ、でもさんの水着姿は見たいですねぇ――跡部部長に頼んだら買ってくれるんじゃないですか?」
「じゃあそうする?
「それは絶対、イ・ヤ」
 そんな会話を交わしながら去っていく彼らを、食堂に残った大石や乾・河村達は呆然と見送っていた。
 もし残っていたメンバーが彼らでなければ、何か劇的に変わっていたかもしれないが。
 騒ぎの去った食堂で、一人呑気にお茶を啜っている竜崎先生に、大石は少し引きつりながら目前の彼女に話しかける。
「……良いんですか?を行かせちゃって」
「構わんじゃろ。お前達は知らんだろうが、は今日も朝早くから準備を…」
「いや、それは判ります。は一人でよくやってくれてますよ。でも…」
「――菊丸達は黙っていないでしょうね」
 平然とする竜崎先生に、言いにくそうにする大石の言葉を続けたのは我関せずとばかりにノートに目を向けていた乾。
「…………」
 恐らくがいなくなった後の、青学メンバーのことを考えてなかったらしい竜崎先生は飲んでいたお茶の手を止めて。
「……ワシらも海に行くか」
「ダメですよ、折角コート借りてるんですから」
 遠い目する先生に、仕方なく大石は突っ込んだ。










 そうして強制的に海へと連れられたは、ここにいる。
 最初は、跡部に連絡していなかったのか。また彼女と跡部の間で一悶着あったが、鳳達が宥めてなんとか収まった。
 夏物のパーカーに半パン姿のは、パラソルの下で頬杖をしたまま溜め息を吐いた。
 今頃、青学の皆はコートで練習に励んでいる筈だ。自分だけのんびりと海を満喫して良いものかと、少し悩む。
 ふと横を見ると、この暑い中ぐっすりと寝ているのは芥川。

 よく寝るなぁ…。

 確か出会った時も寝てたな、と思いながら彼のはねた髪の毛を摘む。全く反応なし。
「――お前も物好きだな」
 その声に顔を上げると、先程まで波打ち際で向日達と遊んでいた宍戸。
 話しかけてきたのが少し意外で、は目を丸くして訊き返す。
「何が?」
「他校の俺達についてくるなんて」
「いや、さっきも言ったけど向日君達に無理やり連れてこられたんだけど…」
「断んなかったのか」
「そんな余裕も与えずだよ…竜崎先生も承諾しちゃうし」
 脱力しながら告げると、同情してか宍戸は苦笑していた。
 そんな隣りに坐る彼を横目で見ながら、心配してくれているのかもしれないと、はそんなことを思った。
 けれどその温かい気持ちをぶち壊す者が、近くに一名。
「――飽きられたんじゃねぇか?止められもしないなんてなァ」
「うっさい。サングラス割るわよ」
「なっ…!」
 に見向きもされず一蹴されたのは、もう一つのパラソルの下・椅子に横たわりサングラスで陽射しを凌いでいる跡部。
 一人場違いなほどリゾート気分の彼に、辛辣に当たるのはにとって最早条件反射だった。
「貴様、折角この俺様が同行を許してやったってのに、その態度はなんだ」
「まぁまぁ、そう熱くなるなよ。からかわれてるんだよ」
「そうそう、構ってあげてるのよ」
「お前…っ」
 宍戸が止めるのも虚しく、は跡部に対して容赦なかった。
 気分を害した跡部は、鼻を鳴らして傍に置いたドリンクに手をつける。
 その跡部の目を忍んで、宍戸は声を顰めて彼女に告げる。
「……悪いな。アイツ、あーいう性格だから」
 言われたは、驚いた表情から穏やかな笑みへと変えた。
「大丈夫だよ、判ってるから。私がイジワルなのは仕様だよ」
 あっさりと言ってのけるのに驚いたのか、それとも微笑う彼女に驚いたのか。少し動きの止めた宍戸は、苦笑して肩を竦めた。
「あんまイジめないでくれよ、後でとばっちり食うの俺らなんだから…」
「それは知らないなぁ」
 本音を零す彼に、はまた意地悪そうに返す。
 その時、他の皆が遊んでいる海の方から丸い物が飛んできた。
「うぐふっ!」
 直撃を受けたのは寝ていた芥川で、彼の腹をバウンドしての手に収まったのはビーチバレー用のボール。
 芥川が唸っているのは構わず、声をかけてきたのは恐らく投げた本人である向日。
「おーいっ!ビーチバレーしようぜっ」
 どうやら浜辺に置いてあったバレーコートが空いたらしく、顔を見合わせたと宍戸は腰を上げた。
「どう振り分けるの?」
「あぁ、そんなん適当でえぇやろ」
 コートへ向かう二人に答えたのは忍足で、は手にしたボールを見つめた。
 そして少しの後、は振り返りながら跡部へボールを投げつける。
「――っ!? いきなり何を…」
「君も参加しなよ、跡部。勝負だよ」
 不意打ちにも関わらず受け止めた彼は、不敵に言い放つに怪訝な表情だったが、次第に挑発的な笑みへと変えた。
「イイぜ。容赦はしねぇからな」
「望むところだよ」
 かくて、彼らによる勝負にも似たお遊びが開幕されたのだった。